星を拾う
冬の日のどこか物悲しい夕暮れに、息を白く吐きながら、幼い兄妹が手をつないで歩いていました。お兄ちゃんのリロは八歳、妹のルルは五歳。小学校の帰り道、保育園に妹を迎えに行くのはリロの大切なお仕事です。
「さむいね」
「……うん」
ルルは不機嫌そうに短くそう答えました。お迎えに来たのがリロだということが、どうしても受け入れられないのでしょう。だって季節が変わる前までは、お迎えに来てくれるのはお母さんだったのですから。ルルは口を尖らせて地面を見つめています。リロは空を見上げました。
藍色に染まり始めた空に、きらりきらりと星が流れ、消えていきました。
リロとルルのお母さんは、いつもニコニコしていて、ふんわりで、焼きたてのパンの匂いがして、二人はお母さんのことが大好きでした。けれどお母さんは、あまり身体の強くない人でした。急に冷え込んだ日の夜、お母さんは倒れ、それ以来、病院のベッドで眠り続けています。
お母さんが目を覚まさなくなってから、お父さんはとても朝早く起きてリロのお弁当とみんなの朝ご飯を作ってくれるようになりました。リロとルルのお夕飯も前の日の夜に作ってくれるようになりました。遅くまで働くようになりました。時々ぼうっとするようになりました。そして、無理をして笑うようになりました。
お母さんが目を覚まさなくなってから、ルルはわがままを言わなくなりました。我が家のお姫さまだったルルが、あまえんぼうのルルが、一人でお絵描きをして、一人でお片付けができるようになりました。好き嫌いも言わずにご飯を食べるようになりました。「お母さんが帰ってくるまでいい子にしていてね」とお父さんに言われたからです。そして、ルルはあまり笑わなくなりました。
リロには、どうすることもできませんでした。
「おにいちゃん。あれ、なぁに?」
空を見上げながら歩いていたリロは、その言葉でルルの指さすほうに目を向けました。そこは道端の草むらで、何かいるのでしょうか、カサカサと草が揺れていました。
「なんだろう?」
リロはルルから手を離し、おそるおそる草むらに近付きます。そして上から草むらの中を覗き込み、ハッと息を飲みました。
「これ……」
そこにはリロの両手にすっぽりと収まるほどの大きさの『まる』がいました。『まる』は弱々しい光を放ちながら、不安そうに揺れています。『まる』が揺れるたび、その身体が草に触れて音を立てていました。ルルがトトトと駆けてリロに並びます。ルルも草むらを覗き込み、そして少し首を傾げました。
「これ、なぁに?」
リロはこの『まる』に、どこか見覚えがありました。さっきまでずっと見ていた、見上げていたもの。
「……もしかして、星、かな?」
ルルが目を丸くして、「わぁ」と歓声を上げました。そして少しでも近くで見ようとしゃがみ込みます。じっと星を見つめ、ルルは悲しそうに言いました。
「げんき、ないね」
空にある星とはまるで違い、この星の光はロウソクよりも頼りないほどです。落ち着かなさそうに揺れている様子は、心細さの現れのようでした。リロもルルの隣にしゃがみ込み、この小さな星を見つめました。
「空から、落っこちちゃったのかな?」
星はどこか苦しそうに、光を強めたり弱めたりを繰り返しています。本当は空に帰りたいけれど、それができないほどに弱っているのでしょうか?
