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9(ティナ)

(side ティナ)


「申し訳ありませんが――」


ああ、ついに夢の様な期間が終わってしまうのか。

ジェームス様が口を開いた瞬間そう思った。


だって、当たり前だ。

ジェームス様は何も悪いことをしていなくて、だから彼は報われるべきなのだ。

私の様な人間以外から腫物に触るような扱いを受けず、彼の高い能力が生かせる場所で生きるべきだ。


だけど、この短い期間で欲張りになってしまった心の所為で涙が止まらない。

身分に合わない望みは捨てて、ジェームス様を正しい道に戻さないといけない。


謝りの言葉を口にしようとしたとき、ジェームス様が続きを話し始めた。

それは、私としては予想外のものだった。


「陛下。大変申し訳ありませんが、私は第一王子殿下を御止めすることが出来なかった無能でございます。

その無能に変わりまして、すでに弟が伯爵家の跡取りとして婚約を決め家督を継ぐべく準備をいたしております」


彼は遠回しではなくかなり直接的に、彼が復帰してそれで終了ではないと伝えていた。


「私の元婚約者も新しく縁組を進めていると聞きます。

この無能のために陛下や公爵家が動く訳にはいかないと愚考いたします。

私は一臣民として、一平民として陛下にお仕えしたく存じます。

このティナとともに」


魔道具を通した文化、経済発展という形で必ずや陛下のお役に立って見せます。

そうジェームス様ははっきりと言った。

私は嗚咽をこらえるのに必死になってしまった。


本当に、彼はそれでいいのだろうか。

ジェームス様を見ると、彼は本当に穏やかな表情で笑みを浮かべた後、私の涙でぐしゃぐしゃの顔をハンカチで拭ってくれた。


「本当にそれでいいのですか?」


後悔はなさいませんか?というニュアンスで第二王子が聞いた。


「私はもうほとんどの人を信用できませんので。

そのような者が、殿下のお近くに侍るなど恐れ多い」


ジェームス様がそう言うと、ふう、と王子は天を見上げてそれから「それなら仕方がないね。なるべく早く成果を上げて叙爵するように」と言った。


私たちは二人で大きく礼をしてそれから宮殿を後にした。


* * *


「ジェームス様を試していたなんて……」


何よりも悔しかったのはそこだ。

試すにしてもあんな茶番以外にもきっと方法があったのではないかと思う。


「それはもういいよ」


ジェームス様はどこかすっきりとした顔でそう言った。

それから「俺たち子供の時に会ってるな」と言った。

私が頷くと、ジェームス様は「やっぱり」と言って笑った。


「泣き顔をみて思い出したよ恋人殿」


勝手に婚約者を別で見つけてしまっていたんだなあと言うジェームス様は多分子供のころのことを思い出していた。


「子供の時の話ですから」

「でも、婿にしてくれるって言うのは本当だろう?」


あの時の言葉は本心だ。だからもう一度頷く。


「あの時の指輪をまだ持っているのか?」

「はい。原点ですから」


そう言ってネックレスのチェーンごと指輪を取り出して彼に手渡す。

それをジェームス様は懐かしそうに眺めた後、「いいよ。婿入りをしようか」と答えた。


「殿下達とお約束した通り、早いうちの叙爵に向け頑張りたいと思います」

「ん。二人で頑張る、だろう?」


ジェームス様はそう言うと私の手を優しく握った。

その手はあの幼い日とは違って力強い男の人の手になっていた。


私はポロリと一筋だけ新たな涙を流して、それから「これからもよろしくお願いします」と言った。



それからジェームス様はよく働いた。

魔道具の流通を整え、スミス商会のブランドを確固たるものにしてくださった。

それは私たち平民にはない貴族社会のやり方だった。

その合間を縫って彼は魔道具技師としての力もめきめきとつけていった。


最初の約束より男爵になるのは少しだけ遅れてしまった。

けれどそれは、二人の功績を認められたもので叙爵の後は二人で手を取り合って喜んでしまった。


時々、あの茶番は試験だったと知った日彼は貴族に戻った方が良いのではないかと思うことが今でもある。

だけどその度ジェームス様は「ティナ、俺は今の仕事が天職だと思っているよ」と言う。


実際、あの幼き日から彼は魔道具を前にすると誰よりも楽しそうだ。

今では天才の名は彼のものだ。


私の指には彼が新たに改良した魔道具のついた指輪がはめられている。

それはあの時の指輪と同じように美しい匂いを出して、それから身を守る守護の力が書き込まれている。

結婚するときにジェームス様が作ってくださった宝物だ。


「ああ、またそれを見ている」


まだ、未熟だったから少し恥ずかしいよ。

そうジェームス様が言う。


けれど私にとってこれは宝物なのだ。


「これは二人の原点ですから」


私がそう言うと、ジェームス様は一瞬きょとんとした後、私に向かって愛おし気な笑みを浮かべた。


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