妖精と人間 第三話
妖精王を復活させるために必要なのは小さな子供の体だそうなのだが、それをまー君が世界中から集めてきているそうだ。一応本人の同意を得ているとのことだが、そんな小さな子供が同意したところで親が反対してしまえばまー君が悪いことになってしまうのだろう。だが、ここは私達がいた世界とは違ってそんな決まりなんてないのかもしれない。あったとしても力で何とでもなるような世界なのだ。まー君の魔法と私の力を使えばどうにだって変えられちゃうんだよね。
死人使いのエドラさんは精霊王の死体が目的らしいのだけれど、対象となっている精霊王はいったい何の目的で復活するのだろう。それを聞いてみようかな。
「あの、妖精王って何の目的があって復活しようとしているんですか?」
「これは予想なんだけど、妖精の世界をここに作ろうとしてるんだと思うよ。この地はもともと神が住んでいた土地とされるくらい神聖な場所だったんだけど、僕が住み着いたせいでその事をすっかり忘れられて禁則地なんて呼ばれてたりもしてたんだよね。その方が僕にとって都合がよかったんだけど、そんな場所を悪魔や神が放っておくわけもなく、幾度となくここは戦いの地になってしまったのだよ。でもね、僕は他人の死体を使って行動することが出来るんで、相手に死者が出ればそれだけで勝てる可能性が高くなるんだよね。自分の味方が死んじゃったと思って悲しんでいたら、その死体が動き出して自分たちを襲ってくるなんて恐ろしいでしょ。自分の失った戦力がそのまま敵の戦力になっちゃうわけだからね。ずっと負け知らずでやってきたんだけど、ちょっと前にやってきた元神の悪魔が僕と相性悪くてどうすることも出来なかったんだよね。それも、仲間がいない一匹オオカミタイプだったから僕の得意な戦法も使うことが出来なくて困っていたんだよ。そんな時に状況を打破してくれたのが正樹さんなんだよ。彼がいなければ僕は何百年もここでじっと待っていることになっていたかもしれないからね。本当に助かったって思っているよ」
「あなたの話はどうでもいいんだけど、妖精王が復活したらあなたにデメリットってあるの?」
「僕は特にないと思うんだけど、普通の人間にとっては脅威になるかもしれないよ。あの妖精たちはとても非力で魔力も大してないんだけど、妖精王はその場にいる全ての妖精の力を足しても届かないくらい強いと思うんだよね。それに、妖精王の加護を受けた妖精たちは妖精王に近い力を手に入れることになるんだって。今までは人間の子供を騙して連れてきて妖精王の復活のための生贄として捧げていた子供たちも、それだけ強くなった妖精なら強制的に連れてくるようになるんじゃないかな。でも、この世界の子供たちはほとんどが正樹さんの手によって連れてこられているんだよね。力を手に入れた妖精たちがある程度育ってきたら、妖精に連れ去られるのは小さな子供だけじゃなくなると思うんだ。大人はさすがに無理かもしれないけど、ある程度まで成長した子供とか家畜は問答無用で連れてこられることになるかもしれない。そうなったら、田舎に住んでいる人は都会に住んでいる以上に厳しい状況になるかもね。妖精王が直接人間をさらいに来ることは無いと思うけど、そうなったとしたら対抗できる人間ってほんの一握りしかいないかもしれないね。それでも、力に劣っている人間が何らかの方法を用いて妖精王を倒しちゃうかもしれないんだ。どんな方法かはわからないけれど、僕や君達とは違う思いもよらない方法を使ってくると思うよ」
「もう一つ質問なんだけど、あなたは妖精王が復活した方が嬉しいの?」
「僕は嬉しいね。こっちに襲い掛かってきたら面倒だなって思うかもしれないけど、いくらでも対処のしようがあるからね。普通の人には無理だと思うけど、そんな裏技があるんだよね。僕だけじゃなくて正樹さんもあなたも妖精王には負けることは無いと思うんだけど、わざわざ殺さないで生かしておくことで多少はメリットが生まれてくると思うんだよね。そのメリットの一つが、妖精王が正しいと信じている人間が多いって言事だね。僕もずっとずっと昔は妖精は清く正しいものだと信じていたんだけど、妖精はイタズラ好きでわりと手におえないタイプの面倒な奴が多いんだよね。今はもう妖精が見えたらすぐに殺してしまえって思うんだけど、人間には妖精のそんな姿は知られていないみたいなのさ。知っていればいくらでも対策は立てられるのに、それを知らない人間たちは自分たちの人の良さを利用されて痛い目に遭うと思うんだ。それはどうでもいいかもしれないけど、僕は妖精王の体を手に入れてその力を手に入れて、正樹さんは妖精王の魔力を頂戴するって言ってたかな。そのためにも正樹さんはせっせと子供を連れてきてくれているんだね。どこからこんなに連れてくるんだろうと思うくらいに子供で溢れかえっているけど、あの子供たちは何も知らずに妖精王の体の一部として生きていくんだろうね。僕も正樹さんもただの好奇心で妖精王の復活を阻止しないことにしたんだけど、妖精たちはどう思っているんだろうね?」
