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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

友人達との茶会を楽しんでいたら、婚約者に求婚されました。結婚する気はないので帰って頂けないでしょうか?

作者: ぺんぎん

誤字報告ありがとうございます。修正しました。

「ベオレッタ! 俺と結婚してくれ!」

「まあ」


 親しい友人達との茶会の最中、突然現れた婚約者のハリーが薔薇の花束を携えて求婚してきた。求婚された令嬢ーーベオレッタはおっとりとした様子で、頬に手を添えた。


「ハリー様、わたくしは友人達との茶会を楽しんでいる最中だったのですが」

「すまない。だが、今日どうしても君に伝えたくなったんだ」

「まあ」

「ベオレッタ、俺の妻になってくれ」


 紅茶を一口飲んだ後、ベオレッタはため息を吐いて、一言。


「お断り致しますわ」

「······なんでだよ!?」


 まさか断られるとは思っていなかったのか、ハリーは信じられないとばかりに声を上げた。


「俺達、婚約者だろう!?」


 友人達はベオレッタとハリーの会話を見守っている。こんな場に口を挟むのは野暮と言うもの。とはいえ、友人達との茶会を台無しにしたことを、ベオレッタは申し訳なく思っていた。だから、手早く話を終わらせようと試みた。


「ええ、()()()()()()()()()()()()()()()()()

「は? 昨日?」

「ええ、両家の合意の上で、わたくしとハリー様の婚約は解消されましたの」

「······はあ!?」


 寝耳に水だったのか、ハリーは目玉を落ちそうなぐらい驚いていた。


「お父様の説得に骨が折れるかと思いましたが、思いの外すんなりと上手く話を纏めることができましたわ」


 万が一反対された場合、説得に協力すると言ってくれたお兄様とお姉様、お母様もいてくれたものの、お父様は婚約解消の手続きを取ってくれた。有難いと言う他ない。


「ですので、ハリー様。ご存じかとは思いますが、婚約者でもない令嬢に求婚するのはマナー違反ですわよ」


 かつて、大衆の面前で婚約破棄された令嬢を辱めから救うと言う名目で、諸外国の有力者達が求婚と称して誘拐する事件が多発した。誘拐された令嬢はそのまま家の承諾を待たずに結婚。美談にしなければ外聞が悪すぎる為、周囲が奔走する羽目になった。『美談には悪役を』といった具合に、婚約破棄を突きつけた相手は廃嫡の目に遭い、廃嫡する者を出さざるを得なくなった家は周囲から孤立、没落の一途を辿ると言う悲惨な結果に。没落は決して少なくなく、『美談の数だけ没落の家有り』と言われる程だった。


 これは大きな社会問題に発展し、最終的に『公的な場での婚約破棄ならびに婚約解消の禁止』、また『婚約者同士でない、令息令嬢の求婚は家を通じてでしか認められない』といった決まり事が諸外国の権力者達によって成された。もっとも、これはあくまでも『決まり事(マナー)』であり、法律上では罰則は存在しない。下手に法律で縛れば、美談にした有力者達が犯罪者になってしまうからだった。


 一方で、違反した者は世間知らず(恥知らず)と後ろ指を指され、肩身の狭い思いをして生きていくことになる。当然、社交界で生きていくのは実質不可能だ。だからこそ、そんな者は滅多に見かけないのだが。


「今でしたら、目を瞑りますわ。わたくしの友人は皆、口が堅いですから」


 早くこの場から去ってほしいと、遠回しに伝えてみたものの、ハリーはその場から動こうとしない。


「······何故だ」

「はい?」

「どうして婚約解消なんかしたんだよ!?」

「まあ」


 ハリーの言葉に、ベオレッタは相槌を打つ。


「どうしてだなんて、貴方様が仰るとは思いませんでした」


 穏やかな声に、ほんの少しの刺を含ませて。


「どういう、」

「『お前みたいな女を婚約者だなんて認めないからな!』」

「!」

「初対面で仰ったこと、よもやお忘れではありませんわよね?」


 ベオレッタとハリーの婚約は幼少期から結ばれたものであり、顔合わせも内々で行われた。ベオレッタは夫となる少年と顔合わせする際、酷くがっかりしたことを覚えている。初対面の婚約者は何がそんなに気に入らないのか、不機嫌であることも隠そうともしない。とどめに、二人きりになった途端、言われた言葉。


