表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

不思議な電話


「おばあちゃん、この箱はどこに片付ければいいの?」


結城ユイは祖母の遺品整理に追われていた。一人暮らしの小さなアパートに、祖母の思い出の品々が詰まった段ボール箱が何箱も積まれている。大学受験を控えた高校2年生の彼女にとって、残された唯一の肉親だった祖母の死は、あまりにも突然だった。


外は雨。窓を叩く雨音を聞きながら、ユイは箱から古いアルバムを取り出した。幼い頃の写真。両親と三人で写っている最後の一枚は、あの事故の一週間前に撮影されたものだった。


「もう十年か...」


ユイは溜息をつき、アルバムを閉じた。十歳の誕生日を迎える直前、両親は交通事故で命を落とした。それからはずっと祖母と二人で暮らしてきた。そして今、祖母もいない。


「もう無理…休憩しよう」


段ボールを押しのけて床に座り込んだユイの目に、棚の隙間から覗く真っ赤な箱が飛び込んできた。


「この箱、見たことないな…」


手に取ると、予想以上に軽い。蓋を開けると中には古風な赤い受話器と一枚の手紙が入っていた。


「あなたの運命の相手と繋がっています」


一行だけの不思議なメッセージ。ユイは笑った。


「なに、これ?おばあちゃんのいたずら?」


しかし受話器を手に取った瞬間、冷たいはずの赤いプラスチックが温かく感じた。そして突然、受話器が鳴り始めた。


「え!?」


驚きのあまり受話器を取り落としそうになりながらも、ユイは恐る恐る受話器を耳に当てた。


「もしもし?」


「もしもし、聞こえますか?」


若い男性の声。落ち着いた声音だが、どこか焦りを感じさせる。


「聞こえます。あの、どなたですか?」


「僕は星野…」


突然、激しい電子音が耳を突き、相手の声が一部聞こえなくなった。


「すみません、お名前が…」


「星野テルです。あなたは?」


「結城…」


再び電子音。どうやら名字を言おうとすると通信が妨害されるようだ。


「ユイです。結城ユイ」


「ユイさん…やっと繋がった」


テルの声には深い安堵感が混じっていた。


「あの、これはどういう…」


「僕にもよくわかりません。ただ、赤い受話器を手に入れて、使い方の説明書に『運命の相手と繋がる』と書いてあったので…」


ユイは箱を確認したが、使い方の説明など見当たらない。いたずら電話かと思ったが、相手の声には切実さがあった。


「ねえ、今日は何日ですか?」テルが突然尋ねた。


「え?2025年3月14日ですけど」


電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。


「どうしたんですか?」


「ユイさん、信じられないかもしれないけど…僕がいるのは2030年、3月14日なんです」


ユイは思わず受話器を遠ざけた。何かの冗談?でも、相手の声には真実味がある。


「証明してください」ユイは冷静を装って言った。「2030年のことを教えて」


「今、国際宇宙ステーションの後継機が完成して話題になってる。新型のAIアシスタントは思考能力が人間レベルになって倫理問題が…」


テルは次々と未来の出来事を語った。信じがたい話だが、彼の話す内容はあまりにも具体的で、即興で作り出せるものとは思えなかった。


「もしそれが本当なら…私たちは5年の時差があるってこと?」


「そうみたいですね。不思議なことに、僕が過去のことを話すのは問題ないようです。でも…」


テルが自分の住所を言おうとした瞬間、再び通信が途切れた。


「おかしいな…あ、わかった。未来のことや個人情報は話せないみたいです」


二人は実験的に様々な話題を試してみた。その結果、いくつかのルールが見えてきた。


1. 過去の出来事は自由に話せる

2. 現在の感情も共有できる

3. 未来のことや、個人を特定する情報を話そうとすると通信が途切れる

4. 写真や映像の送信はできない


「まるでSFの世界ね…」


「僕は天文物理学を研究しているけど、こんな現象は説明できないよ」


「天文物理…私、星空の写真を撮るのが好きなんです」


ユイは窓際に置いてある一眼レフカメラを見た。祖母からの高校入学祝いだった。


「そうなんだ!それは何かの縁かもしれないね」


テルの声は明るく弾んでいた。


「でも、なぜ私たちが繋がったんだろう?」


「わからない。でも、この不思議な電話のおかげで君と話せることに感謝してる」


窓の外では雨が上がり、月明かりが部屋を照らし始めていた。


「テルさん、窓から見える月がとても綺麗です」


「こっちも同じだよ。同じ月を、5年の時を超えて二人で見ているなんて…不思議だね」


その夜、二人は星について、音楽について、そして人生について語り合った。見知らぬ相手なのに、まるで古くからの友人のように会話が弾んだ。


「もう遅いね。明日も仕事だから、そろそろ失礼するよ」


テルが言ったとき、時計は午前2時を指していた。


「また、電話してくれますか?」


ユイは思わず尋ねていた。


「もちろん。明日の同じ時間に」


電話を切った後も、ユイの心は高鳴り続けていた。不思議な出会いだったが、どこか運命的なものを感じずにはいられなかった。


窓から見える星空に向かって、ユイは小さくつぶやいた。


「おばあちゃん、これも何かの縁なのかな」


##########


それからというもの、テルとの電話は毎晩の習慣となった。最初は信じられなかった「5年の時差」も、テルの話す未来の出来事の具体性から、次第に現実として受け入れるようになっていた。


