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昨日の敵は今日の嫁  作者: 梅干し
昨日の敵は今日の嫁
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1.彼の事情。

 シエル=リーン、十五歳、女。

 内に秘めたる膨大な魔力は計り知れず、一度見たもの聞いたものは忘れないという聡明な頭脳の持ち主。既に世界で一番取得が難しいと言われる国際魔術師資格(特級)を保持しており、将来が約束されている少女。しかも黙っていれば誰もが目を奪われる美少女という一見完璧すぎる彼女。

 黙って・・・さえいれば、の話であるが。

 彼女の言動は突飛で、奇天烈。無駄に正義感が強く、彼女独特の価値観で『悪』と判断された者(犠牲者)は彼女の手によって断罪されてしまう(大半が冤罪)。

 その無駄に溢れる自信と、これまた無駄についてしまった実力のために彼女に間違いを指摘しようなどと思う猛者は、彼女の幼馴染たった一人だけ。しかし、その幼馴染が正当な事を言っても奇妙奇天烈な思考でもって別の意味に解釈され、結局行動を増長するだけに終わるという悲惨な結末しか生まない。

 簡単な言葉で彼女を表すなら、天才だけれど変人で浅慮。お勉強はできるが、それ以外はお馬鹿、という事である。


 そんな彼女に並々ならぬ敵愾心を抱いている少年が一人、学期末のテストの結果発表がされている張り紙の前で高笑いをしていた。


「やった!! ついに俺はやったぞ!! ふはははははは!! ついにアイツに勝ったんだーーー!!」


 普段クールを気取る少年が狂ったように高笑いする様を目撃してしまった人間はまずドン引きし、そして何も見なかった事にしてその場を去っていく。


 ジン=バース、十五歳、男。

 シエルの間違った正義を指摘するたった一人の猛者であり、幼馴染である。

 生まれ持った素質は中の下。物心ついた時から天才であるシエルと比べられ、それでもシエルと仲良くしようと心を砕いていたが、彼女の奇天烈な言動は幼い少年の心とプライドを牛乳が染み込んで幾日も放置されたボロ雑巾のようにするには十分であった。

 ボロ雑巾の心に生まれたのは反骨心と少女に対する敵愾心。


 雑巾はどう背伸びしても美しい白鳥にはなれない。ならば、ひと拭きであらゆる汚れを落とせる奇跡の雑巾になってやろうじゃないか。

 そうだ、白鳥なんてただの鳥だ。ガーガー鳴いて、たまに食用になって終わりだ。それに比べて雑巾のなんたる実用性のある事か!! 必ず自分はあの傲慢な幼馴染に「この雑巾がなきゃ生きていけないの!!」と言わせるくらいの雑巾になってみせる!! まぁ、そうなった時には自分は世界の雑巾になっていてシエルの相手なんてしていられないがな。ははっ。


 かくして、彼は少女に対する尋常ならざる敵愾心から自分を見失いつつも、世界の雑巾(?)になるために猛勉強を始めた。

 小さな事からコツコツと、を地でいく彼は、ゆっくりとだが確実に学んだ事を自分のものにしていった。その過程で彼が学んだことといえば、基礎さえしっかりしていれば、後はそれの応用にすぎない、という事だった。それに気づいてから、シエルとの差がグっと縮まった。

 そして、今日ついにシエルの成績をジンが上回ったのである。

 彼を簡単な言葉で表すなら、要領がいい努力型の秀才。ついでに普段はクールだが、シエルの事が絡むと稀に混乱魔法をかけられたがごとく自分を見失ってしまうという残念な性質を持つ。


 一通り勝利の余韻に浸ったジンは、満足気に灰色の髪を掻き上げて、銀縁眼鏡を中指でくいっと持ち上げてから、満ち足りた表情で教室に向かうべく華麗なターンで後ろを振り返った。