「まー君がそうしているなら私もまー君と同じようにしようかな。でも、私が連れてくることの出来る小さな子供ってもういないんだよね。それに、面白いことになりそうだから私の事をこき使おうとしている人に妖精王の事を教えてあげちゃおうかな」
「それは止めといたほうがいいと思うよ。正樹さんからの伝言で、みさきが妖精王の真実をこの世界の人間に教えようとしていたら止めてくれ。妖精を仲間だと信じている人間が裏切られるところを見てみたいから。って、言ってましたよ」
「そうなんだ。まー君がそう言うなら私はまー君に協力しなくちゃね。そこでさ、お願いがあるんだけどいいかな?」
「なんですか。僕に出来ることだったらいいんですけど」
「私をこき使おうとしている人に一泡吹かせたいんだけど、死人使いの首をもらってもいいかな?」
「僕の首を使ってどうするんですか?」
「人間の味方である妖精王の復活を阻止しようとしていた死人使いの男を殺してきた。って言って首を見せようかなと思ってね。誰も死人使いの顔なんか見たことないと思うんだけど、それっぽい人がいたらそっちでもいいだよね。とにかく、復活した妖精王が自分たちの味方ではなかったって言うのはどんな気持ちになるのか知りたいからね。まー君もきっと見てみたいんじゃないかな」
「そう言う事でしたら、それっぽい首がありますよ。あんまり切り口が綺麗ではないんですけど、その方がリアルだと思うんですよね。首自体はリアルなんですけど、死人つがいとしてはフェイクだって言う話ですけどね」
死人使いのエドラは私の要求した条件に合っていそうな首を差し出してきた。私はそれになるべく触れたくはなかったのだけれど、手ぶらで行動している私がいきなり首を何かに入れて運んでいたらおかしいと思われるかもしれない。素手で生首を持つのは嫌なんだけど、これもまー君のためだって思えば少しは気が楽になるかもしれないね。
私が一人で妖精の泉に戻ってきた事を怪しんでいるようではあったけれど、死人使いの首を見せると一緒に行った魔導士が一人もついていない事なんてまったく気にしていないようだった。
「おお、これが悪名だかき死人使いの首か。他の者がいないのは気になるが、そんな事はどうでもよい。あの死人使いの首を私達が取ったのだ。これは歴史的にみても快挙である。今すぐ戻ってすべての国民に知らせたいのだが、今から戻って良いモノか。悩みどころではあるのだが、お前はどう思う?」
「さあ、これだけ探して見つからないのなら日を改めるのも一つの手だと思いますよ。死人使いがもう死んでいるって知ったら、ここの捜索をしたいって人も増えるかもしれませんからね。危険が無いなら手伝おうかなって人も少なくないと思いますよ」
「そうだな。その考えも一理あるな。よし、私達はいったん戻ることにするのだが、お前はここで妖精共が何か変わったことをしていないか見ていてくれ。だがな、妖精王が現れても先走ったりするなよ。私が死人使いの首を獲って妖精王とも繋がりを持つという事に意味があるのだからな」
好きにしてくれていいんだけど、いちいち私の事を下に見下している感じが鬱陶しい。どうせこの世界ももうすぐ終わるんだと思って我慢していたんだけど、こうも偉そうにされ続けるというのは最初に感じていた時よりも苛立たしく思えてきた。
ドンポ達が荷物をまとめて戻っていってからしばらく時間が経過した。空はほとんど闇に包まれてきたのだが、私は焚火をしているのである程度は周りを見通すことも出来た。
闇に包まれている森の中を小さな影が何度も何度も泉の方に向かっているのが見えたのだが、それはきっと妖精王を復活させるための餌なんだろうな。
どんな子供たちなのか見に行こうかとも思ったけれど、私が見たところで何も変わらないし、かえって邪魔になるのかもしれない。そう思いながらも焚火越しに見える人影は心なしか楽しそうに見えた。
妖精たちは自分の利益に繋がることならどんなことだってやるらしいし、きっとあの人影も騙されているんだろうね。でも、あの子たちは自分が騙されていることにすら気付くことが無いのだろうし、それはかえって幸せな事なのかもしれないね。