3-2 わななけ『掃除のおじさん』、ロックはバズらんでも刺さるんや
『軽音部』の部室。スライド式ドアが勢いよく開く。
ドン。
「ちわっ、道場やぶりにきたで!」
赤いジャージの定番衣装、背中にはアコースティックギター、首の本革チョーカー以外はその辺にいるソバカス部活中学生。
『我らがヒーロー』いや『我らが残念』星野音和24歳、参上である。
後ろに続く浩太は恥ずかしくて顔を上げることもできない。『参上』というより『惨状』と頭の記録を訂正する。
そんなことはお構いなしの音和さん。大股でずかずかと部屋の中へと進んでいく。
「あぅっ…。ぬぬぬぬぬ。マジか。うそっー」
ミニステージ上を一瞥して、突然、絶叫する音和さん。
さっきまでの勢いとは別人のように縮こまって『大将』こと伝説のバント『ピテトロ』のリーター、松原さんの前にコソコソ。
ちなみに松原さんは黒の革ジャン、黒の革パンツ、トゲトゲのアクセサリーで、見違えるくらいロッカースタイルをばっちり決めている。
「あっ、あのー、『ピテトロ』の皆様ですよね」
音和さんはウルウルの瞳でワナワナしながら『大将』の周りを見回る。まるで人気バンドを出待ちする田舎の中学生のそれみたいに。
いや、もはやペットショップで客と対峙する子猫の顔。浩太には見せたことのない純粋無垢な音和さん。
浩太が集めた裏方スタッフの皆様は保護欲が爆上がり。二十四歳なのは秘密にしようと心に誓う浩太だった。
「君が音和さんだね。『大将』から聞いてる。いい声、持ってるんだってね。俺、ドラム担当。『けんちゃん』でいいよ」
「私はキーボードのヒサ、みんなには『ヒサ嬢』って呼ばれてる」
「エレキギター担当『ナガシ』。よろしくな」
全員、五十代だろうか。歳はとっているが、人生観がにじみでてオーラがすごい。
「音和さんの付き人っていうか、そんな感じの山本浩太って言います」
浩太が後ろから手を伸ばすと音和さんがパシッ手の甲を叩いていなす。
「頭が高いやろ。このお方々は天下の『ピテトロ』やで」
っ…。色紙にサインペン。どっから出てきたんだ。音和さん、君はマジシャンなのか。
自身もプロという矜持もプライドの欠片もない残念さ。それでいいのかと思う浩太であった。
しかし、プロのバンドがメンバーになってくれるなら、これ以上心強いものはない。
「まっ、挨拶はあとだ。約束の『俺が求める曲』を聞かせてもらおうか。それ次第で『これっきり、さよなら』だしな」
『大将』はギラリと瞳に力を込めて、仲間に目で合図して既にスタンバイ済みのポジションにつく。
「あの、音和さん。譜面はどうすんの」
一瞬にして張り詰めた空気に、浩太も浩太の集めたスタッフももはや犬っころと化している。
「しっ、天下の『ピテトロ』に譜面なんて俗なものはいらんのや。アドリブでついてきてくれるんやで」
『大将』に向かってネコ科の肉食獣の瞳を返す音和さん。ヤバッ、カッコいい。
かくして『マンネリごっこ』は始まった。
音和さんのギターが滑り出し、独り言のようなイントロ。
これだけで流れをつかむ『ピテトロ』メンバー。
重なる音が音和さんの歌を加速させる。
ズンズンと鳴びびく生音が心を震わせる。
最初のサビのところで『大将』の顔がグニャリと歪んだ。
最後のサビはもはや怒れる獅子。
ヤバい、ヤバすぎる。『大将』完全にキレてる。
しかし、浩太にできることは見届けること以外、何もない。
『大将』を煽るかのように、エンディングに向かって音和さんの声に感情が乗る。
曲が終わった静けさの中、『大将』だけがうつ向いている。
顔を覆う革ジャンの腕の下から『漢のすすり泣き』だけが響く。
「なっ、『かなちゃん』は幸せなって逝けたんかなー」
『大将』は目頭を押さえながら天井を見つめた。
「そりゃもう、あんた見限って大正解やったみたいやで。ほら、これが証や」
音和さんは静かに近づき『大将』に一冊の古びた本を手渡す。
表紙に記されていたものは夢野佳菜恵自叙伝『ふみだい』。
「なっ『大将』、向き合うんが怖くて読んでへんやろ」
手渡された本を見つめてから松原さんは音和さんに手を差し出す。
「効いたぜ、姉ちゃんのパンチ。俺の負けだ。わるいな、音和ちゃん。もう一回、歌ってくれ」
二巡目を奏でる残りの『ピテトロ』メンバーの解き放たれたような晴れ晴れとした顔が浩太の心に刻まれた。
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<次回予告>
3-3 幸せの形はハピーエンドだけやない。笑って死ねるかや
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