 空色の無垢な双眸がジンを見ていた。

 鼻と鼻がくっつきそうなくらいの至近距離で。


 驚きのあまり華麗なターンをキメた足は、前へと進もうとしていた足の筋肉が無意識のうちに逆方向へと負荷をかけ、力の限り後ろへと跳んだ。

 ジンはテスト結果が貼ってある壁に激しい音を立てて激突し、強かに背中を打ち付けた痛みでゴロゴロと転がり回った後、未だ混乱する頭でいきなり現れた幼馴染に視線を移す。


「しぇっ……!? ななななな、しぇ、しえりゅっっっ!!?」


 噛んだ。クールさにかけては学院一と言われているクールガイがなんたる様だ。

 しかし彼の代わりに弁解をするならば、いくら見慣れているとはいえ、見た目だけは腰が抜けてしまうほどの美貌が目の前にいきなりあったのだ。しかも後少しでお口とお口がごっつんこしてしまう所だった。クールを気取ろうが、未だ身も心も少年である彼には些か刺激が強すぎる。


「何一人で遊んでんの?」


 シエルが不思議そうに小首を傾げると、肩より少し長い艶々の栗色の髪がさらりと流れる。その様は彼女の中身を知らない人間が見れば、溜め息をついてしまうほど可愛らしい。中身を知っていても、一瞬惑わされそうになる。


「なんで俺の背後に立ってんだコノヤロー!!」

「女に対して野郎と言う言葉は正しくないよね。使うなら女郎でしょ?」

「そんな細かい事はいいんだよ!!」

「ジンにとって細かい事でも、他の人にとったらそうじゃない事だってあるんだから、そうやってすぐ話を放り出す事は関心しないな」


 まったくもって正論を言われてしまった。しかも一番言われたくなかった相手に。

 その衝撃たるや、ジンの膝を地につけさせるのには十分な威力であったらしい。orzのポーズで悲壮な顔をしている。

 そんな彼の肩に、華奢な白い手が労わるようにそっと置かれた。


「分かってくれたなら……、それでいいんだよ?」


 シエルのその表情は、さながら慈悲の女神のようだった。


 ――なぜだ。なぜ俺が罪を犯して、それをコイツが赦しているような状況になっている。解せぬ。


 不可解な状況にジンは憤るも、ここで言い返してもシエルのペースに持っていかれるだけで、無駄に体力と気力が消耗するだけだ、と自分を落ち着かせ、今までの会話は無かった事にしようと彼のなかで結論づいた。

 無言で立ち上がり、くいっと眼鏡を持ち上げ、横目でシエルを見る。


「おい、シエル。今回のテストの結果見たか?」

「ううん、見ようとしてたとこにジンがいたから、膝かっくんしようと思って失敗したとこ」

「ガキか!! ……いや、そんな事はどうだっていい。『学年首位』である俺は寛大な心でもって赦してやろう」

「え? 首位?」


 シエルはキョトンとした顔をしてテスト結果を見上げた。それをジンは期待のこもった眼差しで眺めている。

 彼の脳内では、シエルがどんな汚れでもひと拭きしただけで綺麗に拭き取る奇跡の雑巾を手に持って、「今までたかが雑巾だなんて思っててごめんなさい!!」と泣き叫ぶという寸劇が繰り広げられている。


 しかし、彼の思い描く愉快な未来はやってこなかった。

 テスト結果を見たシエルが、何故か一瞬哀しそうな顔をした。ジンが期待していた悔しがる様な顔でない事に、彼が「え?」と思った次の瞬間には、満面の笑みでこう言った。


「ねぇねぇ、お勉強会しよう!!」


 沈黙が二人を包む。

 ジンは空を見た。……今日も空が青い。目を閉じ、深く息を吸い、吐いた。

 よし、落ち着いてきた。そうだ、その調子だ、自分は学院一のクールガイなんだ、と言い聞かせ、彼は今日の空と同じ色の瞳を持つ美少女を見る。空色の瞳は期待で爛々と輝いている。


 その瞳を見なかった事にして、彼はこの場を去る事を決めた。



 ◇ ◇ ◇



 放課後、ジンとシエルは机をつき合わせた状態で向かい合っていた。その机の上には返ってきた今回のテスト用紙と、ノートと筆記用具。


 ――何がどうしてこうなった。解せぬ。


 あの後、教室に戻ったジンは、彼の血も滲むような努力を知っているクラスメートから拍手喝采で迎えられ、胴上げされ、なぜか一緒に胴上げされているシエルは見てみぬフリをし、そのまま何事もないような気がしながら(視界の端っこでシエルが正義のヒーローごっこをしていた気がするが気のせいだという事にした)、気分良く帰ろうとした時に担任に呼び止められたのだ。

