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記憶への旅   作者: gOver
42/55

第42話 天使の歌姫

 夕闇が、暗い影を落として行く町の上空を、私はただひたすらホテルへ、レイラさ

んのもとへと飛び続けました。

 なぜこんなにレイラさんに会いたいのか、自分でも良く分かりません。ただ、会っ

てみたい。どんな女性なのか知りたい。そんな思いに駆り立てられるように、一心不

乱に箒を操っていました。

「彼女となら一生を過ごしてもいいかもしれない――」

 そう思ったと、懐かしむような遠い眼差しで、レイラさんのことを話してくれたロ

ックさんの声が甦り、胸の奥がキュンと痛みます。


 ホテルの近くの広場に着地し、箒を抱えて駆け出した私の前には、黒山のような人

だかりができています。

「凄いなぁ。あれが噂の、貴族の奥方が歌姫の歌劇団か。馬車まで豪華だぜ」

「そのレイラって歌姫、絶世の美女らしいぜ」

 ちょうど、レイラさんの歌劇団が到着したところのようです。

 喧噪の中、何とかその様子を見ようと背伸びをしますが、何も見えません。ぴょん

ぴょんとジャンプしても、見えるのは前の人の後頭部ばかり。

(ああ、もうっ。もう少し、背が高かったらいいのに!)

 上から見られないなら、下から。そう思い、人垣に潜り込もうと右へ左へ。でも、

子猫が入れる隙間もないのです。

(少しなら、箒で浮かび上がっても大丈夫かしら?)

 抱えていた箒をじっと見つめて、迷います。

 本当なら、『こんな人混みで箒を飛ばしてはいけない』 それは、最初に教えられ

たことでした。便利な乗り物であるがゆえに、危険もはらんでいるのだと――。ある

程度の広さがない所で飛ばせば、周りの人も自分もケガをするかも知れない。そして

何より、私はまだ『半人前の箒乗り』なのです。

「おおっ! あれがレイラだ!」

 どよめきが波紋のように広がり、私は見たいと言う誘惑に負けて、箒に乗り、飛び

上がろうとしました。

「こらっ! 何してる!」

「きゃっ?」

 聞き覚えのある声と共に伸びてきた力強い腕が、私をひょいと抱き上げました。

 ぱたん――。

 足下に箒が転がり、ゆっくりと視線を上げた先には……。

「ロ、ロックさん!!」

 なぜロックさんがここにいるの!?

「こんなことをしていいと、教えた覚えはないが?」

 ロックさんの普段は優しい黒い瞳が、険しく私を見据えています。

 こんな怖い表情は見たことがありません。私は、何てことをしてしまったの?

 いくら気が急いていても、もっと人気がないところまで戻れば良かった……。

「ごめんなさい……」 震える声で、やっとそれだけを呟きました。

 呆れられてしまった。

 きっと、もう嫌われてしまった。

 目頭がブワッと熱くなって思わずうつむくと、ロックさんは抱えていた私をトンと

地面に降ろして、小さい子にするみたいに腰を屈め、私の視線に目を合わせました。

「自分が何をしようとしたか、分かっているな?」

「はい……」

「だったら、いい。でも、二度と同じ事はするな」

 ぽんぽん。大きな手が、私の頭を優しく叩きました。

 温かい、大きな手――。

「ユフィには内緒にしておくよ。さあ、行こうか。裏口からならホテルに入れる」

「はい?」

 一瞬、ロックさんの言っていることの意味が分かりませんでした。裏口? ホテル

に入る?

