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Das Testament  テスタメント  作者: Siberius
Das Testament Mayu
32/60

小林 マユ

小林 マユは慢性的な体調不良に苦しんでいた。

マユはいくつもの病院を受診したが、結果は芳しくなかった。

いくつもの病院を転々としたあげく、わらをつかむ思いでほかの病院にやって来た。

マユの体調不良はここ数年前からあったのだが、休みを取ってしのいでいた。

ここ数年は、もはやできることはできなくて、はっきりと治療に向かい合うことになった。

ところが、病院の検査ではマユの体調に異常は見つからず、マユは健康そのものだった。

どこにもおかしなところは見当たらない。

医師たちは首をひねった。

いろんな医師に診てもらい、また最先端の病院に行きもしたがそこでも、マユは身体に異常なし、原因不明と言われた。

ある医師からこんな指摘があった。

むしろ精神的なものが原因なのではないか? 

この発言に母のランコは激高した。

ランコは「精神科」は精神に異常がある人がいくところで、ウチの娘はそんなところの患者ではありません、と声を張り上げた。

これは明らかに母ランコの偏見であった。

医師とランコは口論に近い議論の末、精神科を受けるかどうかはマユ本人に一任することにした。

マユは「精神科」を受けることにした。

マユは現在24歳。無職であった。

この体調不良のため、体がいうことを利かないのだった。

具体的には短時間の座り作業でも体力的にきつかった。

そのため、この四年は闘病生活を続けていた。

そうしてマユは精神科を訪れた。

「小林さん、小林 マユさんどうぞお入りください」

「失礼します」

マユはドアを三回のノックした。

部屋の中には白髪交じりの髪をオールバックにした医師がいた。

「初めまして。私は『中山』です」

「はい、初めまして、小林 マユです」

「小林 マユさん、どうかおかけください」

中山医師はデスクの前のイスを示した。

マユはイスに座った。

その隣に母のランコが座った。

「まずは病気のことを理解することから始めましょうか。マユさんが体調を崩したのはいつごろからですか?」

「はい、症状自体が出てきたのは15歳のころからです。学校の部活中に倒れ、その後救急車で運ばれたのが最初です」

「マユさんの現在の年齢はいくつですか?」

「はい、24になります」

「ということはかなり前から症状が出ていたというわけですね?」

「はい、そうです」

マユは今でも最初に体がおかしくなった時のことを覚えている。

体全体が鉛をつけられたように重くなり、呼吸も整わない。

まるでこのまま死んでしまうのではないかと思った。

それほどの死の恐怖をマユは味わった。

その時は肉体の疲労が極限状態に達したと診断されたのだが……。

マユはその時以来、体調不良という爆弾を抱え込んだ。

中山医師が話を進める。

「そうですか……九年前からそういう症状を抱え込んできたということは実に苦しかったでしょう」

中山はその後も質問を続けた。

質問は家では何をしているか? 

休日はどう過ごしているのか?

何か薬は飲んでいるか?

外には出れるのか?

などだった。

中山医師はマユの精神に異常は見つからないと言った。

「それはどういうことですか! 私たちは苦しんでいるんです! その私たちに対してあんまりじゃありませんか! 私は娘の病気を治してくれる医者を求めているんです! なんでこんな精神異常を疑われるようなところにまで来たと思っているんですか! 先生! あなたは偽善者です!」