 まず最初にジンの努力の結果をこの上なく褒めちぎり、次になぜか隣にいるシエルに応用問題が苦手なのを指摘し、あれやこれやでジンがシエルの勉強を見る事になった。


「なんで俺がお前に勉強を教えてやらなきゃなんねーんだ……?」

「私より頭良くなったんでしょ? 何もおかしい事ないじゃん」


 頭が良くなったと言っても、学院内でのテスト結果が良かっただけである。ジンは学院の勉強だけに集中していて、資格など今まで興味がなかった。国際魔術師、しかも一番難易度が高い特級の資格を持つシエルに比べれば、知識量では未だシエルには及ばない。

 それなのになぜ、ジンがテストでシエルの成績を上回ったのか。それはシエルが応用問題や、ひっかけ問題に弱いからである。


 例えば、『キャサリンちゃんはいつも朝七時に起きれるように、七時に鐘の音が鳴る魔術陣を用意しています。でも明日は憧れの先輩との初デート(はぁと)。九時半には家を出る予定だから、お風呂の時間に一時間、お化粧の時間に一時間半、髪の毛のセットに三十分、あ、無駄毛の処理もしなきゃ☆の十分、初デートの日に鐘の音なんて無粋よね☆明日は法螺貝の音にしましょ(はぁと)と考えた場合、魔術陣のどこを直したら九時半に家を出れるでしょうか』という問題があるとする。

 これは簡単な足し算引き算の後に、時間と音に対応した魔術記号を書けばいいだけのサービス問題のうちに入る。しかしシエルの答えはこうだ。


『キャサリンちゃんは自分を飾りすぎだと思う。そんな厚化粧したら化粧落とした時に幻滅されちゃうよ!! だから八時に起きれば十分間に合うと思う』


 と書いて、八時に法螺貝の音が鳴るような魔術陣を描くのだ。誰がテスト上の例え話に己の意見を書けと言っているのか。

 今回のテストを見てみると、案の定そういったものばかり×がついている。溜め息をついて、一通り確認する。うんざりしながら見ていると、その他にも一つ気になるところに×がついていた。


「おい、なんでここ間違えてんだ?」

「ん? 意味分かんなかったから」

「何が分かんねーんだよ。基礎さえしっかり理解してれば……」


 そこまで言ってジンは言葉を詰まらせた。

 ジンが指摘した問題は同学年では確かに難しい問題である。しかし、ジンが言ったように基礎さえしっかり理解していれば簡単に解ける問題だった。そう、“理解”さえしていれば。


 ジンは仮説を立てる。シエルの記憶力は人並み外れたものがある。一度見たもの聞いたものは必ず覚えるのだ。

 魔術とは、魔術記号と使う魔術に対応した式さえ覚えていればどうとでもなる。覚えてさえいれば……。


「シエル……。お前、もしかして、魔術記号や術式を丸暗記してるだけで、『理解』してないんじゃ……」


 眉間に皺を寄せつつ、目を細めて睨んでやれば、シエルは片目を瞑って舌を横に出し、てへ☆という表情をした。


「はぁぁぁぁぁ!? お前よくそんなんで国際魔術師特級取れたな!!」

「ああ、なんかねー、筆記の方は散々だったんだけど、実技をしたらね、『本能で理解してるのか』って言われたのー」

「野生の獣かよ!! ……ああ、そうか、危険な獣を野放しにするよりは檻に入れておこうっていう国際連盟の意志か……」


 ジンは片手で顔を覆って項垂れた。彼の脳裏には、シエルと比べられた可哀想な幼少期。勉強しても勉強しても彼女に追いつけず、悔し涙で枕を濡らした事もある。それなのに――、