ルルはしばらく星の様子を眺めていましたが、やがて意を決したようにそっと星を両手で包み、立ち上がりました。リロは慌てたように「こらっ」と声を上げます。だって星なんてものを捕まえてしまって、本当にいいのでしょうか? しかしルルはキッとリロをにらみつけて言いました。
「だって、このままじゃ、しんじゃう!」
ルルの剣幕にリロは驚き、そして納得しました。ルルは少しだけ、この星とお母さんを重ねているのです。お母さんを助けたいのと同じように、この星を助けたいのです。何もできないのが嫌なのです。リロは立ち上がり、「わかった」と言ってルルの頭を撫でてあげました。
「帰ろう」
リロがそう言うと、ルルは星を包む両手を胸の前に大事そうに持ってきて、使命感に満ちた真剣な表情で歩き出しました。ルルの服の端を掴み、リロはルルと並んでおうちに帰ったのでした。
二人がおうちに帰り着くと、ルルは早速台所のお菓子カゴからお菓子をひっくり返して、空っぽになったお菓子カゴに古い麦わら帽子を逆さにして入れると、麦わら帽子の頭を入れるところに綿を敷き詰めて星のベッドを作りました。星をそっとベッドに乗せると、星はちょこんとそこに留まり、不安そうにユラユラしたりはしなくなりました。どうやらこのベッドが気に入ってくれたようです。散らばったお菓子を拾い終え、リロは満足そうな顔のルルに言いました。
「星は物置の奥に隠しておこう。そうしないとお父さんに見つかっちゃうよ」
二人は星のことをお父さんにはだまっていることにしました。だってもし見つかったら、きっと「元の場所に戻してきなさい」と怒られるに違いありません。以前にルルが仔猫を見つけて連れ帰った時にも、お父さんは仔猫を取り上げ、どこかに連れていってしまったのです。だから、二人は星をこっそりと物置の奥に隠して、元気になるまでかくまうことにしたのでした。
星を拾って三日が経ち、リロとルルはうーんと腕を組んでベッドの上の星を見ていました。星はずっと大人しくベッドに座っていて、放つ光も弱々しいまま。とても元気になったとは思えません。ルルはそっと星を撫でてあげました。星は気持ちの好さそうに、しりん、と澄んだ音を立てました。
「星は何を食べるんだろう?」
リロが腕を組んだまま首を傾げます。ルルは驚いたようにリロを振り向きました。
「おほしさまはものをたべるの?」
「わからないけど、食べないとお腹がすくんじゃないかな?」
リロの言葉に感心し、ルルは「ほー」と星を見つめました。
「おばあちゃんに聞いてみようか」
明日は土曜日。毎週土曜日と日曜日は、お母さんが倒れてからずっと、リロとルルはおばあちゃんの家で過ごすことになっています。おばあちゃんは二人の知らないことをたくさん知っていて、いろいろなことを二人に教えてくれます。星が何を食べるのか、おばあちゃんならきっと知っているに違いありません。
「うん」
星を優しく撫でながら、ルルは大きくうなずきました。
土曜日の朝が来て、リロとルルはいつもと同じように、お父さんの車でおばあちゃんの家を訪れました。お父さんは玄関先でおばあちゃんに「リロとルルをよろしくお願いします」と頭を下げ、「いい子にしているんだぞ」とルルの頭を撫で、リロに「ルルを頼むぞ」と言って、行ってしまいました。お父さんの顔はひどく疲れたような影が射して、だからでしょうか、ルルのポケットが不自然にふくれていることも、ポケットが何かにぶつかってつぶれないようにと変な動きをしていることも、気付いていないようでした。
「よう来たね。さ、お上がり」
背筋をピシャリと伸ばし、おばあちゃんはリロとルルを家の中に招きました。ルルが靴を脱ぎ、パタパタと中に入っていきました。リロはルルの靴を揃え、自分も靴を脱いで玄関の端に置くと、ルルを追って中に入りました。
居間に入るなり、ルルは
「おばあちゃん!」
と声を上げます。おばあちゃんはルルを振り返ってやさしくほほえみました。
「なんだい?」
ルルはポケットからそっと中身を取り出します。おばあちゃんはそれを見て目を丸くしました。
「おや、それは……星、かね?」
「わかるの!?」
リロはおばあちゃんの様子に思わずそう聞き返しました。おばあちゃんは小さくうなずくと、懐かしいものを思いだすように目を細めました。
