アシェラ
「警戒していて正解だったな」
ディックと詩音は福音女子高等学校を訪れていた。
「何これ……暗闇に学校が包み込まれている」
福音学校の全体がドーム状に闇で包み込まれていた。
外からは闇のドームしか見えない。
「こんなものが現れても、普通の人たちは気が付かないの?」
「まったく気づいちゃいないね。何も見えちゃいないさ。それどころか、何の関心も持ってはいない。認識が阻害されているからな」
ディックが詩音に説明した。
「これも、悪魔のしわざなの? 福音学校が襲われるなんて……」
詩音は闇のドームを見上げた。
「奴らが何をしたいのかは直接会ってみないとわからないさ。さてと、俺はこの中に侵入する。おまえは外で待っていろ」
ディックは詩音にドームの外で待つよう指示した。
「いえ、私も行くわ」
「危険だ。おまえは外にいた方がいい」
「私は何が起こっているか、この目で見たいの」
ディックは沈黙した。
そして、詩音を連れて行くべきか迷った。
果たして詩音を守り切れるか。
困った。
「命がかかっているんだぞ? それでも行くか?」
「ええ」
「はあ、やれやれ……とりあえず、これを持っていろ」
ディックは大きくため息をついた後、ズボンのポケットからアメジストの首飾りを取り出し、詩音に投げた。
「何、これ?」
詩音は首飾りを受け取って答えた。
「お守りだ。闇の魔力を防ぐ効力を持っている。首からかけとけ」
「わかったわ」
詩音は首飾りを身につけた。
「よし、じゃあ、この中に侵入するぞ。気をつけろよ、俺たちは招かれざる客だからな」
ドームの内側、福音学校では闇の魔力が人々を支配した。
「ウフフフ、みんな闇の魔力に支配されたわね」
アシェラは学校の教師や生徒を闇の魔力で操り人形にした。
彼女たちの顔は無表情で、我を失っていた。
彼女たちはアシェラに操られた人形となった。
それも従順な。
「みなさ~ん、集まってくださーい!」
アシェラは彼女たちに命令した。
すると、彼女たちは従順に集まった。
「いい動きね。うれしいわあ。さてさて、みなさんにはこれから二組に分かれて殺し合いをしてもらいます! 皆さんにはナイフを渡しますから、それで殺してくださいねー」
アシェラは杖をかざして、彼女たちの前にナイフを出した。
彼女たちはそのナイフを手で取る。
「汝の隣人を殺しなさい! まずは二組に分かれてくださーい。そして敵の側には何の情けもいりません。殺してあげましょう!」
彼女たちが二組に分かれて動き出した、その時。
「そうはさせるか!」
パリンと空間が割れて、ディックと詩音が礼拝堂に現れた。
「どうしたの、みんなナイフなんか持って!? 何をするつもり!?」
「あら、変ねえ。ここは関係者以外は立ち入りできないはずなのに」
アシェラはふしぎそうな顔をした。
「これから彼女たちに殺し合いをさせるつもりだったのか!」
「そうよお。だあって、この学校の生徒たちって清らかで、正しくて、善良なんだもの。それに敬虔な信仰心を持っているじゃない? 私そういうのって気にくわないのよねえ。だから、それをめちゃくちゃにしてやりたいのよ」
アシェラは愉快そうに語った。
「それにしても、あなた人間じゃないわねえ。かといって同じ悪魔でもなさそうだし。何者?」
「俺はディック。天使だよ」
「天使? へえ……天使なんて私初めてみるわあ。ふーん、天使ね。それならこの空間に入ってこれたのもうなずけるわねえ。そちらのお嬢さんは人間みたいだけど」
アシェラは詩音を見て言った。
「彼女たちを解放しろ。そうすれば命は助けてやる」
ディックは刀を出して構えた。
「フフフ……いやよお。だってみんなこんなに従順なんですもの。それにこれからた・の・し・いお祭り騒ぎをするつもりだったんだから。私、それを邪魔されておもしろくないわ。あなたには死んでもらうわね。私はアシェラ。悪魔アシェラよ」