「ユイ、今日は学校どうだった?」


気づけば、互いを名前で呼び合うようになっていた。


「うん、普通。でも放課後、天文部の顧問の先生に呼び出されたんだ」


「天文部?」テルの声が明るくなった。「君、天文部に入ってるの?」


「ううん、カメラ部。でも星景写真を撮ってるから、先生が注目してくれたみたい」


ユイはその日の出来事を説明した。天文部の顧問である村山先生が、特別なプロジェクトへの参加を持ちかけてきたのだ。


「結城さん、実は特別なプロジェクトを始めるんだ。5年後に『百年流星』という特別な流星群が観測されるんだよ。今から準備を始めて、データを収集したいんだ」


「5年後…ですか?」


「具体的には2030年3月15日。君に流星研究会の立ち上げを手伝ってほしいんだ」


その話をテルに伝えると、電話の向こうで衝撃を受けた様子の息遣いが聞こえた。


「百年流星…」


「知ってるの?」


「ああ、それは僕が研究している天体現象だよ。実は明日、その観測のために星見山という場所に行く予定なんだ」


「星見山?」


「君の住む町から車で2時間くらいの…」


テルの言葉が途切れた。未来の具体的な情報を言おうとして、通信が妨害されたのだ。


ユイは地図アプリで検索した。確かに自分の町から車で約2時間の距離に「星見山」という山があった。


「これって…偶然じゃないよね」


「ああ、偶然とは思えない」テルの声は真剣さを増していた。「僕たちは何かの理由で繋がった。この5年の時差も、百年流星も、すべてが関係しているはずだ」


その夜、二人は今まで以上に長く話した。テルは自分の研究について、ユイは写真への情熱について語った。時差を超えた会話は、二人の心を急速に近づけていった。


「ねえテル、あなたは今、誰かと付き合ってるの?」


思い切って尋ねると、電話の向こうで小さなため息が聞こえた。


「いないよ。大切な人を失ってから、誰とも真剣に向き合えなくなった」


「失ってから…?」


「ごめん、それ以上は言えない。ただ…君と話していると、何かを取り戻せる気がするんだ」


ユイは胸が締め付けられる感覚を覚えた。テルの言葉に隠された意味。「大切な人」とは誰なのか。そして、なぜ彼はそれを話せないのか。


「私も、大切な人たちを失ったことがある」


ユイは静かに言った。両親のこと、そして最近亡くなった祖母のことを話した。


「君は強いね」テルの声は優しかった。「そんな経験をしても、前向きでいられるなんて」


「強くなんかないよ。ただ…生きていくしかないって思ってる」


窓の外は満天の星空だった。遠い星々の光は、何億年もの時を超えて地球に届いている。そう思うと、たった5年の時差など取るに足らないもののように思えた。


「テル、明日も電話してくれる?」


「もちろん。僕から電話するよ」


受話器を置いた後も、ユイの耳にはテルの声が残っていた。まだ見ぬ彼の姿を想像しながら、ユイは静かに目を閉じた。


##########


「ユイ、今日は夜空がとてもきれいだよ」


「こっちもだよ。今、窓から見える月が本当に美しい」


「君も同じ月を見ているんだね。5年の時を超えて」


電話を始めてから2週間が過ぎていた。学校から帰ると、ユイはまず赤い受話器が置いてある棚を見るようになっていた。テルからの電話を待つのが、日課になっていたのだ。


この日は特別だった。村山先生の発案で始まった流星研究会の初会合の日。放課後、天文部の部室に集まった生徒たちに、村山先生は百年流星の資料を配布した。


「百年流星は、その名の通り約100年に一度しか観測できない特別な天体現象です。次回の観測予定日は2030年3月15日。私たちはこれから5年かけて、観測の準備とデータ収集を行います」


ユイは資料に目を通しながら、不思議な縁を感じていた。テルとの出会い、そして百年流星。すべてが5年後の2030年3月に繋がっている。


会合の後、研究会のメンバーの一人、佐藤という男子が古い本を持ってきた。


「星見山の伝説を知ってる?」


彼は埃まみれの古本を開いた。


「百年前、その山で恋人同士が別れを告げたとき、流星が二人を包み込み、時空を超えて結ばれたという伝説があるんだ」


ユイは震える手でページをめくった。そこには赤い糸で結ばれた男女の絵が描かれていた。その女性の手には、見覚えのある赤い受話器があった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