情報収集
やっぱり、あの時調べさせておいて良かったわ。あの女が絶対に何か知っている。あの女にコンタクトを取って、何をしようとしているのか突き止めなければ。
それと、気になる点がもう一つ……。
「あの……このドクダミ茶を飲んでみる事は可能ですか?」
そう言うと、浦島さんの顔がパッと明るくなった。
「そうじゃった! おき……織姫さんにも是非飲んで貰いたいと思っとったんじゃ」
さっと席を立ち、キッチンへと向かう浦島さん。私たちも席を立って浦島さんの作業を見学する。
手で軽く揉んだドクダミをすり鉢に入れてすり潰し、ある程度細かくなった所で急須に入れる。お湯を沸かして急須に注ぎ、残ったお湯は湯呑みに注いで茶器を温めたら一度お湯を捨て。
暫く待っていると、微かに花のような香りが漂ってきた。
「この香りは?」
「これが、ドクダミ茶の香りじゃ」
「あれ? この香り、じゃあ僕たちが最近飲んでいたお茶も?」
「そうじゃ、足柄氏が持ってきてくれたお茶も美味しかったが。時にはこのお茶を入れたりもしておったぞ」
そう言いながら、温めた茶器に急須のドクダミ茶を注ぐ浦島さん。その手つきも優雅で、動作を見ているだけでも癒される。
「さあどうぞ」
テーブルに戻り、浦島さんが淹れてくれたお茶を頂く。
「ほう」
優しい味の、僅かに花の香りを感じるお茶。ドクダミって独特の臭いがあるので、お茶も臭いがあるのかと思っていたけれど。こんなに飲みやすい、美味しいお茶だったんだ。
「あー、やっぱり浦島さんの淹れてくれたお茶は美味しいなあ……ッ、金ちゃんのお茶もいつも美味しいよ」
「確かに……」
そう言う足柄さんの指が、ワン麻呂さんの脇腹を抓っているのが見えた。
「このお茶を、三人の女性に渡したわけですね」
お茶を頂き終わり、ホッとした時間を過ごした後。
「では、私は明日からこの三人の女性にアポイントを取って、書き込みの関係者を探してみます。メールの返事は私の許可があるまで送らないように、それとBCCに必ず私のアドレスも入れてください。これが私のメールアドレスです」
そう言って名刺の裏にプライベートのメールアドレスを記入して渡し、今日の所は解散となった。
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待たせてあったハイヤーで常宿までの帰り道。流れる街灯をボンヤリ見ていると横浜ランドマークタワーが見えてきた。時計を見ると、午前二時を過ぎている。
「明日は……もう、今日か。やだなあ、お肌が荒れちゃう」
ホテルの部屋に入り、シャワーを浴びてベッドに倒れ込むようにして眠る。
「寝る前に、ケア……しなきゃ……」
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「えっ、うそ!」
翌朝、と言っても午前九時を過ぎていたけれど。目を覚まして顔を洗っていた私は、思わず声を上げてしまった。
昨夜、寝る前にケアしないで落ちてしまったので、どんなに酷い事になっているかと思っていたのが、まるで美容マッサージのフルコースを受けた翌日のような肌なのだ。
「何で?」
鏡に写る自分の顔をジッと見る。肌のツヤが良い。ハリがある。透明感があり、シワも減っている気がする。
色々考えてみても、思い当たるのはただ一つ。私は直ぐにスマホと取ると、調査を依頼している会社へ電話を掛けた。
「もしもし? 例の女の行動をこれから逐一詳細に連絡してちょうだい! どんな細かい事でも構いません。どんなに遅い時間だろうと、おかしな変化があったら直接連絡してきても良いから、お願いね」
それから、服を着替えると。スマホである文化施設の営業時間を調べる。神奈川近代文学館、火曜から金曜の九時半から、よし!
