4(ティナ 過去)
つまらなさそうと言われて私は少し驚いた。
ちゃんと淑女教育は進んでいて、私はちゃんと微笑んでいたはずだ。
けれど、そんな貴族の笑顔を常日頃から見ているジェームス様にはそうは見えなかった様だ。
「実は俺も、ちょっとつまらないんだ」
そう言ってジェームス様は芝生の上に座り込んで私を隣に座る様に促した。
私は隣に座る。
ジェームス様は今日の集まりの中で一番高位の貴族である伯爵の令息だ。
必然的に彼がリーダーの様な存在として子供たちは遊んでいた。
それなのに、つまらない?
私は少し不思議に思った。
「なら、どんなことなら楽しいんですの?」
私が聞くとジェームス様はよくぞ聞いてくれましたとばかりに笑みを浮かべた。
「これさ」
彼が懐から取り出したのは、指輪、否、指輪型の魔道具だった。
それはそこからうっとりとするような匂いを出すという当時大流行した魔道だった。
恐らく動力切れなのだろう、指輪についている石は薄暗くくすんでしまっていたけれど、残り香が少しだけする。
「魔道具!!」
私は思わず少し大きな声を出してしまった。
淑女はこんな風に大声は出してはいけない。家で何度も言われていたことだ。
それに魔道具が好きなんて淑女らしくない。
けれど、本当は大好きな魔道具をみて思わず弾んだ声を出してしまった。
「君も魔道具が好きなのかい?」
そう言われて思わずうなずく。
そうしたらジェームス様は嬉しそうに、笑った。
それから、彼も実は魔道具が大好きなのだと教えてくれた。
その日たっぷりと魔道具の話を二人でした。
今日持っていた指輪は彼のお母さんが使い終わった魔道具をもらったらしい。『好きな子が出来たらあげてもいわよ』って言っていたと困った様にジェームズ様が言った。
それから、商談のために何度か、貴族の奥方様が集まるときに遊びに行った。
その度にジェームズ様と二人隠れては魔道具の話をした。
「ティナはいいよな。平民だから魔道具の仕事ができて」
ジェームズ様は言った。私は首を横に振った。
「私の両親は私に淑女教育をして貴族に嫁がせたいようですから」
「なっ……」と言ったきりジェームス様は黙ってしまった。
多分きっと両親に魔道具に関わる仕事をしたいと言っても大反対されるだろう。
「この金髪だって貴族に溶け込めるよう染めた物なんですよ」
話を変えようと私が言うと、ジェームス様は「なんだよそれ!」と言った。
親のために何もかもを諦めようとしている私を怒る様な口調だった。
「ティナの本当の髪の毛の色は」
「赤です」
「俺は赤の方が好きだ!」
そうジェームス様は言った。
「こんなに魔道具が好きなら、変わる必要はないだろ。
そんな風に貴族に無理矢理合わせる必要なんてないだろ!
そんなつまんなそうな笑みをふりまく必要もないだろ!」
ジェームス様はそう言ってから「俺は魔道具の話をしているときのティナの笑顔の方が好きだ」と言った。
私はそれがうれしくて、うれしくて、ついポロリと涙が一筋こぼれてしまった。
それをみたジェームス様はギョッとしてそれから持っていた自分のハンカチで私の涙をぬぐってくれた。
それから、ジェームス様はうやうやしく懐から取り出した指輪を私にはめてくれた。
「それあげるから、ティナは絶対にあきらめるな」
ジェームス様は確かにあの時そう言った。
それから「大好きだから渡すんだからな」と私にそう言った。