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浦島太郎のリスタート、のんびり浦島さんの現代暮らし。  作者: カジキカジキ


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敵を知る

「そんな事が……」


 法子先輩に聞いた鬼島部長の事情は、私の想像を遥かに超えたものでした。私はショックで顔を上げる事も出来ずに俯いたまま。


「すみません先輩、研究の本当の理由はいつかお話しさせて貰います。けれど、今は勘弁して下さい」


 そう言うと。


「仕方ないわね、貸し一つだからね」


 と言って、飲みかけのお茶を持って研究室を出て行ってしまった。


 暫くして佐藤君が戻ってきたけれど、佐藤君の顔は赤いままで誤解を解くのに苦労した。


 そして……鬼島部長は、その日研究室には戻って来なかった。


◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆


 私は、本部長会議で研究の終了を告げられると、そのまま会社を出てフラリと電車に乗り。気がつくと山下公園に来ていた。


 ウミネコの鳴き声、まだまだ寒い海風に晒されていると、最悪な考えが頭に浮かぶ。


(ダメよ! あの子の為にも私が居なければ! でも、もう会社では研究も出来ない、アレを手に入れる方法も分からないとなればどうすればいいの!?)


「何か……悩まれているのかな? もしよければ儂に話してみらんか?」


 俯いている私の足元に現れた影が、古めかしい言葉で声を掛けてきた。揶揄うつもりの若者かと思い、追い払おうと顔を上げると……。


「!!」


 厚手のコートの下には白いシャツと黒のスラックスと言う出立ちに、思わず見惚れてしまう美貌の男性が立っていた。


「あの……」


 私が中々声を発せずにいると、男性はスッと横に腰掛けて。


「すまんな、勝手に話しかけてしもうて。じゃが、その顔を見ておるとどうしても放ってはおけんかったのじゃ」


 私はそんなに酷い顔をしていたのだろうか? いや、きっとそうなのだろう。絶望の淵に立つ死を目前にした者の顔。


「儂も少し前に、ここで人生を捨てようと考えた事があるんじゃ。その時に親切な人に手を差し伸べて貰うて、儂は立ち直る事が出来た。良ければ、お主にも儂の手を差し伸べさせて貰えぬか?」


 そう言って男性が、私の背中にソッと触れる。


 その手から、あたたかい温もりが伝わってきた。生きている温もり、その温もりを感じていると急に悪い考えが頭から抜け、頭がスッキリとした。


「私の、話を聞いて頂けますか……」


◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆


 山下公園を歩いていると、海を眺めていた女性が目に入った。あの目はイカン! そう思うと、咄嗟にその女性に声を掛けてしまっていたのじゃ。


 ・

 ・

 ・

 

 私は、二十四歳の時にある男性に恋をしました。その男性は同じ大学のラボの先輩で、私たちはひと目見て惹かれ合い、そして研究仲間としても切磋琢磨して互いを高め合える相手でした。


 私たちはすぐに恋愛関係になりましたが。お互いの研究を大事にする為に、卒業までは学生としての身分を貫きました。そして、先輩は卒業し希望していた研究職の会社へも就職できて、次に私も大学を卒業して今の会社へ入社して二年で結婚し、三年目に子供のマリが産まれました。夫の研究も順調で、いよいよ発表出来る段階にまでなった時でした。


 その日、普段通り食事をしようとテーブルに付き、コップを手にした彼が、不意にコップを落としたのです。その時はたまたま滑ったのかと思いましたが、コップを落とす以外にも、手に持った物を落とすといった事が日に日に増えていったのです。


 病院に行こうと言っても、彼は「ちょっと疲れているだけだよ、研究の成果をもう少しで発表出来るんだ休んではいられない」と聞いてくれませんでした。


 そんな風に過ごした一年後、彼は立ち上がる事も出来なくなっていました。


 ALS、筋萎縮性側索硬化症きんいしゅくせいそくさくこうかしょう


 脳から筋肉を動かすための信号が送られなくなり、動かない筋肉が次第に弱って身体が動かせなくなり、終いには呼吸も出来なくなって死に至る病気です。


 治療薬は無く、対処療法で延命してもおよそ二から五年、長くて十年程と言う指定難病。


「ふむ」


「それで、旦那さんは?」


「車椅子でしか生活出来なくなった一年後に、亡くなりました……」


 儂らは、住んでいるビルへと移動していた。外では寒く長く外にいた彼女の体が冷え切っておったからじゃ。


 彼女を最初にここに連れてきて、ワン麻呂殿と足柄殿を紹介した時。彼女は突然二人に膝をついて謝った、所謂土下座じゃな。二人とも何故彼女がそんな事をするのか分からずに狼狽えておったが、彼女の言葉で腑に落ちた。


「すみません……お正月にワン麻呂さんの配信に突然割り込んで、失礼な書き込みをしたのは、私なんです!」


 二人とも驚き、先ほどまで親切に相手をしておったのが、急に一歩引いてしもうた。足柄殿は何処かへ電話を掛けておるが、織姫さんの所じゃろうな。


「さあさあ、女性がそんな所で座り込んではいかん、こちらに座りなさい。ワン麻呂殿も、すまんが彼女に温かい飲み物を淹れてくれんか」


 電話を掛け終わった足柄殿が、ワン麻呂殿を手で制してキッチンへと向かう。儂は、彼女をソファに座らせて、横に腰掛けた。


「茶でも飲んで、落ち着いたら理由を話してくれんか?」


 彼女は黙ったままコクリと頷いた。


「浦島さんは、彼女の話す事を信じるつもりですか?」


 そう話しながら彼女の向かいに座るワン麻呂殿。そして、驚いた顔をして儂を見る彼女。


「どうした? 儂の顔に何か付いておるか?」


 彼女はブンブンと首を振ると。


「いえ。娘から聞いていた、山下公園で浦島太郎を名乗っているおじさんて、貴方の事ですか?」


「そうだな、その人が少し前に騒がれていた浦島太郎さんだ」


 儂の代わりにワン麻呂殿が答えてくれる。


「娘さんとな?」


「実は……」


 何と、この人の娘は儂が古典を教えた女子(おなご)たちの一人でマリ殿の母親じゃった!


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