ハイヤーが到着する迄に、頼んであったモーニングの朝食を食べ準備を整える。
もし全て使い切っていたならば問題なし、少しでも残っていたのなら、言い値の倍払ってでも全て回収する。その為に、ある程度の現金もバッグに詰めると。
「個人なら小切手より現金よね」
ハイヤーに乗って神奈川近代文学館を目指した。
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港の見える丘公園の端にある、神奈川近代文学館。
「へー、ここにこんな建物があったのね」
浦島さんから聞いた閲覧室へと入り、カウンターで中川あかねさんを訪ねる。幸にして出勤されていたので、少し時間を貰い話しをさせて頂いた。
最初は渋っていた中川さんだったけど、浦島太郎さんの事だと言うと「少しだけ」と言うので、まだ誰もいない閲覧室の端に移動し。
「突然訪ねて申し訳ありません。私は『NeuraNest』のCEOで源織姫と言います。中川あかねさんが、最近こちらで浦島太郎さんと知り合い、ある物を手にされたと聞いてお伺いさせて頂きました」
私の肩書きには反応しなかった中川さんだったけれど、ある物と言うとピクリと体が動いた。まあ、私は中川さんの顔を見た瞬間に理解していたけれど。この肌は、絶対にあのお茶を飲んでいる。
「浦島太郎さんから貰ったお茶……まだ残っていますか?」
今度は大きく体が反応する。
「え、な、何のことですか?」
小刻みに体を震わせながら答える中川さんだけれど。
「心配しないで、私もあのお茶を飲んだからわかっているの。でも、あのお茶が広がると良くない事に繋がりそうな気がするの。全部飲んでしまっているならば問題ないわ、けれど少しでも残っているなら。今日、全部使ってしまうか。私に譲って貰えないかしら?」
「わ、私の持っていた分は。昨日全て使い切ってしまいました。後は、事務所のもう一人が持っているかどうか……」
もう一人にも渡していたか……。
「その方も呼んで頂けないかしら?」
中川さんはカウンターの奥へゆき、もう一人いた女性に声を掛けて戻ってきた。こっちは……セーフ?
もう一人の女性は、量も少なかった事もあり随分前に使い切っていたとの事。そのせいか私が尋ねた事でお茶熱が再燃し、私にも持っていないのかと追求されてしまった。
女性の追求を逃れ、中川さんにはくれぐれも隠し持っていたら使ってしまうようにと忠告し文学館を後にする。
「フーッ」
まだ一月中旬だと言うのに汗をかいてしまった。私はハイヤーへと戻り、次のターゲットの事を考える。
フリス女学院高校の生徒さんで名前だけしか分からない。『あおい』数人のお友達とおじさんに古典を教えて貰っていたと言うから、そのお友達にも当然回っている筈。
では、どうやって連絡を付けるか。学校は、今どき個人情報保護で簡単に教えても貰えないし。保護者を騙っても絶対に取り次いで貰えないだろう。
そんな事を考えていると、目の前に見知った制服を着た女子学生達が歩いてくるのが見えた。
これぞ神の采配か!
バタンッ!
私はハイヤーを降りると、何か困ったフリをして女子学生達に近寄って行った。
「あの……フリス女学園高校の生徒さん?」
先頭を歩いていた子に声を掛ける。ここはあくまで自然に、不審者だと思われないように。
「あ、はい。そうですが……」
同性とはいえ、いきなり声を掛けて警戒されている。
「あ、ごめんなさい。突然声を掛けて、実は人を探していて、もし知っていたら教えて欲しいのだけれど」
そう切り出して、あくまでこの子達でなく誰かを探している程にする。
「綺麗な人」「ねー」
ふふふっ、ありがとう。後ろにいる子達から素直な声が聞こえてくる。
「この辺りで、万葉集を詠んだり、物語を語っている人がいると聞いたのだけど。誰か知ってる人は居ないかしら? そちらの制服を着た生徒さんと一緒の所を見た、と言う話も聞いたのですが」
「えー、万葉集?」
「聞いたことある?」
「マリちゃん知ってる?」
「……」
後ろにいた二人の子が、もう一人の女の子に聞いたが反応がおかしい……もしかしてこの子。
「あの……もし本人でなくても、知っていそうな人を教えて貰えるだけでも助かるの。今は思い出せなくても、もし何か思い出したら此処に連絡して貰えないかしら」
そう言って、彼女らに名刺を渡す。
「えっ、『NeuraNest』! CEOって書いてある。お姉さん、あ、源さんは社長さんなんですか?」
「ふふっ、知ってくれているのね。社長と言うより取締役が近いかな。それより、本当に困っているの。もし知っている子がいたら遠慮なく電話して貰って構わないから、お願いね」




