夢の国の物語って、力技でハッピーエンドにするよねっていう
愛で駆け落ちなら、有名なこの二人しかないと思いました。
手紙の配達だと、その人は朗らかに告げた。
ミーティル姫の友人、正確に言えば、駆け落ちした上の兄の友人、シンボリック伯爵。
隣国アルナシィオンの外交官だ。
伯爵夫妻が来訪すると、その容姿と相まって場が華やかになる。
金髪に青い瞳の、理想の貴公子を現実とした伯爵は言うに及ばず。
金に紅交じりの髪の伯爵夫人の微笑みは、あまりの愛らしさに花びらでも舞ってるかのように思えるほどだ。
うららかな春の日差しの中、花の咲き乱れる庭園でのお茶会である。
「ベリリューンから一通、チルティールから一通、だな。
あ、それと、お土産もある」
伯爵の挨拶で、場の空気は台無しになったが。
この場は、友人として頼む、とのことで。
元は兄の友人だったシンボリック伯爵の、むかーしむかし、なしーにーさま、と呼んでくれた誼で、と口調を崩して話すことになった。
「僕まで招待いただいてありがとうございます。
ただ……お土産とは、もしや後ろのお二人のことですか」
ペレアスが視線だけを動かし、二人を視界に入れる。
後ろにはやや緊張した面持ちの黒髪の武官風の青年と、それ以上に緊張に体を強張らせている金茶の髪の娘がいた。
「デュマ国のシェークスペーヤ領から来た、ロメオ殿とジュリエッタ殿だ。
二人とも、家名は捨てている」
「家名を……? 伯爵、魔獣の森との境、岩窟の武の国デュマのロメオ殿といえば、心当たりがあるんですけど。
僕が知ってるのは、シェークスペーヤの剣聖ロメオ=ギュモンタ」
ペレアスの黒い瞳が、武官風の青年を検分するように動いた。
鍛えられた体に隠しようもない剣だこ、流れてくる噂では黒髪らしいが、この青年も黒髪である。
「剣聖とは名ばかりです。キャピレ家のティボットに対抗するために、父が勝手に祭り上げただけで。
赤獅子……チルティール様に、こてんぱんにやられました」
キャピレ家の名の所で、隣の娘がいっそう身を固くする。
「ギュモンタ家とキャピレ家って、国内有数の名家同士ですね。仲は険悪らしいですけど」
派閥争いで人死にがでたとかの噂がちらほらと、とペレアスが二人に目を向ける。
そして。
手紙を読み終えたミーティルが。
「剣聖とその恋人なんて、拾ってこないで下さい」
目だけが笑っていない笑顔だった。
「待て待て、ミーティル姫、手紙、手紙は?」
慌てる伯爵に、ミーティルは藍色の目を細くして手紙の一文を読み上げる。
「『冬ごもりは終わりだ、犬の駆け回る、花咲く春が来る』
『ミーティルの番犬は居るが、城の番犬はいないだろう。番犬におすすめだ』
なんですか、この犬推しは。
返してきなさい、と言いたくなるじゃないですか」
いくら犬派といえど、これはどういうことですか、とミーティルは手紙を指し示す。
向かいで、ベリリューン、と呻いて伯爵が頭を抱えた。
「うん、まずは、この二人の経緯を話した方が良いか」
伯爵は気を取り直して、事の始まりを語った。
――ベリリューンとは今でもよく会っているんだ。今や、彼は押しも押されもせぬ大商人だからな。
それでも、デュマで。ベリリューンと、チルティールの二人に会ったのには、俺も驚いた。
ロメオ殿の鼻っ柱をチルティールが叩き折って。
ジュリエッタ殿の一途な思いにベリリューンが同情して。
マージ殿が錬金術で「疑似死」の薬を調合して。
俺がツテを辿って神殿の癒し手様に頼み込んで。
権力に振り回されている恋人たちを、死んだことにして駆け落ちさせたんだ。
語り終えた伯爵に、伯爵夫人がこぼれるような笑顔で拍手する。
「ジュリエッタ様がどれほどロメオ様を好きだと言っても、お家の方は反対なさったのですって。
最後の方なんて、無理やり好きでもない人と結婚させられかけてたの。
実の娘だというのに、あまりにもひどい仕打ちだわ。駆け落ちが成功して、本当に良かった」
にこにこと花びらの舞い踊るような笑顔に、聞いていた者の毒気が抜かれる。
家も、派閥も、政略も、恋人二人に何が関係あろうか、と言わんばかりの笑顔だった。
「……そうね、伯爵夫人のおっしゃる通りだわ。
ごめんなさい、貴族だとつい責任が、と思ってしまって。
駆け落ちの良し悪しはともかく、今、好きな人と一緒にいることができているのは、良いことね」
もう終わってしまったことだし、とミーティルは結論付けた。
王家を背負う者としては、貴族としての義務は責任はと、問い詰めたいし許せないが。
