人の世の
「はいはーい、ワン麻呂です! えーっとどちら様? えっ?! 教授? どちらの教授先生ですか? 飲み屋の教授? えっ? えっ! 何で番号知ってるの? 前に聞いてた? あっ! 番号登録してある! えっ、うそうそ! どうしたの?」
突然掛かってきた電話の相手は、いつもの飲み屋で万葉集談義に花咲かせる相手。名前は知らない、一度聞いたら教授と呼んでくれと言われたから、それ以来教授としか呼んでいなかったし。
連絡にしても、ふらりと飲み屋に寄れば大概いたり、たまにSNSを通じて連絡が来る程度だったのですが。まさか電話が掛かって来るなんて。と言うか、番号を知っているのにも驚きました。確か酔った勢いで交換していたのでしょうか?
とにかく、そんな教授からの珍しい電話によると。先日の浦島太郎さんとの生配信を見たが。彼はどこの誰で、どこに所属している文学研究者なのか教えて欲しいとの事。
私も、SNSで山下公園に和歌を詠む面白いおじさんがいると言う情報だけで、マネージャーにコンタクトを取って貰ったとしか言えず。とにかく彼に会いたいと言う教授に、浦島太郎氏と対談配信に出て貰えるならと言って無理矢理オッケーを貰ったのでした。
「うっそーん」
国学院大学文学部、教授 中野慎
いつもの飲み屋ではなく、ホテルのカフェに待ち合わせしてやってきた教授でしたが、名刺交換したら本物の教授でした。しかも国学院大学の文学部って、バリバリの本物じゃないですか。だって先生の本読んだことありますし、そんな人相手に万葉集を語っていたなんて……。
「僕ってメディアとか顔出してないからね、知らなくても当然だよ」
教授には、前情報として浦島太郎氏が最初にSNSで騒がれた時の動画を見せた。SNSの情報なんてあっという間に消えていくから、しっかりコピーは取ってありますよ。
教授は、映像の中の浦島太郎氏の格好。左手に何か箱を持ち、薄縹の帷子を着た腰蓑姿に注目しました。
まず箱がもし玉手箱であるならば、薄縹の帷子を着た腰蓑姿はあり得ないとの事。過去の文献や絵図を見ても、竜宮城から帰ってきた時の浦島太郎の格好は、立烏帽子に狩衣指貫袴姿らしい。薄縹の帷子姿は、助けた亀に連れられて竜宮城に行く時の姿だと言う事だ。
次に、二度目にSNSに現れた時の格好は、洋服に変わっていて。いつ、どうやって手に入れたのか。まあ、この服もちょっと調べたら横浜中華街の東口近くにある古着屋だと分かったんだけど、けれど誰が買ったのかまでは調べられなかった。何故かそこだけは、お店のおばちゃんも覚えていないとしか言わないのだ。
そして。私との生配信の時は、こちらが衣装として服を用意したのだけれど、まあビックリ仰天! 美容室に連れて行ってちょっと整えて貰っただけでアレですよ。おかげで久しぶりの万バズを頂きました。
教授は配信の時の格好には興味無かったようでスルーされましたが。配信の時に語った浦島太郎氏の考察が、教授の心に響いたらしく。教授も、長年万葉集、特に柿本人麻呂が大好きで研究されていたのだけれど、あれだけリアルに当時の感性、生活を感じさせる解釈は、教授の研究課題ともマッチして気を失いそうになったらしい。
とにかく、彼と話が出来るのであれば配信でも何でも出るから、アポイントを取ってくれとお願いされて。今日の日を迎えたわけです。
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「はーい!柿本one麻呂の
ワン麻呂チャンネルだワン! 今日のゲストは二人います! まず一人目は、俺の飲み友達! いや、リスナーさん! まって! 引かないで。引くなら彼の自己紹介を聞いてから引いてっ! さっどうぞ!」
「……なんだよその振り。あっ、皆さん今晩は、今日はよろしくお願いします。いきなりゲストに出て申し訳ない。私、国学院大学文学部で日本文学教授の中野慎と申します」
『ヤバ』『引けねーよ』『マジもん過ぎてひけねー』『ホンモノ?』『なぜ先生もVtuberキャラなん?』『キャラが適当すぎる』
「皆んなもそう思うよね。俺もこの人ゲストに来て良いの? って思っちゃうもん。それから、先生はメディアに顔出しNGと言う事で、急遽作ったVtuberキャラで登場頂きました」
『ワン麿呂、キャラ忘れてる……』
「あっ、ワン」
『ひでぇ』『雑www.』
「もう一人のゲストは、先日の生配信で大いに盛り上げてくれた人物。浦島太郎さんですー、拍手。パチパチパチパチ」
『88888……』『8888』『8888……』『キャー浦島氏キタ!』『いも子きた』『いも子』『いも子』
「……」
『?』『??』『どした?』
「これはもう話して良いのか? コホン。こんばんは、浦島太郎じゃ」
『wwwwww』『イケボ』『口調と見た目のギャップよ』『キャー!!』
「俺より人気だワン……改めまして!! こんばんワン! 今日の対談配信では、教授が浦島太郎氏に聞きたい事があると言うのでセッティングしました。さて、皆さんも興味ある話題だと思いますのでサクッと進めて参りましょう。では教授、最初の質問をどうぞ」
「あ、あー。浦島太郎さん、初めまして。中野慎と申します、今日はよろしくお願いします」
「浦島太郎と申す。和歌について語り合えると聞いての、今日は楽しみにしておるよ」
「和歌については後ほど語りたいと思いますが、まず浦島太郎さんはお幾つなのでしょうか? 何年生まれかご存知ですか?」
「儂は……推古天皇十一年生まれですじゃ。年は二十三才までははっきりしておるが、その後は……」
『推古天皇?』『ググれ』『十一年は西暦六百三年と出た』『千四百年以上前?』
「ありがとうございます。何故二十三才以降がハッキリしないのか? それは。竜宮城に行かれていたから、ではないのですか?」
『ブッ!』『教授?』『いや名前はそうだけど』
「……そうじゃ。儂は、二十三才の時に助けた亀に連れられて、竜宮城に十四年間行っておったのじゃ」
『マジで?』『その路線で行くのか?』『いやでも最初のSNSは』
「リスナーの皆さんは、【昔話の浦島太郎】はご存知だと思いますが。あの物語を、浦島太郎さんご本人はご存知ですか?」
「なんじゃ? 儂の名前の物語があるのか?」
「成程……では、リスナーの皆様にはお馴染みでしょうが。ここに居るご本人の為に、【昔話の浦島太郎】を少しお話ししましょうか」




