1-3 郵便受けに入れた千円札が肉まんとビールとなって隣人と共にやって来た
※この作品はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。
玄関のドアの内側で、かすかな物音がした。
カタン。
ガサッ。
郵便受けが揺れる音。
星野音和は、ギターを抱えたまま固まった。
「……なに?」
こんな時間に郵便が来る覚えはない。
嫌な予感がして、呼吸を止める。
しばらくして、アパートの外の廊下を歩く足音と、隣の部屋のドアが開いて閉じる音がした。
完全に静かになったのを確認してから、音和はそっと郵便受けを内側から開いた。
中に入っていたのは、折りたたまれたメモと、千円札。
一瞬、状況が理解できなかった。
『いい歌でした。いつもうるさいって壁たたいて、ごめんなさい。隣人より』
「……はぁ?」
声が漏れた。
苦情じゃない。
説教でも、警告でもない。
評価された。
ちゃんと、歌として届いた。
再生回数は伸びない。
路上ライブに行く電車賃も尽きて、最近は配信アプリすら開いていなかった。
『まだやってるの?』というさげすむ言葉ばかりが、耳に残っていた。
それなのに。
「……あかんやろ」
目の奥が熱くなる。
泣くつもりなんてなかった。
でも、涙は勝手にこぼれ出た。
六年。
東京に出てきてから、誰にも褒められなかった六年分の感情が、一気に溢れた。
この気持ちを、どうしても誰かと分かち合いたい。
気づいたら、その千円札を握りしめて外に出ていた。
夜のコンビニは、妙に明るい。
自動ドアの音が、現実に引き戻す。
アツアツの肉まんを二つ。いちばん安い缶ビールを二本。
今時、千円で買えるものなんてこんなものだ。
だけど、もらった千円の重みが嬉しかった。
それからアパートに戻って、一瞬だけ迷って、ギターを背負う。
「行くか、相棒」
ギターに声をかける。
ジャージ姿のまま、コンビニ袋をぶら下げて、音和は隣の部屋の前に立った。
深呼吸して、チャイムを押す。
ピン、ポン。
突然のチャイムにドアを開けた瞬間、浩太の思考が止まった。
童顔で、猫みたいな目をした女の子。
小さな体に、ソバカスを隠すこともないすっぴん顔、ラフすぎる上下の赤いジャージ、コンビニ袋と、背中にはギター。
「こんばんは。隣の者です。『投げ銭』ありがとうございます」
投げ銭って、自分で言うのか。
「これ肉まん、熱いうちに食べへんか。ビールも奮発したんやで」
コンビニの袋を浩太の胸に押し付けると彼女は勝手に部屋に上がり込んできた。
「やっぱ、三月末でも夜は冷えよるわ」
石油ストーブの前にジャージ姿のまま居座る彼女に呆れながらも追い出す言葉を飲み込んだ。
「秒で距離感を詰めてきたな。男部屋に二人っきりなんだけど……」
「あっ、そういうことちゃんと考えてくれるんだ。大丈夫、うち、男を見る目は確かだから」
一方的に始まる肉まんと缶ビールだけの宴会。
資金は自分が郵便受けに投げ込んだ千円だろうとピンとくる。
浩太はこの後、彼女の男をみる目が『不確』かであることを痛感することとなった。
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<次回予告>
1-4 その女の子は年上で、貧乏で、恋多きシンガーソングライターだった
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※全話執筆完了、ミュージックビデオ(MV)作成済み。
エタらず、必ずハッピーエンドで完結します。




