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チルティール、駆け落ちしたってよ

カール大帝がシャルル大帝、マルガレーテの愛称がグレートヘンとか。

ヘンゼルがハンス――もはや別人では、という同一人物多いですよね。

 王城に馬車が着くと指示があったのか、侯爵家二人は誰何(すいか)もされず、速やかに奥へと通された。

 途中の回廊で、とろりとした蜜色の髪に、ブラウンシュガーの瞳をした文官服の青年が、前方から現れる。

 従者を一人連れて足早に近寄ってくる姿に、グレテールの、知らず入っていた肩の力が緩んだ。


「お兄様」


 青年――グレテールの兄、カサペイストリー家が第一子ハンスは、妹に一瞬、優しげに目を向けた後、父の侯爵に一礼して口を開いた。


「父上、両陛下がお呼びです。

 詳しい事情はまだ聞いておりませんが……」


 ハンスは沈痛な表情を浮かべ、一度目を閉じて口をつぐみ。

 そして。

 二人だけに聞こえるよう、囁くような小さな声で告げた。


「チルティール王太子殿下が、駆け落ちなさったそうです」


「……は???」





 侯爵()継嗣()は両陛下のもとへ、グレテール()は、ミーティル姫殿下(年下の友人)のもとへと、案内された。


 ミーティル姫殿下の方が元より親しく、国王夫妻よりも緊張せずに話せるだろうという配慮でもあり。

 婚約破棄という、今後の政治絡みの話はトップ同士で話を、というのが現実であった。


「チル兄様は駆け落ちしたわ。

 残念ながら、間違いでも、冗談でもなく」


 グレテールは姫殿下の用意した客室に、完璧に整えられたティーセット、心づくしの茶菓でもって迎えられた。

 遅咲きの小さなスノードロップの花が飾られ、少しでも心を癒そうと、かわいらしくも健気に努力する。


「駆け落ちしたチル兄様は廃嫡、当然、王位継承権は剥奪となります。

 また王族籍からの除籍、貴族位の消滅。

 よって。

 この私、ミーティルが王太子となります」


 そう宣言する少女は、柔らかな麦穂の髪にわずかに緑がかった藍色の瞳の、まだ学園に入る前の幼さで。

 今年、学園に入るのを楽しみにしていた、ロワゾブルゥ国唯一の王家の末姫だった。


「義姉様……グレテール様に、何一つ落ち度はないわ。

 チル兄様が、都合よく解釈なさっただけです」



 委細承知――いなくなっても、お任せください

 王家に忠誠を――国が上手く回るよう王家に尽くします



「そんなわけがないでしょう!!!