「レイラに会いに来たんだろう? 俺もそうさ。これを届けに来たんだ」

 その時初めて、ロックさんが手にしている物に気が付きました。鼻孔をくすぐるほ

のかな甘い香り。それは、淡いピンクの可憐な小さな花の束。マリエの花束……。

「ほら、行くぞ」

「え、ええっ!?」

 ロックさんは私の手をむんずと掴むと、ずんずんホテルの裏口へと入って行きまし

た。


「ロック! ロック=ティリウスじゃないか!」

 歌劇団の到着で、アリの巣をつっ突いたような騒ぎのホテルのロビーで、私たちに

声を掛けて来たのは、見るからに身なりの良い紳士。決して華美ではないけど、上等

の素材を使った趣味のいい洋服を身に付けていました。

 がっちりとした大きな体躯。柔らかいクリーム色の髪を後ろで束ねていて、穏やか

そうなグリーンの瞳が、嬉しそうに見つめています。

「ウィルソン卿。お久しぶりです。ご自分の歌劇団を作られたんですね。評判は聞い

ていますよ」

「ははは。”妻のために歌劇団を作った、道楽貴族” と言う評判かな?」

 二人は親しげに握手をしました。

「団長! 楽器類は何処に置きますかー?」 大きな楽器ケースを抱えた団員の人が

声を掛けます。

「ああ、それは、一部屋専用に用意してあるから……。ああ、すまないね、ロック。

到着したばかりで、立て込んでいてね。レイラは、中庭にいるよ。きっと喜ぶだろ

う。私は準備があるから一緒に行けないが、会ってやってくれ」 そう言ってウィル

ソン卿は、てきぱきと団員達に指示を出していました。


「いい人ですね。貴族ってもっと違う感じかと思っていました」

「ああ。貴族には珍しい、気さくな人だよ」

 ホテルの中庭は、まるで小さな公園のように、木々や色とりどりの草花が植えられ

ていました。外灯の明かりが淡い影を落とし、ロビーの賑やかさが嘘のように静かで

す。

 その中程に、ほっそりとした人影が浮かび上がっています。

 ほっそりとはしているけど、優しい女性らしい丸みを帯びた華奢な影。

 柔らかそうな曲線を描く腰まで伸びた金色の髪が、歩くたびにサラサラと揺れ、白

い清楚なドレスと相まって、幻想的な美しさをかもし出しています。

 なんて、綺麗。まるでそう、『天使』のよう。

「レイラ――」

 ロックさんの声は決して大きくなかったのに、その女性は、吸い寄せられるように

振り向きました。

「ロック……? ロックなの?」 トーンの高い透き通った声が、シンとした中庭に

響きます。

「ああ! 久しぶりだな、レイラ! 相変わらず我が儘を言って、ウィルソン卿を困

らせているのかい?」

 ロックさんのからかうような声に、レイラさんが駆け寄ってきます。

「まあ、ひどい。久しぶりに会ったのに、何て言いぐさかしら! 私はいつでも自分

に正直なだけよ、ロック。主人も、そこが可愛いと言ってくれるわ」

 クスクスという笑い声と共に、レイラさんの青い瞳が懐かしげにロックさんを見つ

めます。

「それはそれは、ごちそうさま」

 ロックさんの瞳もまた、懐かしげにレイラさんを見つめ返しています。

 ずきん――。

 胸の奥で、何かが痛みました。

 私。私は、なぜここにいるの? ロックさんはなぜ私を連れてきたの?

 まるで二人の再会を邪魔しているようで身の置き場に困っていると、レイラさんが

そんな私の様子を見て、ロックさんを悪戯っぽく睨みました。

「こちらの可愛いお嬢さんは、どなたかしら? 紹介して下さる?」

「この子は、スー。一緒の箒乗りの一座にいるんだ。ウチの有望新人なんだ」

 ゆ、有望新人!? ロックさんてば!