「俺は、こんな記憶力だけがいい馬鹿に劣等感を抱いてたのか……。本能だけで凄い魔法を使えるとか。どんな野生動物だ。ああ、本能だけで使えるからこその『天才』か。……そうだよな、世の中って不公平だよな、ははっ」


 彼は奇跡の雑巾になったその日。やはり雑巾は空を飛べないのだと悟った。


「ああ、くそっ!! やってらんねー!! お前は家庭教師でもつけて一から基礎勉強しろ!!」

「えー? なんでー? ジンが教えてくれたらいいじゃん」

「うるせー!! なんで敵を助けるような事しなきゃなんねーんだよ!?」


 シエルはぽかん、とした顔でジンを見た。何言ってるのこの人? といった感じである。

 そんな彼女に苛立ちが更につのり、帰ろうと席を立ちかけた時、彼女が言った。


「私たち、いつ敵になったの?」


 その言葉に今度はジンがぽかーん、としてしまう。


「ソウダネ、イツカラダロウネ」


 棒読みになってしまったのは仕方ない。ただの一人相撲だった事を浮き彫りにされてしまったのだから。

 思い起こせば雑巾精神が芽生えて八年。シエルの態度は幼い頃から何も変わっていない。

 “何も”変わっていないのだ。

 ジンはシエルを敵視して、避けたり、辛辣な言葉を投げつけたり、稀に実力行使に出て返り討ちにあったりしていたが、シエルはいつでもへらへらと笑うだけ。

 例えジンの成績がシエルを追い抜こうとも、悔しさなど微塵も見せなかった。ジンがどんなに頑張っても、どんなにもがいても、シエルの世界はブレずにいつでも通常運転。まるで、ジンの事など相手にしていないかのように。

 それが、どれだけジンを傷つけた事か。


 ――シエルから見れば、俺なんて道端に捨てられてるただの小汚い布だったんだ……。


 雑巾というお掃除のお供にすらなれず、ただのゴミに成り下がったジン。彼の今までの苦労を知っている人間が今の彼を見れば、目から熱く滴るものを拭うハンカチがいくらあっても足りないだろう。

 真っ白に燃え尽きたジンに気づかずに、シエルはいつもと変わる事なく彼に話しかける。


「ねぇねぇ、早く教えてよ!!」

「だから、なんで俺に言うんだよ……」

「ジンから教えてもらうのが一番分かりやすいからだよ」


 ジンは首を傾げる。いつ、シエルに勉強を教えた事があるというのだろうかと。

 ふと、まだシエルと仲が良かった幼い頃の事を思い出した。


 あれは、魔術を習い出した頃だった。誰でもすぐに使えるような、少しの水を出すという魔術だったのだが、シエルは持ち前の膨大な魔力のせいで上手く制御できずに、いつも滝のような水しか出てこなかった。そのせいで溺死しかけた苦い思いが蘇る。

 どうしたものかと大人が揃って頭を抱えている時に、ジンは自分の生死に関わる事だからと幼心に恐怖し、死に物狂いで考えた。1+1が2という答えしかないように、同じ魔術式を使えば同じような結果しか生まないはずだった。それなのに、なぜ結果が変わるのだろうかと。その答えは、いたって簡単なものだった。


 術式は、大気中の水分を少し集めて具現化するものだった。だが、“少し”でも、シエルの魔力量からいって常人の“少し”とは違うのだ。

 使っていた術式は初歩の初歩で、誰もが深く考えずに使うもの。何も考えずに歩けるように、その魔術を使える事もまた当たり前のものだった。それが教師すら気づかないほどの盲点になっていたのだ。


 ジンは幼い頃から一つの事を突き詰めていくタイプだったので、魔術を使うまでには至らなくとも魔術記号を一つ一つ理解していた。だから、水の魔術式に大気中から集める水分の限界量を書き加えてやれば、シエルは皆と同じ少量の水だけを出せるようになった。


 確かに幼い頃は、ジンはシエルと仲良くしようという寛大な心を持っていたため、その時の術式を丁寧に丁寧に教えてやったが、それからすぐ後に雑巾魂が芽生えてしまったので、それ以来勉強関連の話などしていなかった。