 結婚すると言うのなら、この国にいてくれると……駆け落ちするなんて思いません!」


 しかも、パーティを出たその足で本当に出て行ったのだ。

 学園から王宮へ使者が着き、そして使者が学園へ舞い戻った時には、もうすでに姿はなかったという。

 ミーティル姫は小さな手で握りこぶしを作り、侍女がそっと差し出したクッションにぽすっと叩きつける。


「ベル兄様もいなくなって、チル兄様までいなくなったら、残るのは私しかいないでしょう。

 私に、女王になれと!?」


 ぽすっ、ぽすっ、と気の抜けた音が姫の言葉に相槌を打つ。

 元より、ミーティル姫にはもう一人の兄王子がいた。

 チルティール元王太子は、第二王子だったのだ。


 ベル兄様と呼ぶ、第一王子ベリリューン。

 5年前に、駆け落ちした廃太子である。

 文化・芸術を語るにはアルナシィオン(文化の国)語で。

 商売を語るにはベニスィー(商人の国)語で。

 語学に堪能で、それぞれの国の言葉で、それぞれの国の魅力を引用して語り、多くの国の外交官を魅了した。


「人たらしと言われたベル兄様。

 赤獅子と言われたチル兄様。

 その後で、私にメテルリンク(王太子)を名乗れと」


 ベリリューン廃太子が駆け落ちして五年。

 ――愛を語るにはロワゾブルゥ語で。

 そう揶揄されているのを、ミーティル姫は知っている。


「今度は、真実の愛の国(笑)と笑われるわね。

 おあつらえ向きに、お子様なお人形のお姫様が世継ぎの君よ。次は、私がいつ駆け落ちするか、賭けてるんじゃないかしら」


 最後にぽすっとクッションに項垂れるミーティル姫に、グレテールは意を決して声をかけた。


「姫殿下、恐れながら、わたくしがマージョア=ベルラン様を説得してみるのはいかがでしょうか。

 その……婚約が破棄されたことなど、わたくしは気にしておりませんので。全力で補佐することをお伝えすれば」


 男爵令嬢にとって王家は畏れ多すぎたのだろう。そして、正当な婚約者を恐れるのは当然と推測し、不安を払拭すれば、と希望を口にするが。


「……ベル兄様の時に、私も同じことを思ったわ。

 私が全力で補佐をしますから、と。

 そうしたら」


 ――雲の上の方たちの、雲の高い低いのお話は。

 地上にいる者にとって、所詮は雲の上のお話なのです。


「ベル兄様の奥様からのお手紙だったわ。

 そうね――尊き御方、我が身の程知らずをお許し下さい――例えば、大精霊様や天に座す方に嫁すことを求められて、すぐに頷けるかしら?

 例えば、精霊様から、補佐するから安心して大精霊様に嫁してきて、と言われて、あなたなら頷けるかしら」

 

「そんな畏れ多い……あ、ああ、そう……無理なのですね、姫殿下……」


 男爵令嬢からしたら、王家に嫁すなど雲の上すぎる話なのだと、例え話から悟る。


「ほんとに、誰も、反対なんてしないのに。

 本人だけが、お断りになられるのよ……」


 しばらく項垂れる少女二人だったが、グレテールの方が先に復活した。


「わたくしに落ち度はないとおっしゃっていただきましたが。

 なにがしかの政治的決着は必要かと存じます。

 両陛下と父と兄が話しあった結果であれば、わたくしはどのような命をも受け入れる覚悟でございます」


 チョコレートブラウンの瞳に決意を宿し、グレテールは宣言した。

 婚約の話があった時の、王の補佐なれ、国の扶翼たれ、と言われた言葉は胸に秘めた誇りだ。


「……その話はついてるわ、グレテール様」


 私から話した方が良いとの判断でこちらへ招いたのだと、ミーティル姫が伝える。

 姿勢を正した姫君の手から、侍女がそっとクッションを引き抜く。鳥と犬の刺繍が施されたお気に入りのクッションは、今日一日だけで随分とへたっていた。


「五年前の時も、誰かが責任をと言い出したけれど。

 結局、被害が多すぎるのが目に見えすぎて、誰も処罰できなかったわ。

 教育係に侍従、そのあたりを連座で処罰してお茶を濁して終わり、にするには、事が大きすぎたのよ。

 押しも押されもせぬ王太子の、誰もが関わっていた王太子周辺の連座って、国が傾くわ」


 藍色の瞳がふっ、と遠くに向けられ、そしてもう一度グレテールに戻って来る。

 

「五年前には罰しなかったのに、今回は罰しますは、筋が通らないわ。

 もう一度言いましょうか。

 グレテール様に落ち度は何一つありません」


 麦穂の豊かな金髪に、藍色の瞳の可憐な少女。

 本来なら王位など回ってくるはずもなかった王家の第三子であり、唯一の姫である第一王女ミーティル。

 闊達な物言いと笑顔で、お転婆姫とからかわれつつも愛された少女。


「私は、女王になります。他に道はありません。

 国外への対応は私が行いましょう。

 国の顔となり矢面に立ちましょう。

 ですが、さすがに国内にまで手が回ると、うぬぼれるつもりはありません」


 わずかな時間で、覚悟を決めた少女王。


「女王の心を汲み信を得た女官長は、王城にて女王と同等の権力を得たも同然です。

 あなたの考えた大筋に変更はないわ。

 当代一の賢女、王を、国を補佐する娘。


 グレテール、私の女官長になりなさい」





 王陛下と王妃陛下との会談を終え、グレテールと合流する途中の回廊で。

 侯爵は次代のハンスに、静かに語った。

 

