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手のひらにある世界

作者: 西埜水彩
掲載日:2025/10/18

「あー疲れた」


 パッケージにでかでかと『疲労の回復にぴったり』と書かれた栄養ゼリーを口に運びつつ、スマートフォンを見る。


 仕事をすれば、疲れる。なぜなら仕事とはどんなに頑張っても否定されるだけなので、どんどん自己肯定感が下がっていくだけで、辛いからだ。それもあってメンタルが落ちて、だんだん疲れていく。


 仕事がある。そう考えるだけで生き辛さが常にある。仕事があるときはもちろんだし、仕事をしていないときだってそう。


 だから生きることがしんどくて、苦しい。


「あっラインだ」


 久しぶりにラインが届いていた。仕事ではラインを使わずに、仕事の疲れでプライベートの人間関係が貧しくなっている私にとって、ラインが届くのは珍しい。


『9月7日の14時30分から30分間、奈良にあるコミュニティFMの番組に出ます。もしよかったら聞いてみてください』


 多分数ヶ月ぶりな、友達からのラインだ。確かこの前のラインは、誕生日を祝ってくれた物だったはず。


 誕生日祝いという日常的な話から、なぜコミュニティFMに出演するということになるのか? 全く分からない。


 そりゃあ昔はコミュニティFMをよく聞いていたし、なんならラジオ番組中心で人生が回っていたくらいだった。


 とはいえ仕事で疲れ切っている今は、一切コミュニティFMを聞いていない。昔使っていたラジオだって、今はどこかにしまわれているくらいだ。


『教えてくれてありがとうございます。聞いてみます』


 そこでこう返信した。


 友達のラインは久しぶりだし、何よりもコミュニティFMの番組をきくのも久しぶり。


 そんな久しぶりが集まったら、少しは私の人生がましになるかな。






 せっかく誘われたのだから、ラジオ番組をきいてみることにした。


 そこで9月7日の13時。番組をきくためのラジオを探すことにした。


「えっと、どこにあったっけ?」

 最近ラジオをきいていないのもあって、どこにあるのかも分からない。


 とりあえずここ最近ほとんど使われていない机の上を探してみよう。あっあった。適当に置かれた服の下に、ラジオみっけ。


 ラジオは手のひらよりも少し大きなサイズをしている。かつては銀と黒のボディだったのに、今は銀色が剥がれて黄みがかった白色になっていた。


 銀色が剥がれるまで長い間使われて、最近は放置されたラジオ。私はFMにセットしてから、ダイヤルでコミュニティFMを選ぶ。


 コミュニティFMはこの小さなラジオで聞きづらい。それでもラジオを置く位置を変えることもして、なんとかセットする。


「あっつながった」


 時間的におすすめされた番組よりも少し早い。それでも久しぶりのコミュニティFMの番組だから、じっくりと聞く。


 そして14時30分になった。番組が始まる。


『こんにちは。ゆずでーす』


 友達がラジオ番組で名乗ってから、話し始めた。


 この番組は出演者が3人いるらしい。パーソナリティさんとミキサーの2人、それから友達。


 友達とは長年会っていなかっただけ会って、声を聞いても親近感がわかない。それでも友達の声がラジオから聞こえているということは、違和感があった。


『今日はまず歌い手さんの曲を流します』


 その言葉とともに流れる曲。それを聞いて、息が止まった。


 音楽番組では得られないような、ドキドキ感。最近は音楽を聞いても、仕事で疲れているからなんでも思わなかったのに。なんで今ドキドキしているんだろうか?


『では今からランダムグッズを開封します。さっき曲を流した人のグッズが出るか、わくわくです』


 友達はランダムグッズの開封を始めた。さっき曲が流れた歌い手さんの所属する会社に関わっている、ランダムの缶バッチやカードの開封らしい。


 舌足らずで足りない説明。それなのになぜかどのテレビ番組よりも気になってしまった。


 これは友達が話しているからかな?







『11月23日にレインボーパレード、11月24日にレインボーフェスタがあります』


 歌い手に関する話題はいつの間にか終わり、11月にあるレインボーイベントの話題になった。


 そう歌い手さんの話題は終わったのだ。でも私の心はまだ歌い手さんにあった。


 ぶっちゃけ私の人生は仕事で壊されてしまった。仕事でストレスをためまくって、そのせいで何かを楽しむ余裕がなくなった。


『終わります』


 考え事をしているうちに、ラジオ番組は終わった。私はラジオの電源を切る。


 そしてスマートフォンを取り出して、動画サイトをあける。


 そのままラジオ番組で紹介されていた歌い手さんの名前を検索した。


「あっ動画サイトにチャンネルがある」


 歌い手は動画サイトで活動している人が多いって聞くので、当然かもしれない。


 それでも歌い手グループのチャンネルが見つかって、ほっとした。


 見つかったチャンネルをすかさず登録してから、動画を見る。


 なんか色々な種類の動画がある。アニメ、ゲーム実況、そして実写動画。様々な動画の多さに、どれを見たら良いのか分からなくなって戸惑う。


「そうだ、音楽」


 歌をきいて、歌い手さんの動画を見に来た。


 ならばここで見るべきは、MVなのだ。


「えっとどれにしようかな?」


 どれにしようか悩むから、決められない。そんなわけで新しいMVをおしてみた。


「あっいいうた」


 思わず、声が漏れてしまった。


 脳は仕事で疲れ切って、音楽を聴いてもなんとも思わなくなってしまった。


 でも今MVを見て、良い曲だなと思ってしまう。







 私は仕事のストレスのせいで、音楽が楽しめなくなってしまった。


 テレビでよく流れる曲、例えばフリフリワンピースがかわいいアイドルの曲、KPOP系ダンス&ボーカルグループのかっこいい曲、ひたすら明るいロックバンドの曲。これ以外にもいっぱい思いつくけど、それらの曲すべてが心に響かず、音がバラバラになって脳から出ていく。


 だというのになんでだろうか?


「この曲すごくいい」


 適当におしたMV、そこから流れる曲。


 その曲を聴いた途端、体も心も止まってしまった。それくらい衝撃的だったんだ。


「この曲も」


 別のMVもおしてみた。


 バラードなのかな? 生きていて、感じることのなかった優しさがそこにはあった。


『ラジオ番組聞きました。かかっていた曲、よかったですよ』


 そこでついついラジオ番組に出演していた友達に、ラインを送った。


 毎日毎日職場で仕事のことで苦しみ、常にしんどさでいっぱい。


 その日々が手のひらにあるラジオ、そしてスマートフォンから流れてくる曲が癒やしになるなんて思えなかった。


 それほど私が毎日生きているところはよどんでいて、救いがない。


 だというのにラジオで流れてきた曲が、MVで使われている曲、それらに癒やされるなんて思わなかった。


 もしかしなくてもこの歌い手さんは、私の人生を少しだけ救ってくれたかもしれない。


『ラジオ番組聞いてくれてありがとうございます! 好きな曲なんです』


 友達からラインが返ってきた。


 この世の中には最悪なつながりが多い。特に他人を批判すること以外できない上司のいる職場で働いているのだから、前向きになれる人間関係なんて私には遠い。


 でもでも、私には素敵な曲を教えてくれる友達がいる。


 そのことも事実で、それさえあれば明日も生きていけるかもしれない。



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