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隣に住む女の子の壁越しの生歌に泣けて郵便受けに「リアル投げ銭」してしまいました。  作者: 坂井ひいろ


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9/20

2-4 音和さんはあっち側、爆弾、放り込むのはやめてくれ

東京大学の学園祭は五月末、タイムリミットまで後、三ヵ月ほどだ。


実行委員にあたる五月祭常任委員会は去年の十二月に発足し、既にコンサートなどの比較的大型のイベントは枠取りが終わりかけていた。


プロのシンガーソングライターと言い張り、無料を武器になんとかねじ込んだが、公演時間は三十分。


準備や撤収を考えれば実質二十分もとれるかどうか。それでもメインステージは譲れなかった。


音和さん歌なら一曲目で観客の足を止めてくれる。そう信じての選択だった。


観客は準備の苦労など知る由もないが、イベントは段取りが命。やることは山ほどある。


焦りを感じる浩太の横で、物珍しそうに音和さんがキョロキョロしている。


「おーおー、東京大学って結構広いんやな。でも、学生はおらんな」


「三月は春休みだからな。おっ、このあたりがステージが作られる場所だ」


「ひろっ。私史上、最大やなー。なんか緊張してきたわ。トイレ行ってええか?」


先が思いやられる。音和さんは本番までは戦力外になりそうだなと苦笑い。


とてもじゃないが一人じゃ回せない。となると、


「なぁ、人手が足りないんだ。バンドのメンバーに手伝ってもらえないか」


「バンド。おらんよ、そんなもん。引きこもりみたいなもんやし」


「くっ、じゃ、じゃ。ネット動画のバンドはどうしたんだよ」


「あっ、あんときはいたんよ。まっ、でも六年も売れなかったから一人去り、二人去りって感じやな」


「連絡、取れないのか」


「みんなサラリーマンになってもうたしなー」


ノスタルジーに浸ってる場合かよ。ここにきて爆弾放り込んできやがった。


裏方探して準備だけでもきついのに、今からバンドメンバー募集なんてとてもじゃないが間に合わない。


浩太の頭脳はグルグルとめぐる。もうこれ以上ないくらい。が、名案は浮かばなかった。


「とりあえず、大学の軽音部などのサークルをあたって頼むしかないか」


メインステージが裏目に出たか。音和さん歌を受けきれる素人バンドなんているのだろうか。


大学のサークル棟にたどり着く。


ガラーン、もう、人っ子一人いない。


「だれもおらんなー、春休みゆうたやん浩太やで。で、次、どないすん?」


他人ごとにしやがった。もうすがすがしいくらい押し付けられた。


浩太の頭の中で『星野音和:二十四歳 職業:疫病神』の文字が点滅し、やがて真っ白になった。


その時、廊下の奥からベースを奏でる音が聞こえてきた。


「おっ、メチャいい音出しとんな」


うんうんとベースの音に聞き入る音和さん。


浩太の頭の中で『星野音和:二十四歳 職業:幸運の女神』の文字が点灯する。


学園祭の練習を始めているバントがいるらしい。


浩太は音和さんを引きずるように廊下を進み『軽音部』と書かれた部屋の戸を引いた。


「っ…」


中にはいたのはグレーの用務員着に身を包んだ『掃除のおじさん』ただ一人。

バケツとモップを脇に置いて、パイプ椅子に腰かけベースをつま弾いている。


終わった。


入り口で浩太がこぼしそうになった時、音和さんが脇をすり抜けて『掃除のおじさん』のもとに駆け寄る。


「おっちゃん、ええ音させてんな。なっ、一緒にセッションせえへんか」


あっけにとられる『掃除のおじさん』をよそに、音和さんはそばにあった他人のギターを勝手に持ち出して調整しだした。


「ほぉ、なかなかの手際だな」


感心してうなづく『掃除のおじさん』の声を受けて、音和さんはコードなどの説明を詰める。


だれもいない『軽音部』の部屋で音和さんの持ち歌『キミ依存症』のイントロの語りが始まった。


『キミの記憶、ゴミ箱にドラッグして…

“完全消去しますか?” とか

そんな便利なボタンあったらええのにな。

…でも、うちには無理やったわ。』


言葉はいらなかった。二人は音を通して互いに通じ合っているのを感じる。


浩太は二人の作り出す曲に、ただ、耳を傾けた。


「なぁ、おっちゃんもしかして。『ピテトロ』の『大将』ちゃうん?」


「俺のこと知っているのか」


「そりゃまあ、ロック界では『ピテトロ』の松原さんは伝説の人やし外せへん。レコードも全部持っとるで」


ぼさぼさの髪を整えながら、まんざらでもない『掃除のおじさん』。


いい年してカッコつけだがるのはロックバントのサガともいえる。


なんで、そんな人が大学の用務員をしているのかは今は置いといて、浩太は松原さんの下に駆け寄り頼み込む。


「すいません。厚かましいと思いますが、『この子』のバンドメンバーを探してまして、お願いできませんか」


もう、膝に頭が付くくらいのお辞儀で頼み込む。二十四歳を『この子』と言うのか知らないが、見た目は若い。


「なっ、なんちゅう失礼なこと…、で、で、伝説やでこちら様は」


なぜかお願いする側の音和さんが『おじさん』サイドに立っている。


「五月祭まででもいいです。お願いします」


再び、膝に頭が付くくらいのお辞儀で頼み込み。


「お断りだな」


「「えっ」」


浩太と音和さんは向かい合って声を上げる。


「俺が求める曲じゃない」


「『大将』、分かったで。一週間まってや。必ず『大将』の求める曲作ったるわ」


啖呵を切る音和さんの瞳の中に燃えさかる炎。えらいことになったと腰が引ける浩太だった。



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<次回予告>

2-5 【歌詞公開】『キミ依存症』

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浩太です。【歌詞公開】と合わせて、YouTubeで音和さんの息遣いを感じてください。

次回、YouTubeアドレス公開!!動画の音和さんの写真は俺が撮ったんですいません。

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