「よろしくねスー。レイラよ」

「は、初めまして。スーですっ」

 思わずペコンとお辞儀をすると、優しい笑顔と共に白いなめらかな右手が差し出さ

れました。それは、私の知っているどんな手よりも美しく、柔らかいものでした。き

っと、これが貴族の手なのでしょう。


 その後しばらくの間、私たち三人は楽しい時間を過ごしました。

 話してみるとレイラさんは、とても明るくて楽しい人でした。昔の、旅芸人の一座

での失敗談や、貴族の生活のギャップなどを、面白おかしく聞かせてくれました。

 そして、旦那様をどんなに尊敬して、愛しているかも。

 帰り際レイラさんは、ロックさんから貰ったマリエの花を一枝、私に持たせてくれ

ました。

「ねぇ、スー。マリエには古い伝説があってね、昔、旅に出たまま帰らない恋人を待

ち続けた少女が、いつしかマリエの木に変化した――。そう言われているの。だから

ね、マリエの花言葉は、”永遠の変わらぬ愛” と言うのよ。一枝あなたにあげる」

 そして、コホンと一つ咳払い。

「それからロック、こういう花は好きな女性にあげなさいね!」

 そう言うとなぜか、私にウインクして見せたのでした。


「素敵な人ですね、レイラさん。私、ファンになっちゃいました」

 私は、心からそう思いました。会う前に感じていた漠然としたレイラさんに対する

嫌悪感は、すっかり消えていました。あの人を嫌いになれる人間は、そうはいないで

しょう。

「奥さんになれば、少しは女らしくなっているかと思えば、相変わらずだったな。あ

れは、きっと一生変わらないんだろうな」

 そう言うロックさんの表情は、とても穏やかでした。


 もう外はすっかり夜になっています。町の東の外れにある私たちの一座の宿まで、

まだ賑わっている町を眺めながら歩いて帰ることにしました。

 何だか、うきうきします。

(これって、”デート” って言うのかしら?) 

 そんなことを考えて歩いていると、ふと、ロックさんの足が止まりました。

「ロックさん? どうし……」

 そこまで言って、言葉を飲み込みました。

 いつの間にか町の中心街から抜けて、人家がまばらになっています。

 囲まれている――。

 それも、全員黒ずくめの服に、黒いマスクを頭からすっぽり被った異様な一団。十

人はいるでしょうか。その黒い一団に、周りをぐるりと囲まれていたのです。

「ロッ、ロックさん!」

「何だ、お前ら?」

 ロックさんが私を背中に庇い、詰問します。

「その娘を渡して貰おうか」 くぐもった男の声。

「人さらいとは、穏やかじゃないな」

「別に、取って喰おうと言うんじゃない。少しばかり用があるのさ」

 なぜか、思案顔でそのセリフを聞いていたロックさんが、ゆっくりと口を開きまし

た。

「……その声には聞き覚えがあるな。今日は、自転車は置いてきたのか?」

 ざわざわと、黒い一団に動揺が走ります。

「ちっ。勘が良すぎるのも命取りだぜ、ロック」

 自転車? ロックさんを知っている? この人達はまさか――。

「スー、飛べ! みんなのところまで逃げるんだ!」

 ロックさんが、私の箒を空中にポンと投げ上げました。

 私は反射的に飛び上がって、箒にぶら下がり、そのまま逆上がりの要領で箒の上に

乗り、二メートルほど浮かび上がりました。

「で、でもっ、ロックさん!」

「行け!」

「娘を逃がすな!」

「きゃぁっ!」

 複数の黒い腕が足に掴みかかり、私は身体のバランスを崩して背中の方にグラリ、

と傾きました。

 落ちる――! 地面に落ちる!

「スー!!」

 

 背中が、焼けるように熱い。

 背中が、焼けるように熱い。


『空の刻印』

 私の背に刻まれた『呪いの印』

 そこに走る灼熱感。 


 私の意識は、視界一杯に広がるオレンジ色の閃光に溶けていきました――。






「記憶への旅」を読んで下さって、ありがとうございます。

 今回、初参加させて頂きました、水樹 裕です。

 波乱含みの展開になりましたが、スーはどうなって行くのでしょう?

 今後の展開にご期待下さい!



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