初めての教会
そしてコーラスは解散した。
そのうち、長身で金髪の女性が近づいてくる。
「はあい、アニキ! 元気にしてる?」
「ああ今日はとても機嫌がいい。新しい信徒予備群を連れてきた」
「アニキ? どういうこと?」
マユが疑問を抱く。
「まあ、そう思うわよね? 姉と弟に見えるでしょ? アニキのこの体は本当の姿じゃないのよ」
「え? え?」
マユが目をぱちくりさせる。
理解が追い付かないという感じだ。
「まあ、そういうことだ。俺はあえて自分の真の姿を封印している。そのため、地上では子供の姿をしているというわけだ。それよりも、自己紹介でもしたらどうだ?」
「初めまして。私はアニキ……ディック・ディッキンソンの妹でミリエルというの。あなたの名前は?」
ミリエルがにこやかにほほえみかける。
それはまるで太陽のような笑顔だった。
「はい、私は小林 マユです」
「マユちゃんね。あなたはどこまで知っているのかしら?」
「え?」
マユは困惑した。
これには何かしらの真実が含まれているような気がマユにはした。
「こいつは俺が天使だということは知っている」
「そう、なら私も言うわね。私も天使なの。ただ地上では修道女という姿をしているけどね。マユちゃん、あなたの職業は?」
「あっ、えっと……」
マユは表情を曇らせた。
「あの……無職です……」
「そうなの……失礼なことを聞いたかしら?」
「えっと、前はアイドルをやっていました」
「何い?」
「え!?」
ディックとミリエルが共に驚いた。
こんなところはよく似ている。
二人は改めて兄妹なんだとマユは思った。
「それは初耳だぞ。マユ、おまえはアイドルだったのか?」
確かにマユは整った顔に、プロポーションをしている。
「う、うん。もう引退しているけどね。その時の理由も体調不良だったの……」
「そう……今でも体は悪いの?」
「いえ、前ほどでもありません。シベリウス教のことを知ってからは体が前よりよくなりました」
「こいつは宗教的人間だ。だから俺はこいつをここに連れてきた」
「そういうことね。マユちゃん、今、あなたは働かなくていいのよ。あなたにはそれよりももっと大事なことがあるの。それがあなたにとってはそれが宗教なんだと思うわ」
「そう言ってくれたのはミリエルさんだけです……あれ?」
マユのほおから一筋の涙がこぼれた。
マユは心のどこかで働かなくてはいけないと思っていた。
それは擬似宗教的呪縛であった。
働くことよりも上位に位置することがあるとは考えなかった。
ミリエルの言葉でそれが壊れた。
マユにとって宗教はファーストだったのだ。
ミリエルは働くことよりも大切なことがあると言ってくれた。
マユは誰かからそう言ってほしかったのだ。
「俺も同感だ、マユ。今のおまえは働く必要はない。日本人にとっては働くことこそが真の宗教なんだ。マユ、おまえが新しい宗教に触れたとき、対立を引き起こしていると感じたなら、それは宗教的だということだ。働くことも日本人の宗教性の一部ということだろう。おまえは今、真実の扉の前にいる。旧い在り方を克服して、新しい在り方へと移行する時なんだ」
その時、昼の十二時を告げる鐘が鳴った。
「大変! 昼の祈りだわ! アニキ、マユちゃんを借りていい?」
「ああ、いいぞ。むしろそのために連れてきたんだからな」
「マユちゃん、みんなのところに行きましょう!」
「は、はい!」
マユは恐る恐るミリエルの後についていった。
「これはこれは。新しく来られた方ですね?」
そこに切っ先を整えた、ベージュの長い髪をしていた女性がやって来た。
その人は青い戦闘服に、黒いブーツといういで立ちだった。
「私はカリナ(Karina)。この教会の牧師です」
カリナがあいさつしてきた。
非情に好意的だ。
「あ、はい。小林 マユです」
カリナは握手を求めてきた。
マユは握手をした。
「あなたは聖なる道に来たいと望んでいますか?」
マユは表情を曇らせた。
「それは……まだわかりません」
「そうですか」
カリナ牧師はマユを安心させるように。
「ここはあなたのように何か問題を抱えた女性がやってきます。シベリウス教では朝、昼、夕、夜と四回祈ります。今は昼の祈りです。どうですか、いっしょに祈ってみませんか?」
カリナが優しく促す。
「そ、その……」
マユは困惑しているようだ。
「?」
「私は、何を祈ればいいかわかりません……」
「そうなんですね。あなたの育った環境には祈るという習慣がなかったのでしょう。安心してください。初めはそういう信徒もいますから。そうですね。まずは神に何かお願いしてみてはどうですか?」
「お願い事、ですか?」
「最初のうちはそれでもかまいません。まずはやってみましょう」
女性の牧師が先導した。
ちなみにシベリウス教では女性の聖職者もいる。
女性特有の悩みは女性牧師に相談される傾向がある。
マユはほかの女性と同じようにひざまずいた。
そして、左手を握りしめて右手を添えた。
マユは心から求めていることを祈った。
(神様、私の体がよくなりますように……私の体調不良が治りますように)
マユは心から祈った。
マユは自分の心に何かすとんと落ちるのを感じた。
それは何か足りなかった部品が埋め込まれたようだった。
「ねえ、マユちゃん、ちょっといいかしら?」
「何ですか、ミリエルさん?」
「シベリウス教会には体験入会という制度があってね。つまり、入会のお試し期間なのよ。もしよかったら、それを受けてみない?」
「それは……」
マユは困惑した。
マユは普通の仕事につけるように願っていたからだ。
「別に無理にとは言わないわ。あくまであなたの意思を尊重するわ。どう?」
「……少し、考えさせてください。私にはまだ分からないんです。シベリウス教の『信者』になるのが……」
マユは信者と言った。
それにミリエルが反応する。
「マユちゃん、私たちは『信者』とは言わないの。『信徒』と呼ぶのよ」
「あっ、ごめんなさい」
マユは悪いことを言ってしまったと思った。
ミリエルが訂正する。
「気にしないで。信者という言葉にはダーティーなイメージがあるから、シベリウス教では使わないのよ。『信徒』とか『教徒』とか呼ぶの」
この時、ディックたちの様子を陰からのぞいている男がいた。
ディックはその視線に気づいた。
ディックは窓に近づき、視線をワシの目……俯瞰的に上空から眺める目――であぶり出す。
ディックはワシが上空から眺めているようにその対象を捉えた。
「あそこか……」




