僕の姫は最高に尊いんだ!
ボツにしたサブタイトル「馬に蹴られて――死ね」
異世界に、日本の「馬に蹴られ~」の都都逸の有無を考えてボツに。
王太子の駆け落ち。
5年前の悪夢、再び。
あるいは、5年前の恋物語、再び。
知らせは、瞬く間の内に広がった。
貴族は不安と苛立ちと、風見鶏の向き変えに躍起となり。
平民は、さすがロワゾブルゥ、我らが王子、と喝采を上げ。
四公爵家と八侯爵家は、当主自ら、呼ばれもしない内に全員が王宮へと集まった。
両陛下が同席してしまうと、その言葉は下知となってしまうため、取りまとめの上、奏上することになり。
宰相閣下を議長に。
各当主12名と。
ミーティル姫の腹心の部下となったグレテールと、補佐にハンスの出席が許され。
最後に、ミーティル姫の婚約者であるペレアス=マーキ=アンシャンが、王宮の会議の間に集まった。
ミーティル姫の一つ年上の婚約者、ペレアス=マーキ=アンシャンはまだ学園に通っている生徒だ。成長途中の背はミーティル姫とちょうど良く釣り合う程度で、やや小柄と言っても良い。
薄茶のくせ毛に濡れたような真っ黒な瞳の、どこか愛嬌のある顔立ちの少年で。
高位貴族当主たちからすれば一捻りで潰せる、赤子に等しい少年だった。
「婚約は、解消しませんよ」
この日、この時、その発言を聞くまでは。
「この僕が婚約を結んで10年、未来の侯爵と侯爵夫人に、何一つ抗議の声は無かったですよね。
ということは、僕が姫殿下の夫になることは、皆様、認められていたわけですよ」
並み居る高位貴族当主の圧を物ともせず、眼中になかったはずの小僧が語る。
「なのに、姫殿下が王太子、将来の女王となると、途端にダメ出しですか。
侯爵夫人の夫には相応しかったのに。
女王の王配には、相応しくないと、力不足だと」
一人一人目を合わせ、逆に威圧してくる風格は。
「それは姫殿下が。
王配の支えなくては。
――女王足りえぬ、ということでしょうか?」
いっそ優し気な声音が、その場にいた全員を撫で。
「我が姫に、何が足りぬと申すか、言ってみるがいい」
一転、翻された声は、殺気に満ちていた。
◇ ◇ ◇ ◇
恙無く会議は終わり、陛下に何事もなく取りまとめたことを奏上し、当主たちは和やかに王宮を辞した。
王太子が出奔しようとも世は並べて事も無し、との高位貴族の飄々とした風情に、右往左往していた下位貴族たちは安堵する。
そして、姫殿下へ知らせに行ったグレテールとは別れ、帰りついたカサペイストリーの家の、他人の目を気にせずとも良いタウンハウスの一室で。
「満場一致で、婚約続行に決まったな。
まぁ、あれでなお異を唱えるなら、不敬も良いところだ」
カサペイストリー家の当主と次代が、取り繕った仮面を外し、崩れ落ちるようにソファへ身を沈めた。
「異を唱えた所で、王配を望むなんて烏滸がましい、臣下として支えろと、返されそうですよね」
僕たち何のために出席したんでしょう、そう小声で続けるハンスに、侯爵も答えを返せない。
「とりあえず、父上のおっしゃっていた『一人に執着する』というのを、直で見ました。
言っていたのは、アレですね?」
「そう、アレだ」
アンシャンめ、それならそうと言っておけ、と愚痴る侯爵に、ハンスが物申す。
「いや、父上。アンシャン家当主殿も、目を剥いてましたよ。たぶん、恐らくですが、知らなかったのでは」
かわいそうに、喉元に剣を突き付けられた気分だったな、と振り返る。
「あとは、あの説得で、全員、引き下がると思いますか?」
――王子お二人が、愛に目覚めて出奔されましたよね。
王家の『真実の愛』体質は、よくご存じのことで。
今上陛下が、運よく公爵令嬢だった王妃陛下を見染めたのって、11歳の時だったとか。
そう、運良く、公爵令嬢、先々王の王姉の降嫁先の血筋で。
それで、ですね。
愛に目覚める者って、『時折』、現れるはずが。
間隔、短くなってません?
愛の血筋、濃くなってません?
そこで、我が家ですよ!
不肖アンシャン家、どんなに遡っても、二代目にしか王家の血筋が入ってません!
他の高位貴族の方々も、アンシャン家から嫁取り婿取りする割に、何故だか嫁入り婿入りがありませんでした。
これ、どう見ても、わざとですよね?