 こんな男の子と()()()しないといけないなんてと、ベオレッタは子供ながらにため息をついた程だった。


 両家で結ばれた婚約。歩み寄れないかと交流を深めたものの、ハリーを婚約者だとはどうしても思えなかった。せいぜい『不出来な弟』である。それでも、『弟』と思うくらいには情があったのは確か。


 変わったのは、十代半ばになり、社交界入りした頃からだった。婚約者(ベオレッタ)がいながら、ハリーは令嬢達にモテ始めたのだ。ベオレッタからしてみれば、ハリーは『弟』止まりであるが、他の令嬢達からすれば『貴公子』に見える容姿だったらしい。


 ハリーは令嬢達に囲まれる一方で、ベオレッタは壁の花になることが増えていった。本当の弟であれば何も気にする必要もないのだが、残念ながらハリーはベオレッタの『弟』ではなく、『婚約者』である。それとなく窘めたものの、ハリーの答えは『うるさいな』の一言。もうこれは駄目だと匙を投げた。


 誕生日には贈り物が届けられるものの、趣味が合わないものが多くて身につける気にもならず。身につけなくても、気づきもしないハリーに対する情は徐々に目減りしていった。


「壁の花となったわたくしに、他のご令嬢を連れて何と仰ったかお忘れに? 『ご令嬢が付きまといに困っているらしい。しばらくの間彼女に付き添うことにする』」

「······ッ」

「ああ、それと。『ベオレッタ、もしもの時は君に彼女を守る盾になってほしい』とも仰っていましたね」

「!?」

「ハリー様はわたくしを騎士か何かだと誤解なさっていたご様子。わたくし、生まれてこの方剣を握ったことすらありませんのに」


 兄が剣術を習っていた際、万が一があってはいけないと周囲から見に行くことは禁じられていた。見たとしても、剣を振る兄の姿を窓越しから応援していた程度。間違っても誰かの盾になってくれと言われたことはない。


 この人にとってベオレッタは『婚約者(女性)』ですらないのだと思い知らされ、人並みに傷ついた。傷つくベオレッタに、家族は酷く心配していた。


「最近だとハリー様、わたくしにご友人を()()されたことがありましたわよね」

「!」

「ハリー様、その時の言葉をお忘れに?」


 友人達の手前、ハリーがなんと言ったのか口にすることはなかったが、ハリーにしっかりと伝わったらしい。ハリーは身の置き場を失った様子で、視線は彷徨わせていた。


『ベオレッタ、俺の友人に抱かれてみないか?』


『こいつ、君に気があるみたいだからさ』と、当の友人の顔が引き攣っているのにも気づかずに笑うハリーの評価が地の底へと落ちた瞬間だった。ちなみに、当の友人はハリーがいない場で、ベオレッタに彼の言動を謝罪してきた。


『誓って貴方を侮辱する気はなく、ハリーの婚約者を紹介してほしいと、友人として言っただけだった』


 ハリーがいると曲解されるかもしれないからと、縮こまるハリーの友人が可哀想に思えて縁を切った方がいいと助言を添えた。同時に潮時だと決断したベオレッタは婚約解消の為に動き出した。


「あの言葉を聞いて、もう無理だと考えた上で、両家に話を通したのです。近々、ご両親から話があるかと」


 家族に経緯を話した後、ベオレッタはハリーのいない場所で両家が話し合う場を設けた。ハリーの婚約者に対する発言を話すと、ハリーの両親は謝罪してきた。大事にしたくないからと、婚約解消を取り決めることが成された。慰謝料を支払うと言われたものの、流石に断った。


