第6話 私が箒に乗れるわけ
――長い沈黙がありました。
フィオナは黙ったまま、何も答えてくれません。重苦しい空気が流れ、不安が胸を駆
け巡ります。
「ねぇ、フィオナ……教えて?」
「スー……」
フィオナは、悲しそうな、苦しそうな顔をしていました。いつも元気な彼女にこんな
顔をさせるのは辛かったけれど、諦める事は出来ません。
だって、フィオナが知っているかもしれない事は、きっと私の過去に繋がっていると
思うのです。
彼女の表情はその予感をさらに強くさせました。
記憶の手がかりになる事だったら、何だって教えてほしい。私が誰なのか、少しのか
けらだけでも良いから知りたい。
そんな私の様子を見て、とうとうフィオナは重い口を開きました。
「……言わなきゃいけないことは、わかってたわ。今日あなたに箒を渡して、今夜こ
れをちゃんと伝えなきゃいけないことも……。あのね、スー。今までずっと、ずっと
ずっと言わなかった事、許してね」
彼女の瞳にはある種の決意のような物が宿っていました。
月明かりは部屋を照らして、影を浮き彫りにしています。
「スー、落ち着いて聞いてね。あのね、あなたの背中には、本当に小さな物だけど…
…空の刻印があるの」
「空の……刻印……?」
「そう、空の刻印。伝説に出てくるような古い呪いよ。その刻印を受けた人は、どこ
までも空に繋がるの」
「空に……繋がる……?」
「そう、だから……空を飛ぶなんて、なんてこと無い事なのよ」
意味が分かりませんでした。刻印?呪い?
まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかったので、私の心は混乱しました。
「な、……なんでそんな物が、私の背中に……? いつから……?」
「……9年前には、もうあったわ……。スー…………っ」
強い瞳はいつしか涙で一杯になっていて、とうとうフィオナは泣き出してしまいまし
た。
「あの刻印がスーの過去の手がかりになることは分かってたの。初めて会ったあの日
から、もうそれは刻まれてたから……。でも、言えなかった……! あれは、あの刻
印は……っ」
バンっ
「フィオナ!」
驚いて、突然開いた扉の方に目を向けると、そこにはジーナおばあちゃんとママが
立っていました。
「フィオナ、ちょっと来なさい。これ以上をあなたが言うのは良くないわ」
ママの声は優しげだったけれど、どこか圧力がありました。
「ジーナさん……スーを頼みます」
ママとフィオナが出て行って、扉が閉まると、私はジーナおばあちゃんと二人きりに
なってしまいました。
おばあちゃんがやって来て、フィオナの話を止めるなんて……それほど悪い呪いなん
でしょうか。
おばあちゃんが息をついて窓を開けると、冷たい風が吹き抜けて頬をなぜました。
沈黙を破ったのは、私でした。
「おばあちゃん。空の刻印って何なの? 空に繋がるってどういうこと? ねぇ、呪
いって……」
「スー、少し落ち着きなさいな。大丈夫さ、呪いと言ってもそんなに心配するもの
じゃあない」
「でも……」
「いいかい、スー。今から私が言うことをよーく聞くんだよ。お前さん自身の事を、
今から説明するから」
ジーナおばあちゃんは私に近づいて、いつのまにか震えていた手を優しく握ってくれ
ました。瞳はしっかりと私を見据えています。
そう、私自身の事。ずっとずっと求めて来たもの。
そう思うと、もう私は頷くしかありませんでした。
「いい子だ、スー。……空の刻印というのはね、本当に古い物で、今はめったに見受
けられない。その昔、どこかの国の人が空に憧れて作った物だと言われている。その
刻印を受けるた人は、どこまでも空に繋がる。そうして、……そのままいくと、空に
消える」
「消える……?」
「そうだ。あまりに空に親しくなりすぎてしまうのさ。刻印が大きくなるに連れてど
んどん空に惹かれていって、最後には一人で飛び立って帰ってこなくなる。だから今
まで、お前さんを空にはやらなかったんだよ」
言われてみれば、これだけ箒に乗っている人が多い村で、今まで私はほとんど箒に触
れずに生活して来ていました。
少し不自然だとは思っていたけれど、まさかこんな理由があっただなんて……。
「でも、じゃあ、どうして今日、私に箒を……? 箒なんか持ったら、私、空に…
…!」
「こらこら、慌てるんじゃないよ。スー、お前が空に繋がれているからこそ、今日お
前に箒をあげたんだよ。今日でお前ももう16。意思がしっかりしてくる頃だ。だか
らこそ、その意思で空への心をコントロールする為に箒に乗るんだ」
「コントロール……?」
「そうだ。箒乗りは、箒に囚われる。お前さんはその気になれば体1つで飛ぶ事が出
来るが、これから箒でしか飛ばない事でそれ以上空へと繋がる事を防ぐんだ」
「そんなこと……出来るの……?」
「お前さんがしっかりと地に足をつけていたいと願うのならば、必ず出来るさ。意思
があれば防げる呪いだ。そんなに怖がらなくていいんだよ。それとも、自信が無いか
い?」
不安がる私に、ジーナおばあちゃんは優しい笑みをくれました。
もちろん、私は地上に居たいと思っています。フィオナとも離れたくないし、一人で
空に行くなんて考えられません。
「ううん……絶対、空になんか消えたくない……!」
そう言うと、おばあちゃんはまた少し笑って、私の髪を撫でました。
「おばあちゃん……」
「ん?なんだい?」
「……その刻印で――……私の過去の事は、何か分かるの……?」
心臓が壊れそうなくらい高鳴るのを感じました。怖い。怖い。
でも、気かなければならない事でした。いくら怖くても、私は知らなくてはなりませ
ん。
「スー、悪いね……。あの刻印がお前さんの過去にどう関係しているかは私にも分か
らないんだよ。でも、きっと関係している。それはこれから……これから、探すんだ
よ」
「これから……」
これから。そう言われると私は少しだけほっとしました。
知りたいとは思っているけれど、真実を受け入れる覚悟はまだ出来ていなかったので
す。
でも……きっと、必ず全てを知る日は来るはずです。
これから先に、一体何が待っているのでしょう。
今日の呪いよりももっと怖い真実が待っているかもしれないと思うと、不安が止まり
ません。
「スー、今日は早く寝なさいな。大丈夫だから、私も皆も付いているからね。安心し
てお休み」
ジーナおばあちゃんはこう言うと、私の手を一度強く握ってから静かに帰って行きま
した。
しばらくすると泣き止んだフィオナが帰って来ましたが、私は眠る事が出来ませんで
した。
窓から覗く真っ黒な空を見上げると、背中が少しうずいた気がしました。
第6話を担当させて頂きました、ちぐです。
なんだか急展開?になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか;
この先もお話の行方を暖かく見守って頂けるとありがたいです(^_^)