ランコがまくしたてた。

あまりに大きな声で言われたので、診察室の外にまで聞こえるほどだった。

ランコが言いたいことはつまり「この無能!」ということだった。

ランコたちは病院を転々としていたため、医療費も多くかかっていた。

「まあ、まあ、お母さん、落ち着いてください」

「これが落ち着いてなんて、いられますか!」

「おそらくマユさんの病気は心因性でしょう」

「心因性?」

マユがその言葉に関心を持った。

「人間は精神と心、肉体と三つの領域に分かれてるのですが、そのうち心は精神と肉体をつなぐものなんです。心が病むと肉体に異常が生じます」

「ウチの娘の限ってそんなことはありません! それは差別ですよ! 娘の心は正常です! 先生は間違っておられます!」

ランコは堂々と自論を言い切った。

「まあ、とりあえず、精神を安定させるお薬を出しますから、しばらく様子を見ましょう」


マユはランコの車に乗っていた。

ランコはいら立っていた。

「精神科医なんて信用できない!」

ランコの車はスピードが出すぎで荒々しい運転をしていた。

マユとランコはこうしていくつもの病院を回り、試行錯誤していた。

「それにしても、医者ってのはどいつもこいつも役立たずばかりだね! マユの病気を治せないなんて、カネを搾り取るために真剣にやっていないんじゃないんだろうね!」

「お母さん、さすがにそれは言いすぎだよ!」

マユがランコに抗議した。

「はあ、おまえは少しは怒りをぶちまけたらどうだい? どの医者に見せても、原因不明ばかりじゃないか」

「怒ったってよくならないよ」

ランコはその後も悪態を続けた。

さすがにマユも聞きたくなくなるほどだったので、マユは助手席から外の風景を眺めることにした。

桜の花びらが宙を舞っている。

季節は四月であった。

「ねえ、お母さん」

「何だい?」

「近くの公園で降ろしてもらえないかな?」

「公園で? 公園に何の用があるんだい?」

「家の中でじっとしていると、気分がまいってしまいそうな気がして……外で新鮮な空気が吸いたいの」

マユはランコの車から降りた。

近くの公園……ここはマユが幼少期からよく遊んだ、思い出のあるところだった。

マユはベンチに腰掛けた。

体が重い。

うまく動かない。

マユはため息をついた。

マユはこの病気をどうすれば治せるのか、それが知りたかった。

この病気を治すためにマユは神社や寺、さてはパワースポットにまで行った。

そこまでやるかと思えるほどだった。

普通は病気でもパワースポットにまで連れて行ったりはしない。

ランコは毎日仏壇に手を合わせて祖父母に祈っていた。

マユは道路から声を聞いた。

それは子供だった。

小学生だろう。

入学式だったのか、スーツを着た母親といっしょだった。

マユは自分の子供時代を思い出した。

その後楽しそうに話をしながら高校生たちが歩いて行った。

四人のグループだった。

マユの目から一筋の涙が流れた。

マユは自分が世界から見放された存在だと思った。

周囲の人々も物も、時を刻んでいく。

なのに自分は時が止まっているかのようだ。

時間は停止して、自分一人だけ取り残されている。

そう思った。

あの小学生や高校生にはこんな苦しみなど無縁なのだ。

なぜ自分だけが苦しまなければならないのだろう?

何か自分は悪いことをしているんだろうか? 

もう誰でもいいから助けてほしい。

助けてくれる人ならだれでもかまわない。

これ以上、つらいのを我慢するのは耐えがたい。

マユは空を見つめた。

マユは自殺を考え始めた。

自殺すればすぐ終わる。

もう苦しまなくて済む。

その時。

「おまえ、泣いているのか?」

「?」

マユは声がしたほうを見た。

そこには男の子がいた。

男の子は黒い帽子に、黒い服、黒のハーフパンツ、黒の靴、そして銀色の髪という特徴があった。

この子は日本人ではないと、マユは思った。

男の子はニヤリと笑うと、マユの隣に座った。

男の子はズボンのポケットから缶コーヒーを取り出した。

男の子が缶コーヒーに口を開けて、口をつける。

「ふう……いいねえ。やっぱり、コーヒーは最高だ」

マユは困惑した。

マユにはこの男の子が光輝く何かを持っていると思えた。

マユは目を大きく開けた。

「で、おまえはどうして泣いているんだ?」

男の子はほほえんだ。

マユにはそのほほえみが何もかも見通しているように思えた。

「私は自分のことが知りたいの……自分がどうしてこんな状態なのか、それを知りたい……」

「おまえ、体の具合が悪いのか?」

「ええ、四年前から、体が重りをつけられたように重いの……」

「ってことは、おまえは無職か?」

「そうね……私だって本当は働きたい。そして実家を出て行きたい。でも、こんな体の状態じゃ夢のまた夢ね」

マユは自嘲気味に笑った。

「これ、飲むか?」

「? 缶コーヒー?」

男の子は缶コーヒーをマユに差しだした。

「いらない。別にのどは乾いていないから」

「そうか」

「……あなたは私立の小学生? こんなところで何をしているの?」

「俺か?」

男の子――ディックは帽子を取ると、くるくると回した。

「俺は迷える子羊を導いているのさ」

「あはは! 何、それ?」

マユはおかしくて笑った。

こんな風に笑うのは何年ぶりだろう。

「さまよえるたましいに、たましいの救済を」

「何、それ? 宗教みたい」

「ははは、もちろん宗教だよ。ところで、おまえはたましいという概念を信じるか?」

「え?」

「だから、たましいだよ、たましい! 信じるか、信じないか?」

「そうね。魂の存在を信じないほど私は無神論者じゃないわよ」

「たましいってのは人間の胸にあるものなんだ。俺は人間にはたましいがあるということを知っている。だから、たましいが訴えてくることもある。たましいが救済を求めているとしたら、それは本物だよ」

ディックは帽子をかぶりなおした。

「なんだか、難しいことをあなたは言うのね?」

「俺にとっては簡単で至極ありきたりのことなんだがなあ……じゃあ、俺は帰るわ。邪魔したな」

そう言うと男の子は去っていった。

マユは一人ぼっちになった。

ふしぎな男の子だと、マユは思った。

マユの目からはこの男の子がまるで大人のように見えた。

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