「うんと昔、ワシがおまえたちと同じくらいの歳だったとき、一度だけ見たことがあるよ。地上に落ちた星をね」
おばあちゃんは本当にいろいろなことを知っているなぁと、リロは感心しました。ルルはそんなのどうでもいいと、おばあちゃんに星をぐいっと近づけます。初めて来た場所だからか、おばあちゃんに初めて会ったからか、星は落ち着かなさそうに震えています。
「おほしさま、なにたべる?」
ああ、とおばあちゃんは納得したようにうなずいて答えました。
「星が食べるのはね、光だよ」
ルルが小さく首を傾げました。光を食べる、ということがいまいちピンと来ないのでしょう。リロは小さく「あっ」と声を上げます。星を拾ってからずっと、二人は物置の奥に星を隠していました。物置に外から光が射し込むのはリロたちが星の様子を見に来たときだけ。後はまっくらやみです。星が光を食べるというなら、まっくらやみの中にいて元気になるはずもないのです。リロは「ごめん」と星に謝りました。星は気にしていないというように身体を左右に揺らしました。
「どうすればいいの?」
わかっていないのが自分だけだということを何となく察して、ルルは口を尖らせます。おばあちゃんは「ごめんよ」と言って笑いました。
「光に当てればいいのさ。だが、昼の光は強すぎるね。木漏れ日や雲間から射す光がちょうどいいんだが……それができないなら窓辺に置いて、カーテン越しにひなたぼっこをさせるといいだろう」
ルルはそれを聞くや否や窓辺に向かって走り、レースのカーテンを引くと、サボテンの鉢を脇に追いやって代わりに星をちょこんと置きました。星はかすかに身震いすると、深呼吸をするようにゆっくりと、光を強めたり弱めたりを繰り返し始めました。ルルはじっと星の様子を見つめます。
「……あんまりかわらないね」
あっという間に星が元気になって空を飛び回ることを想像していたのでしょうか、ルルはがっかりしたようにつぶやきました。おばあちゃんは苦笑いを浮かべます。
「そんなにすぐ元気になりゃしないよ。だが、毎日きちんと光をあげれば、少しずつ元気になっていくはずさ」
わかった、とルルは、じゃっかん不満そうに答えました。
それからルルとリロは交代で星のお世話をしました。時間によって変わる日差しの向きを考えて、星を置く窓を変え、射し込む光の強さを見ては薄布で調節したりしました。夜は外に出て、月明かりや星明りを浴びさせます。中でも一番星が喜ぶのは、星々の輝きを浴びたときのようでした。土曜日が終わり、日曜日が来て、その午後、お父さんが迎えに来る時間になりました。ルルは「おほしさま、ちょっとげんきになったよ」と喜んでいます。帰る支度を整え、お父さんの車を待ちながら、リロはぽつりとおばあちゃんに聞きました。
「……星に願いを掛けると叶うって、ほんとう?」
おばあちゃんは少しの間、リロをじっと見つめると、リロと目線の高さを合わせて、真剣な顔で言いました。
「本当だよ」
「ウソだ」
思わずリロはおばあちゃんの言葉を否定しました。今まで何度も、夜空を見上げてはお願いをしてきました。しかし、リロの願いが叶ったことは一度もありません。おばあちゃんは首を横に振りました。
「誰かの願いが叶う時、夜空に星が流れる。だがよくお聞き、リロ。流れ星は命尽きる星の最期の輝き。その輝きの力で星は願いを叶えるんだ。もしお前が星に願いを掛けるのなら、その願いが星を犠牲にしてなお叶えられるべきものなのか、お前はよく考えなければいけないよ」
おばあちゃんの厳しい眼差しに、リロは言葉を失いました。玄関の外からプァンとクラクションが聞こえます。ルルがポケットに星をそっと隠し、二人はお父さんの車に乗っておばちゃんの家を後にしました。
家に戻ってからも、リロとルルは一生懸命に星のお世話をしました。朝、お父さんがルルを保育園に連れていったあとにリロが星を窓辺に置き、ルルを連れて学校から帰ってから、また場所を変えてあげます。夜はこっそりベランダの隅に星を置いて、一晩中月と星の光を浴びられるようにしました。毎朝お父さんはベランダに洗濯物を干すのですが、星がそこにいることには気付いていないようでした。おばあちゃんの言った通り、星は日を追うごとに元気を取り戻し、そしてひと月が経った頃には、ふわふわと空を飛び回れるほどにまで回復したのでした。
