2-4 音和さんはあっち側、爆弾、放り込むのはやめてくれ
東京大学の学園祭は五月末、タイムリミットまで後、三ヵ月ほどだ。
実行委員にあたる五月祭常任委員会は去年の十二月に発足し、既にコンサートなどの比較的大型のイベントは枠取りが終わりかけていた。
プロのシンガーソングライターと言い張り、無料を武器になんとかねじ込んだが、公演時間は三十分。
準備や撤収を考えれば実質二十分もとれるかどうか。それでもメインステージは譲れなかった。
音和さん歌なら一曲目で観客の足を止めてくれる。そう信じての選択だった。
観客は準備の苦労など知る由もないが、イベントは段取りが命。やることは山ほどある。
焦りを感じる浩太の横で、物珍しそうに音和さんがキョロキョロしている。
「おーおー、東京大学って結構広いんやな。でも、学生はおらんな」
「三月は春休みだからな。おっ、このあたりがステージが作られる場所だ」
「ひろっ。私史上、最大やなー。なんか緊張してきたわ。トイレ行ってええか?」
先が思いやられる。音和さんは本番までは戦力外になりそうだなと苦笑い。
とてもじゃないが一人じゃ回せない。となると、
「なぁ、人手が足りないんだ。バンドのメンバーに手伝ってもらえないか」
「バンド。おらんよ、そんなもん。引きこもりみたいなもんやし」
「くっ、じゃ、じゃ。ネット動画のバンドはどうしたんだよ」
「あっ、あんときはいたんよ。まっ、でも六年も売れなかったから一人去り、二人去りって感じやな」
「連絡、取れないのか」
「みんなサラリーマンになってもうたしなー」
ノスタルジーに浸ってる場合かよ。ここにきて爆弾放り込んできやがった。
裏方探して準備だけでもきついのに、今からバンドメンバー募集なんてとてもじゃないが間に合わない。
浩太の頭脳はグルグルとめぐる。もうこれ以上ないくらい。が、名案は浮かばなかった。
「とりあえず、大学の軽音部などのサークルをあたって頼むしかないか」
メインステージが裏目に出たか。音和さん歌を受けきれる素人バンドなんているのだろうか。
大学のサークル棟にたどり着く。
ガラーン、もう、人っ子一人いない。
「だれもおらんなー、春休みゆうたやん浩太やで。で、次、どないすん?」
他人ごとにしやがった。もうすがすがしいくらい押し付けられた。
浩太の頭の中で『星野音和:二十四歳 職業:疫病神』の文字が点滅し、やがて真っ白になった。
その時、廊下の奥からベースを奏でる音が聞こえてきた。
「おっ、メチャいい音出しとんな」
うんうんとベースの音に聞き入る音和さん。
浩太の頭の中で『星野音和:二十四歳 職業:幸運の女神』の文字が点灯する。
学園祭の練習を始めているバントがいるらしい。
浩太は音和さんを引きずるように廊下を進み『軽音部』と書かれた部屋の戸を引いた。
「っ…」
中にはいたのはグレーの用務員着に身を包んだ『掃除のおじさん』ただ一人。
バケツとモップを脇に置いて、パイプ椅子に腰かけベースをつま弾いている。
終わった。
入り口で浩太がこぼしそうになった時、音和さんが脇をすり抜けて『掃除のおじさん』のもとに駆け寄る。
「おっちゃん、ええ音させてんな。なっ、一緒にセッションせえへんか」
あっけにとられる『掃除のおじさん』をよそに、音和さんはそばにあった他人のギターを勝手に持ち出して調整しだした。
「ほぉ、なかなかの手際だな」
感心してうなづく『掃除のおじさん』の声を受けて、音和さんはコードなどの説明を詰める。
だれもいない『軽音部』の部屋で音和さんの持ち歌『キミ依存症』のイントロの語りが始まった。
『キミの記憶、ゴミ箱にドラッグして…
“完全消去しますか?” とか
そんな便利なボタンあったらええのにな。
…でも、うちには無理やったわ。』
言葉はいらなかった。二人は音を通して互いに通じ合っているのを感じる。
浩太は二人の作り出す曲に、ただ、耳を傾けた。
「なぁ、おっちゃんもしかして。『ピテトロ』の『大将』ちゃうん?」
「俺のこと知っているのか」
「そりゃまあ、ロック界では『ピテトロ』の松原さんは伝説の人やし外せへん。レコードも全部持っとるで」
ぼさぼさの髪を整えながら、まんざらでもない『掃除のおじさん』。
いい年してカッコつけだがるのはロックバントのサガともいえる。
なんで、そんな人が大学の用務員をしているのかは今は置いといて、浩太は松原さんの下に駆け寄り頼み込む。
「すいません。厚かましいと思いますが、『この子』のバンドメンバーを探してまして、お願いできませんか」
もう、膝に頭が付くくらいのお辞儀で頼み込む。二十四歳を『この子』と言うのか知らないが、見た目は若い。
「なっ、なんちゅう失礼なこと…、で、で、伝説やでこちら様は」
なぜかお願いする側の音和さんが『おじさん』サイドに立っている。
「五月祭まででもいいです。お願いします」
再び、膝に頭が付くくらいのお辞儀で頼み込み。
「お断りだな」
「「えっ」」
浩太と音和さんは向かい合って声を上げる。
「俺が求める曲じゃない」
「『大将』、分かったで。一週間まってや。必ず『大将』の求める曲作ったるわ」
啖呵を切る音和さんの瞳の中に燃えさかる炎。えらいことになったと腰が引ける浩太だった。
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<次回予告>
2-5 【歌詞公開】『キミ依存症』
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浩太です。【歌詞公開】と合わせて、YouTubeで音和さんの息遣いを感じてください。
次回、YouTubeアドレス公開!!動画の音和さんの写真は俺が撮ったんですいません。
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