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Das Testament  テスタメント  作者: Siberius
Das Testament Shion
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平穏なひと時

平穏な時が流れていた。

ディックは洋館の執務室で哲学書でニーチェの「ツァラトゥストラはかく語りき」を読んでいた。

今日、この洋館にはサリエルと詩音もいた。

サリエルはラジオから流れる音楽に耳を傾けていた。

詩音は黒いソファーに座りつつ、聖書を読んでいた。

詩音はときおり、紅茶のティーカップに口をつけた。

今、ミリエルは洋館の外で園芸をしていた。

園芸はミリエルの趣味の一つであった。

ミリエルはアイリスを洋館の庭に植えていた。

このアイリスは紫色の花を咲かせるだろう。

生育し、花が咲くころがミリエルにとっては今から楽しみであった。

どんな花を庭に植えるか、それはディックと相談して決めた。

この洋館はイギリス貴族風の作りで、外観は真っ白。

内部の家具、調度品は黒で統一されていた。

ディックは黒を一番好んだ。

したがって内部の調度品は黒一色なのだった。

それだけではない。

洋館内のあらゆるものにディックは管理の目を向けた。

それは洋館内のすべてに貴族趣味を求めたからである。

つまり、アンティークな調度品をディックは求めた。

ディックにとって「黒」は特別な色である。

黒とは「高貴」な色である。

一時期ラジオを洋館に持ち込むべきか否か、ディックは真剣に悩んだ。

それはラジオの形状と色彩がこの洋館の美的感覚とそぐわないのではないか? そうディックは思ったからである。

ディックはラジオの番組は好ましく思っていた。

そこであくまで「黒い」ラジオを探した。

それを入手するのにかなり苦労したのだが……

テレビも執務室に置いてあった。

もちろんその色は黒である。

とはいえ、この洋館ではテレビはあまり使われることはなかった。

一方、詩音が持ち込んだティーセットは金色の縁取りに白であった。

「黒」ではなかったがこの「白」はディックの耽美趣味と調和していた。

ディックはコーヒーカップを手に取り、コーヒーに口をつけた。

執務室では特に言葉が交わされることはなかった。

「ねえ、ディック?」

「ん? なんだ、詩音?」

「何でこの家の家具は黒ばっかりなの?」

「それは俺が黒が大好きだからだ。黒は高貴な色なんだよ。それに俺の貴族趣味の反映だからだ」

「なあんだか、単調なような気もするんだけど」

「それは美学の問題だな。俺は黒で家具や物を統一しているんだよ。残念だが紙や、石けんまで黒というわけにはいかないんだが……おまえのティーセットは品がいいな。白いがこの家の貴族趣味と損なうことなく調和している」

「ありがとう。ところで洋館の外側の色は黒くしなかったのね?」

「ああ、それか……まったくそれは俺も残念極まりないところなんだよ。外側は白にせざるを得なかったんだ」

ディックは黒い帽子を手に持ってくるくる回した。

「こいつは、この帽子は黒なんだがなあ……」

「どうして外観を白くしたの?」

「それはな、周囲の家と色彩を合わせるためだよ。建築の美感を損なわないようにするためだ。本当は黒くしたかったんだが……そう、『ブラックハウス』にね。残念なことに『ホワイトハウス』になってしまった」

ディックはニヤッと笑った。

「うふふ、なにそれ。ホワイトハウスだなんて」

詩音はおかしそうに笑った。

「ねえ、ディック。ディックは聖書を読んだんでしょう? その中でどこが好き?」

「そうだな。まずはこれだ。アブラハムの召命と移住だ。『主はアブラムに言われた。あなたの生まれ故郷、父の家を離れて私が示す地に行きなさい』。ほかにはヨハネ福音書がある。『初めにことばがあった。ことばは神と共に在った。ことばは神であった。このことばは初めに神と共に在った。万物はことばによって成った。成ったものでことばによらずに成ったものは何一つなかった。ことばのうちに命があった。命は人間を照らす光であった』。これだ」

ディックは聖書の一節を朗読した。

「ヨハネによる福音書はなんだか、難しかったわ。私には今一つよく飲み込めなかったの。私は旧約は後回しにして新約から読んだから、まだ旧約は読み終わってないの。毎日少しずつ、読んでいるんだけど」

