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隣に住む女の子の壁越しの生歌に泣けて郵便受けに「リアル投げ銭」してしまいました。  作者: 坂井ひいろ


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3-1 売られた喧嘩はグーパンチで返すのがロックのしきたりやで

「なんだこりゃ!」


それが、一週間後に音和さんが差し出した歌詞を見た浩太の第一声だった。

悪くはない、悪くはないがテーマがずれている気がする。

時間がない。歌詞なら後で直せると自分に言い聞かせる。


「で、譜面は」


「そんなもんないで」


音和さんはちょっと困った顔をして「ここ」と一言。


「えっ」


「またまた、そんなことないだろ。俺が楽譜が読めないのをからかっても意味ないぞ」


「頭ン中や」


頭を指さして「てへ」ってベロを出しておどける。


「音和さん。今後のこともあるから、そんなこと、絶対にないと思うが一応な、確認しとくぞ」


きっと書き起こす時間がなかっただけだ。そうに違いない。


浩太は音和さんのおどけを一切スルーして、プロのシンガーソングライターに対して失礼承知で尋ねる。


「音和さん、あの、まさか音符がよめないとかないよな」


「フフフフフ。読めへんで」


「はあっ…?」


浩太は大口を開けて驚愕し、しばらく絶句した。


「まあまあ、譜面かけんでも曲作れるし、問題あらへんで」


音和さんはポンポンと子供に接するかのように浩太の頭を叩くのだった。


どうしてこうなった。音符が書けないシンガーソングライター…ってありかよ。


そんな人を信用して一週間待ったなんて。浩太は過去の流れを振り返る。


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伝説のロックバンド『ピテトロ』の松原さんに「『大将』の求める曲作ったるわ」と宣戦布告した音和さん。


しかも、そのタイムリミットはたった一週間。


部屋に戻っての戦略会議。


「じたばたしても時間は待ってくれんよ。まかしとき、あの軟弱ジジイに一発にかましたるから」


「おいおい、そんなんで大丈夫か」


「私を誰や思ってんの。プロのシンガーソングライターに向かって何様気取りなん」


チッチッチッと舌打ちしながら、人差し指を左右に振ってから、浩太の唇を閉じるようにあててくる。


六年間売れなかった引きこもりのクセにと嫌味を言おうとした口が封じられる。


「そんなことよりスタッフは大丈夫なん。ここは手分けしてやるのがベストなんちゃう」


まったくもっての正論で攻めてくる。任せていいのか。こんな行き当たりばったりの女の子に。


浩太は音和さんの顔を見つめる。音和さんの瞳はぎらついているいる。もう、野生に戻った野良猫みたいに。


「……わかった。俺は俺の仕事を進めとく」


「せやで、んじゃ」


彼女はそう言って、手のひらをヒラヒラさせて自分の部屋に帰っていた。


それから一週間、浩太は大学の講義もそっちのけで、なりふりかまわず駆けずり回った。


大学の知り合いに頭を下げて回りなんとかスタッフを集めた。


『ピテトロ』の『大将』こと松原さんと交渉して、不足のドラム、キーボード、メインギターを集めてもらう約束をとった。


あと小一時間もすれば全ての顔ぶれが『軽音部』の部室にそろう。


後は音和さんが一発歌って彼らを魅了すればミッション完了である。


その結果が「なんだこりゃ!」の浩太の第一声だった。


いい詩だとは思う。音和さんの持ち味である、関西弁の語り口でつづられた、泥臭くも切実な感情がにじんでいる。


しかし、なぜ松原さんが求める曲が、これなのか。浩太にはさっぱりわからなかった。


タイトルは『マンネリごっこ』。


内容は、勢いで同棲を始めた若い男女が、五年という月日で互いに熱を冷まし、惰性で暮らし続けている。


結婚適齢期を意識し始めた彼女は、煮え切らない彼を見限って、去っていくというストーリー。


未来の音和さんが本音を音和ぶしでつづったような、切ない『昭和ロックバラード』って感じ。


正直、今時の東大生にまったく受ける気がしない。なんか激重だし……。


浩太は素直な感想を口にした。メインステージは、アイドルの華やかなイベントの合間をってねじ込んだのだ。


観客は『映える』『バズる』ものを求めている。


音和さんは、浩太の言葉を鼻で笑った。


「これでいいんや」


彼女の目は鋭く、いつも冗談を言っている時とは全く違う熱を帯びていた。


「私、落ちぶれたおっさんロッカーの贖罪しょくざいに寄り添う歌なんてよう歌わたん。そんなん、ぬるい水に浸かってるだけやろ」


「……」


「あんクソジジイが求めているんは、甘い慰めなんかやない。自分の過去の選択、傷、失敗。それを誰かにえぐってもらいたいんや。ぶん殴って、二度と『ただ』では立ち上がれんようにしたるわ」


その言葉は、まるで彼女自身が過去の自分と決着をつけようとしているように聞こえた。


「だから、これは松原さんが絶対に逃げられへん曲にしたんよ」


「……」


「浩太やってそやろ、売られた喧嘩はグーパンチで返すのが人生や。彼女に捨てられたんやろ」


「えっ」


別れたとは言ったが、捨てられたとは言っていない。なんで、音和さんが早苗さんとのことを知っているんだ。


「まあ、その件はおいおいの楽しみとして取っておくとして。時間やな」


音和さんは相棒であるギターを手に取って立ち上がった。


「ほな、浩太、いくで。戦闘開始や」


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<次回予告>

3-2 わななけ『掃除のおじさん』、ロックはバズらんでも刺さるんや

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