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2(ティナ)

(ティナ side)


この人が、幼いころのことを何も覚えていないことなんて端から承知している。


「私、スミス商会の長女ティナと申します」


彼にとって私は失脚したとたん現れた胡散臭い女。

だから「馬鹿にしているのか?」という言葉が出るのも当然だ。


「まさか。馬鹿にするわけが御座いません」


私がそんなことをするはずが無い。


「貴族の地位が金で買えるほどの商会であれば、これから勘当される人間を迎えても意味が無いだろう。

それとも貴族の血を取り込みたいとでもいうのか?」


声に出して言ってしまってから、しまったという顔をするジェームス様は昔と変わらずお優しい。

貴族の血を取り込みたいという考え方があるのかと驚く。


けれど、私の目的はそういうのとは違う。


「ただ、私があなたのことを好きだから申し上げております」


私がそう言うと、ジェームス様はもっと驚いた顔をした。


「平民の結婚は貴族程政略に基づいていないのですよ」


そう一般論を言う。

実際、うちの様な商会は貴族で言うところの政略結婚の様なものは当たり前のものとして行われているが、別に今そのことを説明する必要はないと思った。


目の前の人のことがずっと好きだったという事だけは確かな事実なのだから。


ジェームス様は驚いた顔をしたのち私を頭の先から足の先まで眺める。

その瞳が少しだけ落胆の色を見せるのが分かった。


私は貴族の価値基準では美しくはない。

恋愛の相手に選びたいという容姿はしていないから。


「……そうだとして、何故いきなり“婿”なんだ」


訝しむ様に彼は言う。

だって、『恋人になって欲しい』というつもりは全くなかったから。

けれど、それを説明するのは難しい。


だって、彼は何も覚えていないようだから。


私とジェームス様は幼いころに出会っている。

そこで、まるでおままごとの様な恋人同士になったのだ。


それが本物の恋人じゃないという事はちゃんとわかっている。

だけど別れようと言われたことも無いのだ。


私だけはその思い出を大事にして生きているのだ。

私は今でも恋人同士のつもりなのだ。


だから付き合って欲しいとはいえなかった。

それに今の彼に何か利益を渡せるとしたら、その位しか思い浮かばなかった。


「あなたと結婚したかったから……」


その言葉には嘘はない。

はあ、とまたジェームス様が溜息をついた。


「お前と結婚して俺になんの利益がある」


ジェームス様が私をにらむ。


「私はこう見えて、天才と呼ばれる魔道具技師なんですよ」


自分で自分のことを天才だと言ったことは初めてだった。


「あなたに、貴族の世界で返り咲くための資金と魔道具技師として私が築いた人脈、それに、今すぐは無理ですが貴族籍を必ず」


私がそう言った後、ジェームス様は「ティナ……」と何かを考える様に私の名前を口にした。

久々に名前を呼ばれて、うれしくなる。


彼は少し何かを思案するような顔をした後、「魔道具技師のティナって、王都の防御結界装置を刷新したという……」と言った。


私はどちらかというともっと生活に密着するようなものを作る方が好きだけれど、あの仕事をしたおかげでこの人に認識してもらえていたならあの仕事に携わって良かったと思った。


「はい。そのティナで間違いないと思います」


私がそう答えると、「魔道具の工房を見せてもらえないだろうか」そう彼は言った。

私の告白への返事はない。

けれど、今も彼が魔道具に興味があるとわかって私は涙が出そうなくらいうれしかった。

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