人として、愛する人と一緒にいられるのは幸せなことで、喜ばしいことなのだ。
仮に、今さら家名を投げ出した二人を強引に引き裂いて、あらためて義務に縛り付け直したとしても、惨劇の予感しかない。
――しかもどうやら、死んだことになってるみたいだし。
「図を引いたのはベル兄様ですか」
「その通り。あいつのやりそうなことだろう?」
シンボリック伯爵が、友人に乾杯、とティーカップを掲げた。
そして、改めて二人に声をかける。
指名を受けて、二人は粛々と跪いた。
「姫殿下におかれましては、名を捨てた者に実など無いとおっしゃるかもしれませんが。
夜ごと姿を変える不実な月にではなく、心に湧く枯れない泉に誓いました。
どうかこの国に根を張ることを、お許しください」
「わたし達にとって、名は身を縛る敵でした。
愛しい人をわたしのものと、誰はばかりなく言えるこの幸せを、自由と言わずして何と言いましょう。
どうかこの国で花咲くことを、お許しください」
頭を垂れる二人を、ミーティルはじっと見つめた。
ちらりと横に目線を向けると、ペレアスがぱっと嬉し気に微笑む。
しばらく、何が楽しいのかにこにこと笑うペレアスを見た後、ミーティルは自身の心に決着をつけた。
「いいわ、わたしの家令に申し付けておくわ。
これぐらいの我が儘なら、お父様も聞いて下さるでしょう。……手紙もあることだし」
侍女に、ミーティルの事務周りを整える家令の所へ、二人を案内するよう申し付ける。
急で無理やりな采配だが、もう決めた。
自分の臣下で、この国の民とする。
簡単に書きつけて、二人を庭園から送り出した。
人をできるだけ遠ざけ、周りから人気がなくなる。
そこでようやく、ミーティルは話の先を促した。
「それで、シンボリック伯爵。
ベル兄様の図の続きを、お聞かせくださいな」
――今やこの国は、隣国以外は、外交でけちょんけちょんです。
王太子二人が続けて駆け落ちですからね。
貴族の令嬢だって、他国の御令息へ縁談を申し込んだ所で、笑いものです。自国の王太子を繋ぎ留めれなかった魅力のない令嬢、ですって。……目についた無礼はこてんぱんにして返してますけど。
それを覆す図を、ベル兄様はどのように引いたのでしょう。
ミーティル姫が真剣な口調で問いを紡ぐ。
王太子となって、延ばせる手も短く、足掻く力も足りず。
――打ちひしがれる暇があるぐらいなら、国を捨てた大好きな廃太子の知恵を借ります。
「うん、俺が言うのもなんだが、貴族の男どもの反応はそうだよなぁ。
だけど平民と若いご令嬢、そしてご婦人方は、また違う意見を持っているんだ。
今、我が国の民の間では、ロワゾブルゥが大流行だ。
若い娘さんなんて、ロワゾブルゥにちなんだ青っぽいリボンなんかを争うように買い漁って。国旗になってる小鳥モチーフの小物なんか、飛ぶように売れている。
なんといっても、王子が平民を選んだんだからな!」
平民からしたら、誇らしさに優越感だ。
普段、威張りくさってるお貴族様なんかより、自分たちの仲間が選ばれたのだと。
貴族の令嬢は、政略ではなく、王子が選んだ、という所に心をくすぐられた。
――もし、自分が選ばれていたなら。
「シンデレラストーリーならぬ、ロワゾブルゥストーリーを夢見たっておかしくない。
おかげで、いまやベリリューンやチルティールは、乙女の夢を詰め込んだ絶世の美男子説がまかり通っているぞ」
父親の貴族たちがロワゾブルゥを嘲るたびに、若いご令嬢や自分の妻たちが嫌そうな顔をするのに気づいてないとは、馬鹿な奴らだ、と伯爵が続ける。
隣の伯爵夫人も、眩い笑顔と軽やかな声で同意を示す。
ミーティルの知らない事実だった。
「それで、こっちの都合なんだが。なにせ、ロワゾブルゥが大流行だ。その流れにあやかりたい。
そのために、我が国であの二人の話で芝居をやりたい、いや、やる。
心無い周囲の大人たちのせいで、引き裂かれた恋人たちの物語。それで最後には、この国に駆け落ちして大団円だ」
「え、伯爵、あの二人が生きてると知られると、さすがに問題があるのですけど」
死んだことになってるからこそ受け入れたのにと、ミーティルは慌てる。
バレたら国際問題であることは、十分に承知している。
「もちろん、名前は変えるし、趣向は考えている。
元ネタは悲劇だったし、事実、マージ殿の疑似死薬で死んだことになってる。だから芝居としては、最初は毒薬で二人とも死亡して幕を下ろす」
無理やり結婚させられそうになって、それを嫌がって死亡とか、恋人が後追いとか、後味が悪すぎる、救いがない。
