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「聖女みが足りぬ」と言われましても困ります

作者: 井伊佳奈

異世界召喚ものですが断罪も婚約破棄も幽閉もないです。短め。

 私に浴びせられた一言めがそれでした。

 いかにも教会関係者という服装をした壮年の男性は続けます。


「せっかく召喚の儀が成功したというのに……これはどうしたものか!」


 ずいぶんと嘆かれてる。私何も悪くないのに。自分の部屋で転がってパズルゲームをしていただけなのに。


「あの、私はどうすれば良いでしょうか。おじ様」

「おじ様ではないっ!」


 この方はムスカデ様というらしいです。自分は大司教だと言われても宗教関係に疎い私にはピンときません……けど偉そうな人だということは理解しました。えらオジ。


「……まずこれを着なさい」


 そんな彼が部下に命じて持ってこさせた白い服。金の刺繍があってゴージャスなフード付きのローブみたいなものです。高そう。これって絹織物じゃないの? 着たことなんて一度もないけど。


「ここで着替えていいですか?」

「ま、待ちなさい! 乙女が肌を晒してはならぬ」


 乙女。ちょっと照れくさいですね。そんなの言われたことないし。

 それになんか顔を赤くしてるえらオジもちょっと可愛いから許します。


「今の服を着たまま上から被ればよろしい」


 ぶっきらぼうだけどもしかして優しい?

 とりあえず言われたとおりに被ってみると、やっぱりこれはとても着心地の良い素材でした。コスプレ衣装みたいで悪くない気分。


「こうですか」

「うむ。聖女みが増した気がする」


 マジか。じゃあ一発本気出しちゃいますか。

 どうなるかわかんないけど。


「聖女の作法を教えて下さい。何も知らないので」


 少し弾んだ声でグイグイ迫ってみるとムスカデ様は困惑した表情でひとつ咳をしてから私の手を取った。案外大胆なのね。別にドキドキしないけど。


「では両手を胸の前で組みなさい」


 指を重ねるようにして、なるほどお祈りポーズです。

 すると私の手の周りに金色の何かがまとわりついてきました。


「なんか光ってますけど」

「おおっ! では次に目を静かに瞑ってみなさい」


 へんなことされたりしないよね? まあいいかその時は蹴っ飛ばすから。


「次は?」

「目の前で病に伏している人がいることを想像して。そなたの大切な人だと思って快癒を念じてみなさい」


 急に言われても……と思いつつ私は元カレの腕がもげたところをイメージする。通りすがりのトラックに跳ねられてかわいそう。でも知人だから治しちゃう。


「ふんっ!」

「掛け声はいらぬ」


 あっ、そうですか。

 とにかく頭の中で苦しそうに悶えてる元彼を救済する。


 よし治った。良かったね!



「おおぉぉ……なんと神々しい力!」


 その声に反応して目を開けてみるとムスカデ様が泣いていた。

 そして初めて褒められた。ちょっと嬉しいかも。


「で、どうなりましたか」

「私の腰痛がきれいに消えた! さすが聖女様」


 なんでえらオジの腰痛が快癒してるのかわからない……


 まあいいか。ムスカデ様が喜んでいるので成功ということでしょう。

 ずいぶんと気分が良さそうなのでおねだりしてみます。


「では料金を。金貨をください」

「は?」


 一瞬呆けた表情を見せた彼だったが、ブツブツ言いながら懐から一枚の硬貨を……って、メッチャ大きくないそれ?

 でも『聖女なのに金銭を要求するとはけしからん!』とか言われなくてよかった。

 サービスには対価が必要だということを理解させとかないとあとがやばいからね。


「では……これで良いか」

「きれいですね」

「大金貨だからな」


 それの価値がわかりません。


「平民の家族が200日くらい何も働かなくても生きていける程度だ」

「それすごくないですか?」


 たぶん私も前世は平民だし。バイト代よりも受かることがわかった。聖女スゲー!



