第46話 私のせいで
(どうしたらいいの……?)
私はどんどん近付いてくる自転車の集団を見て、思いました。
隣のリノさんが、そんな私に気付いたようで、私と同じ方向を見ます。すぐにその
意味を理解したのか、言いました。
「スー、無視して。今はまだ……」
私だけに聞こえるように、リノさんは言いました。
「はい……」
小さく、頷きました。私はあの集団をできるだけ見ないよう、気を付けました。
先頭を行く小さな二人は、何事も見ていないようで、気持ちよさそうに飛び続けて
います。――私も、集中しなくちゃいけない。
曲芸も、終盤に差し掛かり、ノールとサーラがくるりと回転して観客を沸かせてい
ます。
そのとき、でした。
「――スー!」
突然、私の名前を呼ぶ声がしました。聞き間違えようがありません、ロックさんの
声でした。ただ、まるで何かに対して怒りを覚えたような、恐い声でした。
風を切るような音がして、声に振り向いた私の背中にかすかな痛みが走りました。
「……っ!」
ぐらり、と体が傾いて、箒から手が離れます。意識が遠退くのを感じました。
――落ちる……。
そう思うのが、やっとでした。私の真下には、黒い海が見えるようです。あの集団
です。
観客の歓声が、瞬く間に悲鳴と叫び声に変わりました。
「やめろ! どけ!」
そう叫ぶロックさんの声。
――どさっ。
私は、落ちたと思いました。でも衝撃がありませんでした。変わりに耳元で大丈
夫、と声がしました。――ケビンさんの声のようでした。
「ケビン! スーを……!」
いつ、どこから持ってきたのでしょう。ロックさんが、ナイフを投げています。
「分かった!」
ケビンさんが、被っていた黒いフードを脱ぎ捨てて答えました。
私を腕に抱えたまま、ケビンさんは走り出しました。ノールとサーラが何か叫びな
がら、一緒についてきます。
「ダメ……ロック、さん……やめて」
だめ、ロックさん。人を、傷つけないで。
もし、あの自転車乗りの人たちが悪人だったとしても、私のために人を傷つけて欲
しくはなかったのです。でも、こんな小さな声が、ロックさんに届くはずもなく、私
の意識は途切れました。
* *
気がつけば、またホテルの一室にいました。目を開くと、まだ頭がすっきりしない
ような気がしました。
「スー、目が覚めた?」
くりっと大きな瞳のノールが、私を覗き込みました。周りを見渡すと、テックスさ
んも、サーラも、リノさんも、ケビンさんもいます。
「みんな……どうして? 私……」
そしてはっ、と気付きました。
「ロックさんは……!」
ロックさんがどこをどう見てもいませんでした。テックスさんが私の傍へきて、
ノールに部屋から出るように言いました。彼はサーラを連れて一緒に部屋の外へ行き
ました。
なんだか、テックスさんのその表情に、嫌な予感がします。
「――スー。ロックは、攫われてしまったんだ」
……どうして? どうして?
私は自分を責めるように問い掛けました。ロックさんは、私の代わりに攫われた。
そう思うと、悲しくて涙が止まりませんでした。
今回執筆を担当しました、菫です。
自転車乗りが善か悪かは、まだまだ分からない状態かと思います。
なかなか進みませんがどうか暖かく見守ってください。