福音女子高等学校
詩音はディックの洋館にやって来た。
いつも通り、ノックして執務室に入る。
「入るわよ」
「どうぞ」
執務室の中にはディックがいた。
「あれからどうなった?」
「もう大変だったわ。高島先生は救急車で運ばれて、病院で死亡が確認されたって。学校中大騒ぎだったわ」
詩音は黒いソファーに腰を下ろした。
「その程度ですんだなら、よかった方だ。悪魔の力なんて使おうとするからさ」
「今回の事件で私は怖くなった。悪魔は恐ろしい存在だわ。やっぱり、いまだに信じられない」
ディックはコーヒーの入ったカップを口にしていく。
コーヒーを口の中に入れていく。
「悪魔を恐れるのは正しい態度だ。高島は悪魔を軽んじた。それが己の死を招いた。因果応報だよ」
「じゃあ、天使の前ではどういう態度を取ったらいいの?」
「さあて、それは俺にもわからないな」
ディックはにやにやと笑った。
「主よ、私たちを哀れみたまえ。私たちをいつくしみたまえ」
福音女子高校で生徒たちが主への祈りを捧げていた。
この学校は全寮制で生徒たちは寮に住みこみつつ学校に通う。
福音女子学校はキリスト教プロテスタント系の学校であった。
この学校では生徒たちは毎日必ず、礼拝を行う。
もっぱら清らかな学校と評判だった。
生徒たちは規律正しく清い宗教的生活を送るのである。
この学校はまるで修道院であった。
彼女たちは敬虔な信仰生活を過ごしていた。
校内は清浄さで満ちていた。
そんな学校を一人の女悪魔が遠くから見ていた。
「ふーん、ずいぶん清らかな学校ねえ。生徒たちは清純だこと」
女悪魔にはこの学校が清く、正しく、規律ある、宗教的な在り方がおもしろくなかった。
「清く、正しく、美しいじゃない。でも、私にはおもしろくないわね」
女悪魔はフードをかぶり、ローブを着ていた。
「面白くないから、この私がめちゃくちゃにしてあ・げ・る。フフフフフ」
女悪魔は楽しそうに笑った。
女悪魔はこれからどうするか、邪悪な企てを考えていた。
「そういえば、詩音、おまえはカトリックには入らなかったのか?」
祝日の午前中、ディックの洋館にて。
「知ってはいたけど、私の宗教性とは違うような気がして……それで私はキリスト教徒にならなかったのよ。だから普通の高校を受験したの」
ディックの執務室で詩音は答えた。
詩音は土・日・祝日でもディックの洋館に通っていた。
詩音は紅茶をカップで飲んだ。
「福音学校にも入らなかったのは、あそこは全寮制だから私には向かないと思ったの」
「なるほど、人間関係が嫌だったのか」
ディックはカップのコーヒーを飲んだ。
「あそこはずいぶん敬虔な信仰を持った人たちがいるな。ま、いいんじゃないか」
「天使のくせに妙な言い方をするのね。敬虔で清浄な信仰生活――むしろほめてもよさそうなのに」
「ほめているさ。これでもね。ただ俺は不良なんだよ」
ディックはイスを横に向けて言った。
「不良な天使って何よ、まったく」
詩音は眉をひそめた。
「それにしても、おまえは紅茶が好きなんだな。家からいろいろ持ってきたじゃないか」
詩音にはこの洋館にコーヒーしかないことが不満だったらしい。
ティーセット一式、茶葉も用意してきた。
「私はコーヒーは苦手なの」
「おやおや、このコーヒーの良さがわからないとは、哀れみさえ覚えるな」
ディックはコーヒーを口に入れた。
「むしろ、あなたのコーヒー好きこそあきれるわよ」
「俺はコーヒーを愛しているからな。これほどうまい飲み物があるとは脅威だ」
ディックはカップを皿の上に置く。
「まったく、私には理解できないわ」
詩音はあきれて言った。
「それはそうとしてだ。今度は福音女子学校から不穏な空気を感じる」
ディックは窓の外を見つめた。
「また悪魔と関係があるの?」
「その可能性が高い」
「え? だって福音女子高等学校って清浄なところなんでしょう? 悪魔が寄り付きたがらないようなところなんだけど……」
詩音は半信半疑だった。
「悪魔が何を考えているか、俺にもわからん。いつ、どこに現れるのか? その目的は何なのか? 何をしたいのか? 予測は難しいな。できるのは警戒しておくことくらいだ」
その日は突然やって来た。
福音女子学校全体が闇に包まれた。
教師も生徒も右往左往した。
いったい何が起きたのかわからなかったからだ。
闇で学校が閉ざされた。
福音学校は闇に引きずり込まれた。
この日も生徒の多くが礼拝堂にいた。
「先生、何が起きたのですか!?」
「私にもわかりません。まずは、落ち着きなさい」
教師たちの頭の中には最後の審判がよぎった。
「はあ~い、どう、この空間は? 素敵でしょう? 闇がすべてを包み込んでいるなんて」
そこに女悪魔アシェラ(Aschera)が現れた。
アシェラは礼拝堂の前に浮遊していた。
「あなたは……どこから入ってきたのですか!?」
「ウフフフフフ、いいわねえ。そのおびえた態度! すてきじゃない! とりあえず、初めまして。私は悪魔アシェラ。歓迎はしてくれそうもないわねえ。だってここは清浄で敬虔な信仰生活を送っているんだものね。清く、正しく、美しくがこの学校のモットーだったわよねえ」
教師たちも生徒たちも何が起こっているのかわからなかった。
アシェラの言っていることがわからなかった。
彼女たちはただ混乱し、おびえていた。
「理解不能って顔しているわね。いいわあ。私、この学校も生徒もあまりに敬虔だから面白くないの。だから、私が道から外れたことを、わるーい事を、教えてあ・げ・る。ウッフフフフ!」
アシェラは杖を前にかざした。
闇の魔力が校内にあふれかえる。
「さあ、闇に染まりなさい!」
アシェラの足元から魔法陣が出現した。
闇の力が生徒と教師に入り込んだ。
「聖なるものなんて無視して、もっと楽しく、おもしろいことをしましょう! 楽しくなってきたわ!」