「おにいちゃん、みて!」
ルルがうれしそうにリロに呼びかけます。ルルの周りを星がくるくると回っていました。星が動くたびにしりん、しゃらんと澄んだ音が響きます。それは星の楽しげな笑い声のようでした。そんな星の姿を見て、ルルが笑っています。お母さんが目を覚まさなくなってから、あまり笑うことのなかった妹の笑顔に、リロは、よかった、と思いました。
ルルと星はしばらく、追いかけっこをしたり、踊るようにくるくると回ったりしながら遊んでいました。星はもうすっかりだいじょうぶなようです。リロはぼんやりとふたりの様子を眺めていました。すると、ふとルルが動きを止め、うつむきました。その目からぽろぽろと涙がこぼれます。リロは慌ててルルに駆け寄りました。
「どうしたの!?」
ルルは固く目を閉じ、小さな手を握り締めて言いました。
「おかあさんに、あいたいよ」
リロはハッとしました。ルルは星とお母さんを重ねていたのです。星が元気になればお母さんも元気になる。きっと帰ってくる。だからルルは一生懸命に星のお世話をしていたのです。星は心配そうにルルの周りを飛びながら、「泣かないで」と言うようにりん、りんと音を鳴らしています。リロはルルの手を取り、安心させるような笑顔ではっきりと言いました。
「だいじょうぶ。きっともうすぐ、帰ってくるよ」
ルルは涙に濡れた目でリロを見上げます。
「ほんとう?」
「もちろん」
リロは力強くうなずきました。ルルは両手で目を擦り、涙をぬぐうと、「えへへ」とうれしそうに笑いました。
ルルの小さな手をもう一度つないで、微笑みながらリロは思いました。この嘘がほころんだとき、ルルはどれほど傷付くのだろう。けれど今、ルルにお母さんは帰ってこないのだと告げることはリロにはできませんでした。お父さんは日毎に表情をなくし、ぼんやりとすることが多くなっています。リロがお洗濯を取り入れて畳んでも、お風呂を沸かしても、お父さんの心を支えることはできませんでした。リロができることは、妹に嘘をついてなぐさめることくらいでした。リロにはみんなを守る力が、ありませんでした。
(お母さん。早く、帰ってきて――)
そうでなければ、家族が壊れてしまう。リロは心の中で強く強く願っていました。そんなリロの姿を、星は静かに見つめていました。
その夜、ひとつの星が空を流れました。
「おほしさま、いないよ!」
朝、ルルの悲鳴のような声に、リロは眠気も吹き飛んでベランダに駆けていきました。そこには昨日確かにいたはずの星の姿はありませんでした。お父さんは何のことかわからないと不思議そうな顔をしています。慌てふためいた様子の二人に、事情を知らないお父さんは言いました。
「さあさあ、遅刻するよ。早く支度をして、ご飯を食べて」
リロは「僕が探しておくから」とルルをなだめ、支度を手伝い、お父さんとルルを送り出しました。そしてベランダから始めて星の姿を探し回ります。しかし小学校に行く時間が迫り、結局星を見つけられないまま、リロは家を出なければなりませんでした。星がいなくなれば、ルルはどんなに悲しむでしょう。玄関に鍵をかけ、リロは肩を落として学校へと向かいました。
学校が終わり、ルルを迎えに行って、二人は家に帰りました。星が見つからなかったことに、ルルは悲しげにうつむいています。「もう一度さがそう」とルルを励まし、まだ探していなかった場所に向かおうとしたとき、家の電話がりりりりりんとけたたましい音を鳴らしました。リロは受話器を取りました。電話の相手は、お父さんでした。
『お母さんが、目を覚ました!』
電話越しのお父さんの声は喜びにあふれています。リロはお父さんの言葉の意味を、すぐに理解できませんでした。お父さんは「すぐに帰るから待っていなさい。みんなでお母さんに会いに行こう!」と言うと、電話を切りました。リロはぼうぜんと受話器を置きます。そして、不安そうにリロを見上げるルルに、ぽつりと言いました。
「お母さんが、目を覚ましたって」
その言葉を聞いて、ルルの顔から不安が消え、花がほころんだような笑顔が浮かびました。