「まあ、聖書は普通の文庫ではないんだ。読むのも理解するのも時間がかかるさ。聖書は『聖典』だからな」

ディックはコーヒーに口をつけた。

コーヒーは冷めていた。

どうやら話をしている最中に冷めてしまったらしい。

ディックは一気に冷めたコーヒーを飲みこんだ。

ディックは黒い帽子をかぶりなおした。

この帽子はディックのお気に入りだった。

この黒い帽子はディックが「労働者」であることを示す「しるし」であった。

「ザドキエル、一ついいか?」

「何だ。サリエル?」

サリエルはディックのことをザドキエルという。

この二人は付き合いが実はかなり長いのだった。

「俺はずっと気になっていた。それは冥界の諸力のことだ」

「奴らがどうかしたのか?」

サリエルはディックのほうを向いた。

「俺には奴らは死ぬと灰になる……その事実がどうしても気になる。奴らは必ずしも強くはないが、その凶悪さは異常なほど突出していた。俺たちは奴らを冥界からやって来た存在――すなわち、冥界の諸力と呼んでいる。ところが、奴らは冥界にとっても異物ではないのか?」

「確かに、そうかもしれないな。奴らは冥界に『滞在』していただけであって、冥界にとっても異物なのかもしれない。というより、『奴ら』にはこの宇宙のどこにも居場所がないんじゃないか?」

「奴らはいったい何なんだ? 奴らはまるで燃えカスから作られたようだ。およそ世界のどこからも存在が認められないものたち……俺には考えられない。俺には理解できん」

「二人ともいったい何の話をしているの?」

そこに詩音が二人の間に割り込んだ。

「このあいだの話だ。このあいだ、俺たちは隣町に行ってラーメン屋を訪れた。ラーメン屋でラーメンを食べた後に、怪物どもが現れた。俺たちはそれらの怪物どもと戦った。そいつらは死ぬと灰になった。俺たちはそんな怪物どもとの戦いについて話していたのさ」

ディックが詩音に説明した。

「私がいないあいだにそんなことあがったのね……ところで、冥界って何?」

「冥界とはこの世界の外れにある、地下深くに存在するあの世だ。暗くて冷たいところだ。地獄と違うのは地獄は灼熱のマグマが川になって流れていたり、噴出しているところだ。わかりやすく言えば、冥界は暗くて冷たい。地獄は熱い、そういうところだ。地獄には業火が、ゲヘナの火があるからな」

「そんなに怖がらせないで」

「問題は奴らとどう戦うかだ。奴らは悪魔ではない。あやかしのような存在でもない。ザドキエル、奴らはいつどこで現れるのか、予測が不可能だ。それだけではない。俺はどうしても奴らの存在そのものが気になる。奴らは生まれるべき、存在すべきものたちではなかった。そうなのではないか? 俺は奴らを悪魔以上の脅威と見なしている。奴らは危険だ。その危険性は計り知れない」

サリエルが淡々と話を進めた。

「ディック、そんなに危険なの?」

詩音がディックに尋ねた。

ディックは少し考え込んだ。

そして、シャフカとの戦いがディックの頭をよぎった。

俺はお前を殺す。

この俺の剣でな。

こいつは危険だ!

ディックはそんなことを思い出した。

「ああ、危険だ。奴らは猛毒を持っていた。その猛毒は一撃で人間を即死させるものだった。奴らが強くないのは幸いだよ」

「奴らは空間を歪曲させて現れる。その時には空間にゆがみが生じ……!?」

サリエルの言葉は強制的に中断された。

ドアが勢いよく開けられた。

そして、ミリエルが姿を現した。

「アニキ! また空間に歪みが起こりつつあるわ!」

「ああ、空間の歪みを感じる! これは間違いなくバグホールだ! かなり多くのバグホールが発生した!」

「それも今度は梅園市にな。外に出るぞ。俺たちは迎撃し、迎え撃つ! それと、今回は『猫の手』でも借りたいところだ」

そう言ってサリエルは詩音を見た。

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