「時折、王家の血筋には現れるのだ。一切合切捨て去って、ただ一人に執着するものが」


 低く語られる声が、回廊に吸い込まれて消えていく。

 扉を守る衛兵にも、付き従う従者にさえも、聞こえないほど小さな会話は、文書に残らず文字にも起こされず、口でのみ伝えられた。


「望み通りその一人を与えてさえおれば、騒ぎを起こさないどころか、富をもたらしてくれる――不思議と、その執着を見せる者は、皆、異様なまでに優秀でな」


 いや、それまで手を抜いていたかのように、優秀になるのだ、五代前の当主の実弟がそうだった、と侯爵が呟く。


 ちなみに、七代前のカサペイストリー家には、当時の第四王女が降嫁している。


 侯爵家当主の実弟が領内の豪農の娘に執着した挙句、婿入りを果たし、二十年でカサペイストリー領を国内有数の穀倉地帯に、三十年で砂糖の一大生産地に押し上げた。


「そして、下手にそれを邪魔しようものなら。

 モルセール伯爵家の顛末を知っていよう……あの家は、もはや家名さえ残っておらん」


「なるほど……しかも、王家に近ければ近いほど、骨身に沁みている、ということですか」


 ハンスは、ヤンピアス公爵家を筆頭に、高位貴族家が一切動きを見せなかったことを、ようやく納得した。

 宰相府も大騒ぎになったが、追っ手をかける命令は何一つ出なかったのだ。


「出奔したベリリューン様も、ベニスィー国(商人の国)で我が国の商品を宣伝してくれていてな。

 身分の高きも低きも、公然の秘密(廃太子)を面白がって注目度が高く、大変に我が国に貢献してくださっている。

 積極的に行っているで、賠償のおつもりかもしれん」


 なら出奔するなと言いたいが、と侯爵が苦い顔をする。


「王太子妃になれば贅沢のし放題、ドレスや宝石に目をくらませるような娘なら良かったのだが。

 女を見る目、いや、人を見る目というのか。

 執着されたもの――選ばれた者は、皆一様に、ひたむきに愛を返すのだ。身分ではなく、ただただその者を愛して、そして……自らの身分が低い場合、相手の幸せを想い、身を引くのだ」

「やめてほしいですね」


 つい、食い気味に感想が出てしまうハンスだった。


「そうだな、なぜそこで身を引く。

 高位貴族に成り上がる気概をみせてみろと。なんなら王妃になって贅沢三昧、の夢をみてほしいものだ」


 ため息をつく侯爵に、カツン、と回廊に響く靴音が相槌を打つ。


「出奔したチルティール様の大冒険は、もう我らにはどうしようもない」


 振り切るように、侯爵が前を見る。

 ハンスも靴音と同じく相槌を打つも、今頃は忠誠を誓っているであろう妹の、その主を想う。


「しかし、ミーティル姫殿下……王太子殿下の、今現在の婚約はどうなさるか。

 国内のアンシャン侯爵家への降嫁予定だったが、これは王家と公爵家も交えての話し合いになるやもしれん」


「そういえばチルティール様と違い、姫殿下の婚約は随分と早くから決まっていたのですね」


「王族全員が婚約もしていないというのはまずかろうと、対外的な措置だ。万が一の時には理解も早かろうし、被害も少なかろうとな。

 本来なら。

 王族の婚約は、念のため、万が一に備え、ぎりぎりまで、待つ。他国の王族と婚約など、もっての外だ。

 そして『真実の愛』が現れなさそうなのを確認して、学園生徒の間の一年、卒業して王太子に専念して一年、合計二年の婚約をもって、すぐに結婚だ。不思議と、結婚した後で血迷う者は出ないでな」


 そこまで警戒していたのに、今代で二名の駆け落ちである。


「学園の最後の一年、残り半年や三か月で現れて、駆け落ちするとは思わんわ!」

「父上、ここは王宮です」


 つい声が大きくなる侯爵だったが、横で平静な顔を取り繕っている息子にとがめられると、口をつぐんで押し黙った。

 そろそろグレテールのいる部屋に近いと囁かれると、急いで威厳のある父親の顔を作る。


「ともかくも、我が家の立ち位置はすでに決まっている。

 後は公爵家の方々と、いくつか心当たりのある侯爵家がどう出るかだな。

 王配の座を巡って、少々荒れるやもしれん。

 宰相殿には、我が家にできることがあれば助力は惜しまないと、お伝えしておいてくれ」



   ◇    ◇    ◇    ◇



 ロワゾブルゥ国の四公爵家当主と、八侯爵家当主そろい踏みの会議室で。 


「婚約は、解消しませんよ。

 僕は、ミーティル姫殿下とこのまま婚約を続けて、結婚します」


 ミーティル姫の婚約者、ペレアス=マーキ=アンシャンは、恐れげもなく言い切った。



イメージソング

チルティール王子:「裏切り者の~♪」の悪魔な歌。正義を愛に置き換えて。

マージョア=ベルラン嬢:深海少女

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