4-3 吐き出した気持ちは歌となって、復讐の『のろし』が上がる
浩太の忘れた本を持って私は彼のアパートを訪れた。
昭和の忘れ形見みたいな木造二階建ての古いアパート。
錆びた階段が一歩上るたびに軋む。その度に私の心に重しが増える。
二階の角部屋の隣『山本』の表札を見つけてドアの前で止まる。
冬みたいな寒さなのに四月の抜けるような空が忌々しい。いっそ、土砂降りの雨なら救われたかもしれない。
すぅーっと一息吸い込んで、白い息をゆっくりと吐く。私は浩太の部屋のチャイムを押した。
ピーン、ポーン。
部屋の中からガタゴトと、玄関に向かってくる音が聞こえてきた。
その時になって、はっと、気が付いた。
化粧もしてない。おそらく泣きはらした目は赤く充血しているだろう。
感情のまま飛び出した酷い姿を浩太に見られると一瞬あわてる。
浩太に会うときは、浩太が好きなシンプルなワンピースで着飾ってきたのに。
でも、そんな考えが浮かんだことが忌々しいとさえ思う自分もいる。
ガチャリ。
「えっ……」
ドアを開けて顔をのぞかせたのは浩太ではなく知らない女の子だった。
上下の赤いジャージ、黒い外はねのショートヘア、ソバカスが少しある猫目の幼い顔立ち。
中学生くらいだろうか。浩太の新しい彼女……。それにしては若すぎる。
私は表札の『山本』と言う表記をちらりと確認して尋ねる。
「あのー、山本浩太さんはいらっしゃいますか」
「浩太なら出かけてるで」
「そっ、そうですか。それでは出直して……」
浩太に返す本を胸に抱えて言ったとき、突然手首を押さえつけられる。
「浩太の元カノやろ。私、浩太の妹の音和って言うんや。ちょっと話していかんか」
妹さん……。四年も付き合っていて一度もその存在を聞いたことない。
それに関西弁……。私も浩太も関東生まれ。訳ありなのだろうか。
だとしても、私と浩太はその程度の関係だったのだろうか?
戸惑っている内に部屋の中へ引きこまれた。
「あの、私、浩太さんの本を返しに来ただけで……」
彼の本を差し出そうとして手が止まる。
これを返してしまったら、たぶん私と浩太を繋ぐ口実は何もなくなってしまう。
「まあ、ええから、ええから。あがってや。ちらかってけどな。ちぃーっと、話してみたかったんや」
子猫みたいな愛くるしい顔で誘ってくる。距離感を詰めてくるのがうまい。
関西人特有のコミ力と言うか。慎重な浩太とは真逆でちょっと心地いい。
「浩兄の本心を確かめに来たんやろ」
前置きも挨拶もなく、いきなり確信をついてくる。その一言で私の中の何かがプツリと切れた。
気が付いたら泣きじゃくりながら、浩太とのことを語ってしまっていた。
「はぁー、浩兄は頭いいけど、ニブイからなぁ。悪気かないところがほんま質悪いで」
慰めるでもなく、肩を持つわけでもなく、受け入れたれた気がして少しだけ心が晴れた。音和ちゃんは不思議な子だ。
「なら、どうする。本、置いて帰ってもいいし、復讐するのもありやで」
浩太に復讐って、何だろ、この子、楽しそう。
「浩兄はなぁー、ちょっとは自覚した方がいいんゃ。バシッて頬ひっぱたいて帰ったらすっきりするで」
「ひっぱたくって、それはちょっと……」
「ほうか、私ならグーパンチで、マウントとってタコ殴りなんやけどな」
「……」
「まあ、ええわ。あれっ名前、聞いとらんかったな」
「宮脇早苗です」
「早苗ちゃんなー。了解。ほな、私が早苗ちゃんの歌作って思い知らしてやるわ」
「ちゃん……って」
「あぁー、ようやく気付きよったか。私、ほんまはな、星野音和って言うねん。今、24歳、シンガーソングライターしとるんや」
「えっ…」
この人、うっそ。妹じゃなく、赤の他人なの。
ドン、ドン。
その時、玄関ドアをたたく音。
「音和さん。いるんだろ。開けてくれ」
「やばっ、浩太、帰ってきよったわ」
音和さんは小声で私に伝えると、
「ちょっと待ってな。今、真っ裸なんや。ちとシャワー中でな」
玄関に向かって叫ぶと、
「早苗ちゃん、ここ隠れて」
と素早い動作で、押し入れの扉を開く。
そして、ペンを握る。
「おりゃ」
「えっ」
押し入れにペンをぶっ刺して、グリグリ、グリグリ。
「のぞき窓や」
呆気にとられていたら、私は音和さんによって押し入れに押し込まれていた。
ちょっとしけって、暗い場所。ちょうど目線の高さに開けられた穴から差し込む光。
私の心みたいだ。
「ふー、さぶ。何やってんだよ、シャワーなら自分の部屋で浴びなよ」
「乙女がヒートショックになっても平気なんか」
押し入れの中で早苗は二人の会話に耳を傾ける。二人はいったいどういう関係なのだろう。
24歳、シンガーソングライター。恋人にしては浩太対するディスりが半端ない。
「早かったやん。で、『映像研』とやらは協力してくれるんか」
「あと一押しって感じだ。ちょっと資料用に写真撮らして」
「エッチなやつか。東大生もやっぱ男は男だな」
「ちっ、違うよ。LEDディスプレイの巨大さに音和さんのアップが耐えられるか確認さ」
最初は慌てながらも、しっかり切りえしている浩太の顔が生き生きしている。
私には見せてくれなかった顔。私がこんなに悩んでいるのになんかズルい。
浩太は音和さんと漫才みたいなやり取りを繰り返し、スマホで彼女の写真を撮って慌てて出て言った。
二人の関係は恋人同士というより、姉弟みたいだった。
「もう、ええで」
私が押し入れから出ると音和さんは、
「ちょっと待ってな。おりゃ」
押し入れの扉をスライドして左右を入れ替える。見事にノゾキ穴が物陰に隠れた。
「んじゃ、浩太を懲らしめる曲作りを始めよっか」
音和さんは横にあったギターを手にとった。
そこから先は異次元の世界だった。
ボンヤリしていた私の心が、まるでカメラのピントが合うかのように曲になっていく。
「すごい。魔法みたい」
私はすっかり星野音和と言う一人の女性のファンになっていた。
「浩太はなー、いいやつになれる素材も伸びしろもあるんだけど、経験がなー。いかんせん青いんやな」
コクコクと一人納得しながら、なんか、人生語っている音和さん。
24歳、シンガーソングライター。と言えば納得なのだが、幼いビジュアルが不釣り合いでマッチしてない。
口をとがらしてしゃべる姿はアニメの動物キャラみたいで『かわいい』。ちょっと抱きしめたくなる。
「よし、できた。この復讐の歌で浩太も少しは成長するやろ」
二ヒヒと笑う音和さん。メチャクチャ悪い顔してる。
だけど、その横にいる私も、きっとおんなじ顔をしているに違いない。
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<次回予告>
4-4 浩太VS早苗。『安っぽいカーテン』の後半が未来を暗示しているんや
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音和セカンドアルバム『SOU 蒼・颯・創』収録予定曲から本日の「おまけ」です。
音和(TOWA) - ダンボール箱
YouTubeアドレス:https://youtu.be/s6QttRdMcDQ
「旅立ちの歌」を作ってみました。