 ジンにしてみれば、そんな豆粒ほど小さい頃の事を言われても……、といった感じである。


 だけれど。

 そんな些細な事に、ジンは自分の心が不思議な気持ちで満たされていく事を自覚した。


 幼い頃の些細な出来事。自分でさえ言われなければ思い出せないほど、些細な事。

 それを、この人の話を聞かず、空気も読めず、はた迷惑な正義を振り回してるくせに、考えが足りない記憶力だけが凄い馬鹿が、あの時の事を覚えていて、自分を頼ってくれている。

 シエルから見て、ジンは気にもとめる必要のないただのボロ布ではないのだという事だ。

 くすぐったいような、どこかで安堵しているような、ジンにとって居心地の悪い気持ちをなかった事のように、彼は憮然とした顔で言う。


「……それでも、だ。やっぱりお前に教えるのは嫌だ」

「なんで?」

「せっかく、お前に勝っているところが見つかったんだ。もし、お前が今の弱点を克服でもしてみろ。もうお前に勝てなくなるじゃねぇか」

「じゃあ、ジンは権力を持てばいいよ」


 何がどうしてそうなる。

 怒鳴りつけたい気持ちを抑えつつ、眼鏡をくいくいっといつもより一回多く持ち上げて、冷静さを保った。


「一応聞いてやろう。その心は?」

「ほら、やっぱり世の中金じゃん?」

「……」

「私もさ、フリーの凄腕魔術師としてぶいぶい言わせればそれなりにお金は稼げると思うんだけどさ、それも権力持った人が意地悪して私に仕事回さないようになったらどうしようもないじゃん?」

「……意地悪されないように、上手く立ち回ればいいだけの話だろう?」

「でもさ、私ってなんかよく分からないとこで知らないうちに嫌われてるじゃん?」

「お前以外はよく理解できる理由で嫌われてるんだがな」

「権力ってゆーのはさ、お金も必要だけど人望? ってゆーの? 嫌われててもさ、人と人との繋がりが必要じゃない? 私そういうの無理だし。だからさ、私にはそれなりの地位はもてても、権力は絶対無理だと思うわけよ」

「意外と自分の事を理解していた事に俺は驚きを隠せないな」

「だから、私がどれだけ魔術で凄くなろうが、ジンが権力を持ってしまったら私はへこへこするしかないってゆー」

「なるほど、お前にしてはいい提案だ」

「それでね、私はジンのお嫁さんになるの」

「………………」


 ジンは我が耳を疑った。幻聴だろうか。いや、確かにシエルは『嫁になる』と言った。誰が? 誰と?


 ――昨日の敵は今日の嫁。


 ふいに、そんな言葉が浮かんだ。どうやら自分は疲れているらしいと、眼鏡を持ち上げて親指と人差し指で目頭をグイグイとマッサージしてから、教室から見える空を見上げた。

 カー、カー、カー。

 夕焼けを背景に飛ぶカラスにさえも、ジンは馬鹿にされているような気がした。


 ジンは、無言で机の上のものを片付ける。そして、無表情のまま何もなかったように教室を後にし……ようとしたら、手を、ふわりと柔らかいものが包み込んだ。

 懐かしい感触。いつも繋いでいたその手を突き放して八年。懐かしいその温もりに――、


 ジンは頭の中が真っ白になった。


「な、なななななにを、しているんだい?」


 ジンは己の手を見ると、そこにはやはり想像していた通りの白く華奢な手が繋がれていた。しかも、幼い頃のような繋ぎ方ではなく、より高度な指と指を絡ませるという、いわゆる『恋人繋ぎ』であった。


「やだ、もうジンてば。ナニってやらしい!! 私たちまだ十五歳なんだから、まだそういう事は早いよぅ」


 ナニを妄想しているのか、シエルは白く丸い頬を桃色に染め、密着しながらジンの胸に『の』の字を書いている。

 モジモジしながら密着しているので、シエルが動くたびに胸の双丘がジンの体に柔らかな刺激を与える。


 ふにょんふにょん、と当たるモノを感じつつ、学院一のクールガイは、否、未だ身も心も少年の上勉学一筋だった童t……純情ボーイは、刺激の強さに卒倒したのであった。

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