「おかあさんにあえる?」
リロに駆け寄り、服の裾を掴んで、ルルはリロに聞きました。リロはうなずき、お父さんに言われた言葉を伝えました。
「お父さんが帰ってくるって。そしたらみんなでお母さんに会いに行こう」
ルルはぴょんぴょんと跳ねておおはしゃぎです。そんなルルの姿を見て、リロはようやく実感しました。お母さんが目を覚ました。お母さんに会える。身体の内側から喜びがあふれ、リロは言葉にならない心を大声で叫びました。
ほどなくお父さんは帰ってきて、二人は車に飛び乗り、病院へと向かいました。お母さんはベッドに横になっていて、少し痩せて、焼きたてのパンの匂いではなく注射や点滴の匂いがしたけれど、やさしくて、ふんわりなのは何も変わっていませんでした。お母さんは「ごめんね」と二人の頭を撫でてくれました。ルルは大泣きをして、リロも大泣きをして、お父さんもけっこう泣いて、お母さんもちょっと泣いていました。
お母さんは目を覚ましたけれど、すぐに家に帰ることができるわけではないようでした。お医者様は「詳しい検査をして、問題なければ一週間程度で退院できるでしょう」と言いました。せっかく会えたのに、今日はお母さんを置いて帰らなければいけません。ルルは嫌だと泣いたけれど、またすぐ会えるよと言われてしぶしぶ引き下がったようでした。リロもお母さんと一緒にいたかったけれど、一週間経てば家に戻ってくるのだと思うと、悲しみも耐えられるような気がしました。後ろ髪を引かれる思いでリロたちは病院を出て、家に帰りました。
家に帰ると、お父さんは「お祝いだ!」と言っていつもよりちょっとぜいたくなご飯を用意してくれました。いつもはどこか味を感じなかった夕食が、今日はとてもおいしいと思いました。何よりルルとお父さんのうれしそうな様子が、リロには何よりうれしいと思いました。お腹がいっぱいになって、ごちそうさまをして、お父さんは鼻歌を歌いながら洗い物をしています。ルルがトコトコと寄ってきて、ちょっと残念そうに言いました。
「おかあさんに、おほしさま、みせたかった」
ルルのその言葉に、リロは息を飲みました。星がいなくなって、お母さんが目を覚ました。そのことの意味を、そのとき初めて理解したのです。お母さんが帰ってくる、その喜びが吹き飛び、リロは血の気を失った顔で家の外へと飛び出しました。空には雲一つない、宝石を撒いたような美しい星空が広がっています。
「そんなつもりだったわけじゃない!」
リロは星空に向かって叫びました。
「そんなつもりで君を助けたんじゃない! 僕は、そんなつもりで――!!」
リロの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれました。歯を食いしばり、リロは夜空をにらみつけていました。「そんなつもりじゃない」と、リロは小さく繰り返します。それはまるで、誰かに言い訳をしているようでした。リロは知ってしまったのです。自分の心の醜さを。誰かを犠牲にして、願いを叶えてしまったことを。
真実を拒むように、リロは夜空をにらみ続けています。しかし空には無数の星が瞬くばかりで、なぐさめも、同意も、否定さえ、リロに与えてくれることはありませんでした。
それから一週間が経ち、お母さんは無事に家に帰ってきました。お父さんはちょっぴりねぼすけになり、ルルは前よりもっとあまえんぼうになり、家の中は毎日焼きたてパンの匂いに包まれるようになりました。お母さんは倒れたことが嘘のように元気になって、お医者様は「奇跡だ」と目を丸くしていました。日常が戻ってきました。幸せが、戻ってきました。
リロは、以前よりも空を見上げることが多くなりました。昼間、太陽の強い光に隠されても、星は空の向こうにいる。夜になればその輝きで地上を照らします。そして時折、星は夜空を流れ、消えていきます。誰かの願いを叶えて、そっと。しかしリロは、あの夜を境に二度と、星に願いを掛けることはしなくなりました。
リロは今日も夜空を見上げます。視界の端で、ひとつの星が空を流れていきました。星が消えた方向に目を遣り、リロはじっと闇を見つめました。そしてそっと、祈るように目を閉じました。