うちの家、薄め液に使われてますよね?
姫殿下との婚約も、本来なら横やり入れて、途中で解消させるつもりだったのでは?
さぁ、今こそ使い時ではありませんか。
今上陛下、王子二人、続けて目覚めてしまうほどに濃くなってしまった愛の血筋。
アンシャン家の血で薄めようじゃありませんか!
朗らかに、良く回る舌で語られた内容は、密かに上位貴族たちが行っていたことであり。
理屈で言えば、薄め液を使うにやぶさかではない状況ではあるのだが。
「まったく。本人が愛に狂……愛に目覚めた者だと、薄まるものも薄まらんわ」
――父上、本音が漏れてますよ。
――うるさい、ちゃんと言い直したのだから見逃せ。
「まぁ、我が家とヤンピアス公爵家が何も言わなければ、他の家も黙らざるを得まいよ。
我が家はチルティール様の婚約者。
ヤンピアス公爵家はベリリューン様の婚約者であったからな」
会議の場で、侯爵が最も警戒していたのはヤンピアス公爵家だったが。
意に反して、何一つ抗議の声を上げなかった。
考えてみれば、当時も、それほど騒いでいた覚えがない。
今回、カサペイストリー家はグレテールが女官長ということで手を打った。
では、ヤンピアス公爵家は当時、王の外戚となる立場を失い、代わりに何を得たのか。
「五年前、ヤンピアス令嬢はあの騒ぎのあと、汚名返上とばかりに隣国、アルナシィオン国の伯爵令息と婚約して――卒業したら、すぐに嫁いでいかれました」
侯爵の不審に、次代がすぐさま反応する。
良くできた継嗣に満足感を覚えつつ、侯爵は考察を進めた。
「そうだ。当時は、醜聞を恐れたヤンピアス公爵家が糊塗したかと思っていたが」
侯爵とハンスは同時に顔を上げ、互いの視線から、共に同じ結論に辿り着いたと悟る。
「ヤンピアスの令嬢の方こそ、愛に狂っていたか!
ではあの婚約破棄騒動は、ベリリューン様と令嬢、そしてヤンピアス公爵、三人そろっての茶番か!」
騒がないはずだ。
下手をしたら、令嬢の方が先に駆け落ちしていたかもしれなかったのだ。
「父上、令嬢は真実の愛に目覚めたんですよ」
狂ってませんよ、というか、僕の世代、真実の愛に目覚めすぎじゃないですか、とハンスは戦慄する。
「十二家と王家、合わせて十三家だからな……。
『時折』が重なる時もある」
偶然だ、偶然、愛が深くなってるわけじゃない、と侯爵は自分とハンスに言い聞かせる。
自分にも言い聞かせている時点で、すでに自明の理である。
「今回も、どこの家も騒ぐことなく、王家を中心にまとまることができた、いいことではないか。
それにアレを直で見たら。……どの家も黙るしかあるまいよ。あの特有の気配、心当たりがありすぎるからな」
あれは止まらん、そう嘆息した侯爵に、ハンスは黙ってワインを注いだ。
◇ ◇ ◇ ◇
季節は巡り、騒ぎも少しは収まった頃。
文化の国と名高いアルナシィオン国は、ロワゾブルゥ国にとって隣国で友好国だ。
諍いが無いとは言わないが、ベニスィー国や神殿が仲介となり、ここしばらくは大きな戦にはなっていない。
どちらかと言えば、昔に戦争で攻め入っていた時よりも、今の交易が盛んになっている方が利益が高いのだ。
故に、積極的に外交を行い、特派大使も互いに行き交っている。
そして、数年前から窓口になっているのが、アルナシィオン国のシンボリック伯爵である。
金髪に青い瞳をした、爽やかで若々しい男性で、明るく機知にとんだ会話で場を盛り上げ、ロワゾブルゥ国でも人気が高い。
金に紅混じりの髪をした愛らしい顔立ちの妻共々、ミーティル姫と親しく言葉を交わす間柄だ。
実を言えばベリリューン廃太子とほぼ同年代で、親交は二人の友人関係がきっかけである。
「剣聖とその恋人なんて拾ってこないで下さい。
元いた所に返してきて下さいませんか」
駆け落ち者が二人、友好国の使者と共にやってきた。
アルナシィオン国のシンボリック伯爵。
次の最終話で、日本かぶれ、転生者っぽい言動をかなりしますが、理由があります。
「彼方にて幻を想う」という自作の世界観からなので、ご容赦下さい。