行動開始2
「解析のデータが出たら、どんな些細な数値でも構わないから報告して! いい! どんな小さくても、誤差かと思っても私に確認取る様に!」
午後五時半の定時を過ぎても開発室に部長の檄が飛ぶ。
トンッ!
私は、PCのパッドを叩いてメールを送信すると席を立った。
「鬼島部長、定時を過ぎましたので上がらせて頂きます」
「海山さん?! 貴方の解析結果は?」
PCから顔を上げ、強い目線で見上げてくる部長、周りの職員がザワつく。
「今、部長宛にメールを送信致しました。詳細のレポートも添付しています。子供の迎えの時間なので、とにかく失礼します!」
「そんなの旦那に!……貴方も一人だったわね……早く帰りなさい! (明日も頼むわよ)ボソ」
私は早足でロッカーへと向かい着替えを済ませると、駅までダッシュした。この電車を逃すと次は二十分後! 保育園の遅延料取られちゃう!
走りながら鬼島部長の事を考える。最初は凄く厳しい人だと思ったけれど、今日みたいに理由を話せば帰してくれるし。最後の「明日も頼むわよ」の一言も、私の事情も知ってくれている様だし。そこまで悪い人では無いのかなとも最近は思っている。
でも! あの人の事は絶対に教えない。これだけは絶対に守る。
◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆
カチッ。
PCに届いたメールを開く、添付のファイルには解析結果と詳細なレポートが記されていた。
カチカチッ!
海山みどり、元生薬部門の研究スタッフ。そして、数少ないあの植物の本当の効果を知る人物。
無理矢理この部署に連れて来て、始めは嫌われていると思っていたけれど。仕事の手は抜かないし、真面目にはやってくれている。
けれども、あの植物の入手先だけは知らないと言って話してくれない。同僚の若い子にも聞いたが「先輩に貰った」と言うだけだ。
娘のマリも「友達に貰った」と言うだけで、誰から貰ったのか教えてくれないし、もう残っていないと言う。
半ば無理矢理、娘と海山さんから貰ったあの植物も、検査にかなり使ってしまい残りは殆ど無い。このままオリジナルが無くなってしまえば……解析による成果が出せなければ……無理矢理立ち上げたこの部門も無くなり、私は責任を取らされて降格になるだろう。
そんな事より! あのお茶を飲んだ翌日のあの肌のキメ! 艶! 若さ! あれを忘れる事が出来ない私は、無茶だと分かっている要求をし会社を動かした。
とにかく結果! そして、あの植物の奇跡のような若返りの効果の秘密を探り現実の物にするの! あの奇跡がどうしても必要なのよ!
◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆◇◇◇ ◆◆◆
「きゃー、ごめんはるくん。お迎えおそくなっちゃったね」
保育園に遅延ギリギリで間に合って息子を抱きしめる。今日もママは頑張りました!
息子を自転車に乗せて、カゴに荷物を載せると。
「「しゅっぱーつ」」
さあ、お家に帰ってご飯だ。
自転車を漕ぎながら思う。正直、こんな時間まで息子を保育園に預けて悪いなと思っている。これから帰ってご飯を作り、食べさせて、後片付けとお風呂、歯磨き、寝かしつけ。やっと寝たと思ったら十時は軽く過ぎている。もっと近い仕事場の会社に変えたいと思った事も何度もあるが、女一人と子供を抱えてやってく給料が貰える仕事は殆ど無い。研究職で今の会社に入れたのが奇跡なのだ。
ふと気がつくと、マンションの前に見慣れない車が止まっているのが見えた。確か日本の誇るT社の高級車だ、会社の社長さんが運転手付きで乗るような車。前の夫が車好きで、カタログを見せながら色々話していたので覚えている。
横を通り過ぎる時に「へー」と車内をチラッと見たら、もの凄い美人さんが後ろの席に座っていた。目が合ったのは気のせいかな?
自転車を、自転車置き場に止めてマンションの入り口へ戻ると、さっきの車に乗っていた女性が立っていた。私が、はるくんの手を引いて恐る恐る横を通り過ぎようとした時。
「海山みどりさん……ですよね?」
そう私の名前を呼んで、呼び止めたの! さっき目が合ったのは勘違いでは無かった?!
「あ、はい。海山ですけれど、何か?」
本当は返事をするか悩んだけれど、黙っているのも悪いし、きっとはるくんが何か言ってしまうならと思って返事をした。
「すみません、お忙しい時に。どうしても海山さんとお話ししたい時間が欲しくて、勝手に家の前で待たせて貰いました」
そう言って名刺を出してくる女性。
「どうも……!?」
えっ『NeuraNest』のCEO!? 畑違いの私だって知っている、超大手ITベンチャーの会社じゃない! そんな会社のCEOが、何で私に? 何で私の名前や住所を知ってるの?!
「すみません、今日はご挨拶だけ。名刺を渡したくて伺いましたのでこれで失礼致します。あと、晩御飯まだでしたらこちらお召し上がりください。保温されているので、まだ温かいかと思います」
スッと、黒服の運転手の人が、手に持った保温バッグを渡してくるので受け取る。
「宜しければ名刺のアドレスにメールかお電話を頂けると嬉しいです。では、失礼致します」
そう言うと、彼女は颯爽と帰って行った。
部屋に入り、受け取った保温バッグの中身をそーっと覗くと。
キャー! 横浜ベイホテル東急「クイーン・アリス」のお重が入っている! えっ?! 幾ら? 幾らのお弁当?!
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はるくんを寝かしつけ後片付けを終えると、テーブルに置いた手紙に目をやる。
保温バッグに入っていた手紙、私はお茶を飲んで気持ちを落ち着けると、手紙を手にとり中を開いた。




