詩音の昼食
昼時。
空は晴れわたっていた。
晴れわたる空のもと、詩音は屋上にいた。
彼女は一人で昼食を食べていた。
「よう、こんなところでメシを食べているのか?」
「ディック」
そこにディックが現れた。
「ほかには誰もいなんだな。一人か?」
「別に一人でご飯を食べてもいいでしょう。それともほかの人とご飯を食べなくちゃいけない義務でもあるの? 日本国憲法のどこにもそんなこと書かれていないじゃない?」
「ははは、日本国憲法と来たか! それはそうだ」
詩音はむっとして答えた。
「友達はいないのか?」
「特にいないわ。いいじゃない。いなくたって。私には特別必要がないもの。私は読書ができればそれでいいのよ」
「まるで、本が友達みたいだな」
「そうかもしれないわね」
ディックは詩音は座っているベンチに腰掛けた。
「この町は梅の木がきれいだな」
「そうね」
二人のあいだに穏やかな風が流れた。
ディックはこのあいだも、目を凝らして、風景を眺めていた。
それはまるでワシの目のようだった。
「それにしても、勝手に校内に入ってきていいの? 先生たちに見つかったらつまみ出されるわよ? 部外者は立ち入り禁止なんだから」
「ああ、その前にとんずらするさ。気にするな」
「ほんとに天使なのね?」
「ああ、そうだぜ。まだ信じられないか?」
「まだ信じられないわよ。このあいだの事件だって……」
「消化不良って感じだな」
ディックが笑った。
「木村さんは元通りに戻ったわ。何一つ覚えていないみたい。あんな事件に巻き込まれたなんてウソみたいに」
「まっ、それが普通なんだよ。おまえみたいに深入りする方が珍しい」
ニヤリとディックが笑った。
「私が変わり者って言いたいの?」
「いいや、そうは思わないが」
ディックはそう言うと、ズボンのポケットから缶コーヒーを取り出した。
ふたを開けて口をつける。
「また、コーヒー……よくそんなに飲めるわね?」
「ああ、最高だぜ。おまえは好きじゃないんだな?」
「私は紅茶が好きなのよ」
「ふーん、そうか。ところで」
「何?」
「おまえの親も変わり者なのか?」
「いいえ。父は普通のサラリーマン。母は学校の教師よ」
「なんだ。ぜんぜん普通じゃないか」
「そうね。その普通っていうのが食わせ物なのよ」
「おまえが違うからか? まったく、そんな普通の両親からおまえのようなのができるとはね。遺伝は関係ないのか……」
「だから、親とはあまり話をしないわ。話をするのは必要な時だけよ」
「まあ、聖書を読んでいるJK(女子高生)なんて珍しいからな」
ディックは空を見た。
白い雲が穏やかに流れていた。
「ミリエルさんはどうしたの?」
「ああ、天界に帰った。何か用事があるらしい」
「あなたは帰らないの?」
「俺は地上――人間界の方が好きなんでね。だからこっちに住んでいるんだよ。俺も変わり者でね」
「ディックは暇なの?」
「暇? どうしてだ?」
「だって、こんなところにいるじゃない」
「俺は悪魔の兆しがないか見回りをしているんだよ」
「それじゃあ、こんなところにいるべきじゃないでしょ?」
「いいや、この学校でまだなにかありそうだな」
「この学校で? まさか。あんな立て続けに事件が起きたのに?」
「俺はそういう匂いがしたからここに来たんだよ」
「信じられないわ」
「いいじゃないか。何も起きないならそれで」
「天使の仕事は人間を守ることなんでしょう?」
「そうだ。とりあえず、終末の日まではな。だけれど俺にできることにも限界はある。北海道から沖縄まで面倒見てくれって言われたって、頼まれても無理だね」
その時、チャイムが鳴った。午後の始まりを知らせる鐘だ。
「じゃあ、私はもう教室に戻るから」
「ああ」
詩音は弁当箱を片づけると、足早に去っていった。
「だが、この学校では何かありそうだ。妖しい匂いがプンプンしているからな」
ディックはニヤリと笑い、缶コーヒーを飲み干した。
力を持たなかったものが力を手にしたら何をするだろうか。
まずはその力を試したいと思うだろうか。
事件が発生した。
河川の道で、帰宅途中のサラリーマンが襲われた。
遺体には多数のかみ傷があり、野獣の類に襲われたらしい。
次いで同じく帰宅途中のOLが襲われ、死亡した。
遺体には無数のかみ傷があり、野獣にでも襲われたらしい。
河川での事件と同じかみ傷によるため、同一の野獣による事件と見なされた。
ディックは河川の道を訪れていた。
地面に手を当てる。
「まだ、魔力が残っているな……魔獣を誰かが使役したな?」
続いて、ディックはOLが殺された場所までやって来た。
また、地面に手を当てて魔力を探る。
「同一の魔獣に間違いねえな。この事件を裏で操っている犯人がいやがる」
ディックは立ち上がると、帽子をかぶりなおした。
「犯人はどこにいる?」