 そんなわけで神殿内での私の身分は保証された。

 ムスカデ様についてまわり、怪我や病気を直していく日々。


 人を治すと自分の体が消耗していくのかと思ったけどそうでもないらしい。

 ちょっと疲れても次の日には完全回復してるし、苦しい時は自分を癒やせばいいと気付いた。


 試しに「疲れを感じなくなる祈り」を自分にかけ続けてみたけどムスカデ様に止められた。禁呪らしい。便利なのになぁ……


 そんな日々の業務に追われる中でふと気づいた。


(もしかして、強く念じれば元の世界に戻れるんじゃない?)


 現状、ウハウハである。

 最初にもらった大金貨自体がずっしり重い純金製。

 それは記念にとってあるけど、それ以外にも小金貨が詰まった袋を毎月渡される。


 一ヶ月でこれ、小さめポーチにパンパンに詰まってて2キロくらい。

 日本に持ち帰ったらどうなるんだろ……たしか1グラムあたり7000円くらいのはずだからうまくやりくりすれば一生暮らせそうな気がする。


「よしやってみよう!」


 ある夜中、自分に与えられた部屋で強く念じてみると体が少しずつ軽くなっていくのを感じた。


 もういいかなと思って薄く目を開けてみると懐かしい自分の部屋に立っていた。

 四畳半の私だけの世界。PCもスマホもちゃんとある。


 でも何をしていいかわからないのでとりあえず袋の中から金貨を数枚、自分に机に置いてみる。

 その代わりと言っては何だけど引き出しに溜め込んでいたお菓子をいくつか手に取ってからまたあっちの世界の部屋を念じてみた。


 あちらの世界へ戻ると何事もなかったように神殿内の時間は流れていた。


 私の手にはチョコレートとポテチの袋が握られていた。


 そして次の日。


「むっ、聖女様それは?」

「お土産です。皆さんでどうぞ」


 顔見知りの修道女にそれを手渡すと、一時間もしないうちにムスカデ様が飛んできた。


「失礼。聖女様、これはいったいなんですかな!?」

「私が生まれた世界のお菓子です。おいしいですよ」


 ムスカデ様は手に持った赤い箱、板チョコをジロジロ見つめながらしばらく考え込んでいた。


「いや……ん? ま、まさか単独で転移の術を!」

「できちゃいました」


 てへ、と舌を出して片目をつぶってみたけどムスカデ様の表情はますます険しくなっていき、ついにはその場でがっくりと膝をついてしまった。


「聖女様、ここに残ってくれませぬか。もう貴女はこの国になくてはならぬ存在なのです」


 あー、そういうこと……わかる。だって私、お手軽回復マシーンだからね。

 便利なものは手放したくないでしょうし。


 今にも泣き出さんばかりに体を震わせてる彼の肩をポンと叩く。


「いいですよ」


 その瞬間、ムスカデ様の表情がペカァーっと光り輝く。

 いい顔するね、えらオジ。


 ちょっと迷ったけど断る理由はそれほどない。

 だっていつでも逃げ出せるし。


「では王子様との結婚を」

「あ、それは嫌です」


 あの人イケメンだけどいつもいやらしい目で見てくるし。

 じつはけっこうウンザリしてる。

 この世界に来てからイケメン耐性ができたのはいいことなのかな。


「しかしそれでは……」

「大丈夫ですよ。今のところこの生活は気に入ってますから」


 最初の印象は良くなかったけどムスカデ様は私を大事にしてくれる。

 神殿のお部屋が殺風景だけど落ち着くし、女の子の友だちもできた。

 ほぼボッチだった日本の生活と比べようもない。


 しばらく唸っていたムスカデ様が急に何かをひらめいたように膝を打った。


「……じゃあ、わしと結婚する?」


「なんでそうなるの!?」


 婚姻が相手を縛るという概念だけは異世界も現世も共通しているようです。




(了)



お読みいただきありがとうございます。書籍化、コミカライズの予定はありません。

※このお話は「小説家になろう」「ピクシブ」双方に投稿しております

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