第52話 真実への糸口
遠くで、低い雷鳴が轟きました。
今にも泣き出しそうな真っ暗な夜の空は、月も星も見えません。森の木々が強く吹
き出した風に煽られ、ざわざわと不気味に枝を揺らしています。
地面に転がり落ちたロックさんは、気を失ったまま動く気配がありません。
「ロックさん!?」
私は慌ててリノさんの手から離れて、数十センチ下の地面へトンと飛び降り、ロッ
クさんに駆け寄りました。
手探りで頭をそっと持ち上げ、慎重に自分の膝の上に乗せてから必死で声をかけた
けれど、やはり何の反応も返ってはきません。
落ちたのはほんの数十センチ。そんなに危険な高さとも思えないのに、固く閉じら
れたロックさんの瞳は開く気配がないのです。
――打ち所が悪かったら?
――洞窟の中で縛り上げられているとき、表面からは見えない大きなケガをしてい
たのだとしたら?
もしも、このまま目を覚まさなかったらどうしよう。
ゾクリと、背筋に嫌な感覚が走り抜けました。
もう二度と、あの優しい笑顔が見られなくなる。
もう二度と、あの穏やかな声が聞けなくなる。
そんなの、絶対いや!
「ロックさん、目を開けて下さいっ。ロックさん! ロックさんっ!」
もうどうして良いのか分からずに暗闇の中、私はロックさんを抱き締めていまし
た。
「大丈夫よ。心配いらないわ。ただ気を失っているだけだから、もう少しすれば気が
付くはずよ」
いつの間にか、私とロックさんの傍らに立っていたリノさんの声は、いつも通りの
落ち着いたものでしたが、私は気が気ではありません。
「で、でも、そんなに高いところから落ちた訳じゃないのに、気を失うなんて……」
もしも、ロックさんに何かあったら、悔やんでも悔やみ切れない……。
傷つきボロボロになったロックさんの姿――。
全ての元凶は私なのです。
「あの光は、普通の人間には強すぎるわね」
――え? 普通の人間……?
ロックさんは『普通の人間』だから、あの光で気を失った――と言うこと?
思いがけないリノさんの言葉に、私の頭の中を疑問符が駆け抜けました。
「普通の人間って、どう言う意味なんですか?」
「え? あなた、記憶が戻ったのじゃないの?」
私の質問に、リノさんが『心底意外』と言う声を上げたあと「だったら、何故あの
力が……?」と、ぽそりと呟きました。明かりが無いので、その表情を良く見ること
は出来ません。
でもその呟きを聞いて、やはりリノさんは『知っている』そう私は確信しました。
「私が思い出したのは、幼い頃、誰かと箒乗りをしていたことです。その
人は、私よりも少し年上の女の子でした」
「思い出したのは、それだけ?」
「……いいえ」
私は、稲光に照らし出された、リノさんのガラス細工のような美しいブルーの瞳を
真っ直ぐと見詰め、ゆっくりと首を横に振りました。
「その年上の女の子は、私をこう呼びました。『レティシア』と――。リノさん、あ
の女の子はリノさんじゃないんですか?」
リノさんは答えず、ただじっと私を見詰めている気配だけを、ひしひしと感じまし
た。
「あの光は何なのですか? 私は、一体何者なのですか? 教えて下さいリノさん!
リノさんはすべて知っているのでしょう!?」
沈黙が辺りを包み、私には、永遠とも思える時間が流れて行きました。
「……知ってどうするの? 世の中には、知らない方が幸せなことも沢山あるわ」
いつも冷静なリノさんの声が、迷いを表すかのように微妙に揺れています。それで
も――。
「知りたいんです。私は、自分が誰なのか、どこから来たのか、この背中の封印が何
なのか、知りたいんです!」
「知らなかったときには、もう二度と戻れなくても?」
例えそれがどんなものでも、私は真実を知らなくてはいけない。
いいえ、私は自分の存在意義を知りたい。
でなければ、きっとこの先ずうっと私は後悔しながら生きていくしかない、そんな
気がします。だから――。
「はい」
私は、きっぱりとそう答えました。
夜空を切り裂くような特大の稲光が、私たちの姿を一瞬浮かび上がらせ、雷鳴と共
に降り出した大粒の雨が、ばたばたと頬を叩きます。
それはまるで、ともすれば挫けそうな私の弱い心を『しっかりしなさい』
と、天が励ましてくれているかのようでした。
今回、執筆させて頂きました水樹裕です。
果たして、スーの秘密は明らかになるのか?
オトーヌ一行の動向も気になる所です。
次回に、乞うご期待を!