「詩音、おまえは下がっていろ」
「わかったわ」
詩音はディックに言われた通り、後ろに下がった。
「これでもくらいなさーい!」
アシェラは杖を前に出し、大きな毒々しい球を放った。
「くらうか!」
ディックはその球を斬り裂いた。
「これは……」
ディックは手で鼻を押さえた。
「私が得意とする魔法はねえ、『毒』よ。さあ、毒気にやられなさい!」
アシェラは毒の球を数多く撃ちだした。
ディックはそれを刀で斬り裂いた。
「ディック!」
詩音が叫んだ。
「どこまで持つかしらねえ」
アシェラは大きな毒の球を杖から撃ち出した。
ディックは居合の構えを取り、毒の球を真っ二つに割った。
そして、ダッシュして、アシェラに斬りつけた。
ディックの刀をアシェラは杖で防いだ。
「危ないじゃない!」
刀と杖が交差した。
ディックは力をこめて、アシェラを押していく。
アシェラは瞬間移動で後方に逃げた。
「まだ、これからだぜ?」
ディックはアシェラに急接近して刀を振るった。
ディックの刀がアシェラを襲う。
「くう!?」
アシェラはディックの刃を防ぐだけで精いっぱいだった。
アシェラはディックに追いつめられていく。
再びアシェラは後方に逃げた。
「はあ、はあ、やるわねえ。でも、これならどうかしら?」
アシェラは杖を横にかざした。
すると、杖は鞭になった。
「このリーチはどうかしらあ?」
アシェラは鞭を振るってディックを打ちつけた。
ディックは鞭を横にそれてかわした。
しかし、アシェラは鞭を器用に操り、連続で叩き込んできた。
ディックは鞭の攻撃を刀で防いだり、斬り払ったりした。
「ウッフフフフ! この鞭の威力はどうかしらあ? なかなか強力でしょ?」
アシェラの言う通りだった。鞭には魔力がこもっており、それが打撃力を上げていた。
「さあて、どうかな」
ディックはアシェラの鞭を刀で両断した。
そして、油断しているアシェラを斬り払った。
「ぐうっ!?」
アシェラから余裕の笑みが消えた。
アシェラのほおから血が流れた。
ディックの刃がかすっていた。
ディックとアシェラのあいだに緊張が走る。
互いに相手を見る。
アシェラは険しい表情をした。
「フフフ、ウッフフフフ」
「何がおかしい?」
「負け、負けよ。私の負け。素直に降参するわあ」
「逃がすと思うか?」
ディックは刀を向けた。
「それはどうかしらあ?」
すると、アシェラの前に生徒たちが集まって列を組んだ。
生徒たちはアシェラの壁となった。
「私まだ、死にたくないの。悔しいけどここは逃げさせてもらうわ。私、真剣に戦うのっていやなのよ。だけど、このまま帰るのも面白くないじゃない? だから、私よりもっと強い方に譲るとするわあ」
「なんだと? それはどういう……!? 何だ!?」
「いったい何が起こっているの!?」
「ウフフフフ……」
突然校庭に魔法陣が出現した。
ますで大地震でも起こったかのように圧倒的なプレッシャーがディックと詩音を襲った。
それは何か、巨大な、圧倒的な、存在感だった。
「何だ、この存在感は!? 校庭からか!?」
何か、圧倒的なものが来る前触れ。
「いったい何をした!?」
ディックは険しい顔をした。
「フフフ、召喚したのよ。大悪魔バールゼフォン(Baaldzephon)を」
「何だと!? バールゼフォン! 大悪魔バールゼフォンをか!?」
「そうよお。だから続きはバールゼフォンと楽しんで。それじゃあ、さようなら~」
アシェラの足元に魔法陣が現れた。
アシェラはその中に消えていった。
「ディック! バールゼフォンって何?」
「三つの顔を持つ大悪魔だ。普通の悪魔をはるかに上回る力を持っている」
アシェラが消えた後、生徒たちは魔法から解放された。
みな気を失って床に倒れた。