 ーーもう、ハリーとの縁をどんな形であれ、残しておきたくなかったのだ。


「ハリー様もこれでよかったではありませんか。こんな婚約者と離れることができて」

「ち、ちがう」

「わたくしもハリー様のような方と婚姻を結ばなくてよかったと心から安堵しております」


 弟のように思っていた婚約者に、ベオレッタは微笑んだ。


「さぁ、話は済みましたわ。早く、この場から離れてくださいませ」

「いや、違う」

「何が違うと言うのです?」

「全部、謝るから許してほしい」

「そんなことを仰られても」

「妻にしたいのは君だけなんだ」

「左様でございますか」


 ふうと、ため息を一つ。


「わたくしは友人達との茶会を邪魔するような夫は願い下げですわ」


 絶望のどん底に落とされたかのような顔をされても困る。事実なのだから。


「今度こそ、誰かを呼びますわよ」


 そう言えば、ハリーはのろのろと立ち上がり、ベオレッタの前から去っていった。


「ベオレッタ様、お疲れ様でした」


 ベオレッタは友人達に騒ぎを起こしたことを謝罪すると、「ベオレッタ様のせいではありませんわ」と言ってくれた。


「悪いのはベオレッタ様がいながら、他の方と遊ばれていたあの方ですわ」

「口が悪いですわよ」

「ですが、事実ですわ。その上、こんな場で求婚だなんて一体何を考えているのかしらね」


「·······皆様、ありがとうございます」


 励まして気遣ってくれる友人達に感謝を口にすれば、「友人なのだから」と言われる。本当に自分はいい友人を持ったものだと思う。しみじみと思い、紅茶を口にする。冷めてはいたものの、美味しいことには変わらなかった。


「聞いた話だと、ハリー様はわたくしに似た女性ばかりを選んでいらしたそうで、それが相手のご令嬢に気付かれて、こっぴどく振られたそうですわ」


 急に求婚に訪れたのも、ベオレッタに対する思いを自覚したとかそんなところだろう。


「ええ?」

「そうでしたの?」

「それでしたら、ベオレッタ様一筋でいるべきだったのではありませんか?」

「さあ、あの方が何を考えていたかなど、今となっては分かりませんわ」


 知りたいとも思わないけれど。


「何より、明日になればあの方は婿入りする決まりですし」


 もうハリーと関わらなくても済むのだと、考えただけで気分が上向く気がした。


 ーーそう、ハリーは外国の王女に婿入りすることが決まっている。どうやら王女が外遊先でこの国に留まっていた際、ハリーを見初めたらしい。ぜひ夫にと望もうにも、婚約者がいる上、例の決まり事がある。


 王女の望みを聞いた女王がなんとかならないかとこの国の国王に内密に交渉していたらしく。先日、ベオレッタとハリーの婚約解消が上手くいったのも、そういった経緯がある。一見すれば、王女の婿など良く聞こえるかもしれないが。


「自業自得とはいえ、あの国の王女に婿入りだなんて、ハリー様には同情してしまいますわ」


 優しい友人の一人が、ハリーの今後を考えて、そんな言葉を口にする。


 ハリーの婿入り先の王女は、次期女王であると同時にかの国では一妻多夫制度でもある。より優秀な子供を儲けることが女王の義務となっている為、王女は既に多くの夫を持っている。誰が次期女王の王配にふさわしいか熾烈な争いが繰り広げられており、王女の寵愛もまた移り気が激しいと聞く。


 そんな場所で、ハリーはいつまで王女の寵愛を得られるのか。そもそも生き残れるかどうかすら怪しいものがある。


「考えても仕方がありませんわ。それよりも、先程のお話の続きなのですけれど」

「ああ、そうでしたわ。実はベオレッタ様がお好きそうな劇を見つけましたの」

「まあ、どのような内容ですの?」


 友人達との茶会を楽しんでいると、先程までのハリーとの会話が綺麗に洗い流されていくようで。


 ベオレッタは微笑みながら、紅茶のお代わりを頼むべく、呼び鈴を鳴らした。

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