芝居としては悲恋物もあるし、二人が生きていると知られると問題があるし、その結末に否はない、ないが。
眉をひそめるミーティルに、伯爵はいたずらっぽく笑う。
「一度下ろした後、すぐ幕を上げて。
錬金術師役が癒し手役を連れて現れて、二人とも生き返る、というありえない結末をもってくるんだ。
で、そのまま、真実の愛の国に駆け落ちで大団円」
思わずほっとして、ぱちぱちと拍手する一同である。
「良かった、それなら本当は亡くなっているけれど、物語的に救われた話にした、となるわ。
でも、どうして、駆け落ち先を我が国に?」
伯爵のアルナシィオン国ではだめだったのかと。
問うと、伯爵は異様に真面目な顔つきをして答えた。
「話題と信憑性」
「信憑性」
思わず繰り返してしまうミーティル姫だった。
「逆に、ここでアルナシィオンといっても、観客の誰もが、それこそ『なんで?』となるさ」
伯爵は続ける。
ロワゾブルゥフィーバー中の我が国でこの芝居をやったら、大流行間違いなし、経済が回る。
そして。
真実の愛の国、と流行を発信したのが自国でなくて、隣国。
ロワゾブルゥ国からしたら自国のことをやってる芝居、気にならないはずがない。しかも、夢と希望に満ちた未来として演じられるのだ。
財力のある貴族は来るだろうし、しばらくしてから、ロワゾブルゥでも許可もらって公演。その頃には、恐らく他の国も興味津々になっているだろう。
次男三男は言うに及ばず、位の低い貴族の令息さえ、高位の令嬢に惚れられて成り上がることができるチャンスが、ロワゾブルゥにはある――という夢。
「愛を前面に出して喧伝して、ご婦人方とご令嬢たちを味方につければ、もはや敵はないも同然さ」
君が女王に立つ頃には、押しも押されぬ羨望の国となっているはずだと、伯爵はベリリューンとチルティール、二人の廃太子からの伝言を伝えた。
「兄様……」
ミーティルは俯いて、膝の上で拳を握りしめる。
どうして、と言いたかった。
置いて行かれた、と泣きたかった。
大好きだった。今でも、嫌いになんかなれやしない。
人たらしの第一王子。
天下無双の第二王子。
……愛らしいだけの第一王女。
望んでもいない王位が転がり込んできて。
お人形だなんて、自分自身が一番思っているのに。
大好きな二人が、女王だと認めて、応援してくれている。
ペレアスがミーティル姫の肩を抱き、落ち着かせるように、祝福するように、頭を撫でた。
花咲く春が来る――ミーティルは、ベリリューンからの励ましの手紙を大切に胸にしまう。
「わたしが女王を継ぐ頃には、我が国は『真実の愛の国』と呼ばれてるんですね。
楽しみです」
花の咲き乱れる庭園で、少女は花咲くように笑った。
<アンコール>
「ところで伯爵、芝居の手配とか、妙に手際良いのですけど、どうしてです?」
嬉々として進める伯爵に、ミーティルが首を傾げる。
「本当は、もっと前から、芝居の計画があったんだよ。
うちの王族、こういう『えんため』に力入れているから。
今の陛下の恋物語も候補に挙がっていたんだ」
――幼い頃からの運命の恋。小さな恋の物語、イイネ!
「……で、小さい頃から運命の相手に出会えた、幸運な王子様、て所まで来て。
フレーズがな……。
幸運、つまりは「幸福」で、「王子」で、しかもロワゾブルゥの「小鳥」。
うん、この時点で、ダメだってなったな、王族一同、満場一致で。
どうやっても、まったく幸せでない王子様しか連想できない」
伯爵は、たまによく、意味がわからないことを言う。
「幸せで、王子で、幸せじゃなくなるんですか。
それ、いつもの、アルナシィオン王族特有の言い回し、ですか?」
「うん、内輪ネタだな」
機嫌よく計画を練る伯爵が、思いついたように顔を上げる。
「そうだった、頼みたいことが。
ベリリューンからちょっと話を聞いたんだが、この国のいくつかの実話を芝居にしたい。
愛の力技で、かなりいろんなことを解決しているな」
『あとらくしょん』の無いリアル夢の国だな、この国、と伯爵が感心する。
あとらくしょん? と疑問を覚えながら、そんなわけのわからない感想を持たれるのは心外なミーティルは、伯爵に問うてみた。
「ロワゾブルゥを何だと思ってらっしゃるのです?」
「ネタの宝庫」
「……我が国は、ただの真実の愛の国です」
そう言うと、将来、女王となる少女は、伯爵の持つ脚本の最終頁に大きな字で書き込んだ。
―― 「真実の愛の国」 閉幕 ――
メインスタッフ
「幸せの青い鳥」
「ヘンゼルとグレーテル」
「ロミオとジュリエット」
最後まで観ていただいて、ありがとうございました。