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Das Testament  テスタメント  作者: Siberius
Das Testament Mayu
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松井 イズミ

松井 イズミは25歳の事務員。

ある時を境にイズミの体が思うように動かなくなった。

まるで体が石になったかのような違和感をイズミは抱いた。

イズミは職場に休職届を出した。

イズミは昼からジャージでテレビを見ていた。

イズミの目に生気はない。

イズミは病院にも通ったが、原因不明と言われた。

そこにイズミの父が現れた。

今日は休日の朝だ。

「おい、イズミ……」

「……」

イズミは父を無視した。

イズミからすれば父を無視する正当な理由があった。

「おい、イズミ! 聞いているのか!」

「別に……」

イズミはそっけなく応じる。

イズミにとっては父の相手をすること自体が嫌なのだ。

父が不快感によって、声を荒げる。

「おまえ、いい加減に働いたらどうなんだ? ここ数か月も引きこもっているが、体調不良なんて我慢して、職場に行け!」

「うっさいわね! 体が動かないんだから、しょうがないでしょ! そんなこと言われなくてもわかっているわよ!」

「朝からテレビなんて見ている暇があるんだったら、職場に行くこともできるだろう!?」

父はついにキレた。

「働けるなら私だって働いているわよ! それが何? まず働けって! 人の状態も知らないくせに、よくそんなことが言えるわね! バッカじゃないの!」

イズミもキレた。

二人はヒートアップして互いをののしり始めた。

やがて双方共におさまりが付かなくなった。

ついにはくだらないことをあげつらうまで二人の品性は低下した。

「二人ともやめなさい! いったい何をしているの!」

イズミの母が二人のケンカを止めた。

イズミはこれまで何度も父と対立してきた。

イズミの父は古い考えをする人で、「人は働くために生きる」と本気で考えているような人なのだ。

しかし、そんな因習はイズミには理解できないことであった。

イズミにとっては休みは自由にとっていいもので、それを父が批判するなど筋違いなのだ。

イズミは父の「(まず)働け!」という命令を心底嫌った。

「……」

「……」

イズミと父は相互無関心になった。

イズミの母はイズミの考えを肯定的に受け止めていた。

イズミにとって母は良き理解者だった。

イズミの病気によって家庭は崩壊の危機にあった。

愛のない家族……。

日本人にとって愛は伝統ではない。

家族の愛情を知らぬまま育つ者もいる。

イズミの家族が特別ではなかった。

日本人には宗教的な愛という思想やバックボーンが欠けている。

日本人にとっては愛は必須のものではないのだ。

もっとも、幸せは人それぞれで、絶対にこうだと言えるものではない。

愛はなくても幸せだと考える人はいるかもしれない。

シベリウス教に入会する人には女性が多い。

シベリウスは愛の在り方や、思想を展開した。

それに共感を覚える女性信徒は多い。

シベリウス教徒になって初めて「愛」を知る女性もいるくらいだ。

シベリウス教では愛は推奨されている。


イズミの母セツコは聖ミリアムのセラピスト、雪之条のもとを訪れた。

セツコは慢性的な頭痛に悩まされていた。

「松井さんの頭痛の原因はだんなさんと、娘さんの確執が原因でしょう。セツコさんも、社会の規範に従うべきだという考えが強いと思います。もう少し、社会と距離を取ってみてはどうですか?」

「私はイズミが不憫ふびんでならないんです。どうして何の落ち度もないあの子が体の自由を奪われなくてはいけないのか……」

「……もし、娘さんが自身の運命を否定すれば、そういうことはありえます」

雪之条はため息を出して、真剣な表情でセツコを見た。

セツコは困惑して。

「運命ですか? 先生、それはあまりにも……」

「この件に関して、だんなさんはどうしてますか?」

「夫はイズミに対して働けというだけです。それと言いにくいことなのですが……」

「どうかしましたか?」

雪之条はまずセツコを安心させて、落ち着かせるべきだと思った。

セツコの口からは言いにくいことなのだろう。

「主人はお酒を飲むのですが……酔うと暴力を振るうんです」

「つまりDVというわけですね?」

「はい、そうです……」

雪之条はセツコの体にあざがあるのだろうと想像した。

「DVの件は私には対応できません。専門の機関に相談するのがいいでしょう。娘さんの体調不良はもしかしたら精神か、心か、のいずれかに原因があるかもしれません。どうでしょう? 一度連れてきてみては?」

「ただ……」

セツコが言葉を濁した。

下を向く。

「何かあるのですか?」

雪之条は先を促す。

セツコは何かを心配しているような顔をした。

「あの子は精神系の病院に来ることを拒絶するかもしれもしれません」

「? どうしてですか?」

「娘は精神科を頭のおかしな人が行くところだと思っているようなんです。テレビでは犯罪者といっしょに言及されることが多いので……それに精神科に通院したなんて職場にばれたら、イズミは職場に居場所がなくなってしまいます」

雪之条は再びため息をついた。

それもかなり重く。

雪之条にはセツコの言ってることが偏見にしか思えなかった。

しかし、そう思っている人が一部でもいるのは確かだ。

「そうですか……私たちは慈善団体ではありません。営利団体です。したがって、無理やりとか強制とかはしません。あくまで本人の自主性を重んじるところがあります。力づくで連れてこいとは言えませんからね。娘さんがどうしても来たくないならそれもいいでしょう。ですが、セツコさんのほうから話してはくださいませんか? 私も救える命を見過ごすのは目覚めが悪いので……」

雪之条はセツコの説得をした。

セツコが応じるかはわからない。

しかし、雪之条には希望を少しでも持たせてあげたいと思った。


イズミは相変わらず、居間でテレビを見ていた。

その時、母セツコが帰宅した。

「イズミ、いるの?」

「うん、いるよ」

「そう……」

セツコは困った。

雪之条に言われたことが頭をよぎる。

「ねえ、イズミ……おまえも私が通っている病院に行ってみない?」

「はあ? なんで?」

イズミはむっとして答えた。

イズミの引きこもりは1年に及んでいた。

母セツコはそれに焦っていた。

このままでは娘が社会から放り出されてしまう。

それでは世間に申しわけがない。

世間に顔向けできない。

「先生に相談してね、おまえの病気の原因がもしかしたら精神性のものなんじゃないかって」

それにしてもセツコは話の切り出しが悪かった。

これではイズミが不快に感じるのも無理はない。

「ちょっと、何よ! それって私が精神に病気を抱えているって言いたいの? 私は正常よ! 精神科なんて頭のおかしな人が行くところじゃない! 冗談じゃない!」

イズミは反発した。

「イズミ……考えてみてちょうだい」

セツコはすがるように。

セツコはイズミの将来が心配でたまらないのだ。

「ふざけないで! 私は行かないわよ!」

イズミは部屋を飛び出した。

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