死人使い 最終話
死人使いの森は人間だけではなく魔獣にも恐れられるようになってしまった。その原因は僕にあるのだ。生息域が死人使いの森近くだった魔獣はどこか遠くへ行ってしまったのか、僕が狩りつくしてしまったのかわからないが、僕が歩いて探せる範囲にもう魔獣は残っていなかった。
死人の森が魔獣を狩りつくしたという噂が人間の町に広がりつつあるようなのだが、噂が広がると今まで避けられていた死人使いの森に人間がやってくるようになってしまった。僕はそれを何も問題ないと思っていたのだけれど、エドラはそう思っていないようだった。
僕がこの森に入って最初に感じた体の重さはヘカテーの重力操作によるものだったので今はそのような状態にならないこともあるのだが、何人かの人間が死人の森へ入って何事もなく戻ることが出来た。その事実と魔獣を狩りつくしたという噂が相まって、今では日常的に死人の森へ人間連中がやってくるようになってしまった。
何かをするわけでもなく散策をして帰るだけの人が多かったので問題は無かったのだが、中には何かを熱心に探している大人の姿も見受けられたのだ。死人の森は珍しい植物が多く生息しているのだが、そのほとんどが人間にとって有害なものであるし、花粉が少量体内に入っただけで体が痺れてしまうような植物もあるのだ。
かつては強力な重力と徐々に体を痺れさせる植物のせいで死人使いの森へと入ってくるものはほとんどいなかったのだが、僕がヘカテーを倒してしまったせいで花粉にさえ気を付けていれば鬱蒼として不快な森に入ることはそれほど苦ではなくなってしまったのだ。近くにある妖精の泉と比べても陰鬱としているので入る価値などないと思うのだが、今まで誰も足を踏み入れたことのない土地と言うだけで探索する価値を見出しているのかもしれない。それも、いつものような体を襲う倦怠感も正体不明の圧迫感も無くなっているのだから探索しようとするものが増えてしまうのも仕方のない事ではあった。
それでも多くの者はエドラの住処の近くまでやってくることは無いのだ。エドラの住処の近くには今でも濃い霧が立ち込めており、不気味な金属音が鳴り響いているのだ。そんな場所にずかずかと立ち入ることの出来るものは、余程肝の座った者か何も感じない鈍感な者だけなのだろう。幸か不幸かそういった者は一人も現れなかったのはせめてもの救いである。
「何でしょうね。ヘカテーを倒してもらったことも魔獣を狩ってもらったことも僕にとってこれ以上に無いくらい嬉しい事だったのに、今ではヘカテーと魔獣がいないことで人間がたくさんやってくることになっちゃいましたね。あいつらは無視していると付け上がってどんどん大胆になるんですけど、このまま僕の家までやってくるとかないですよね。そうなったら、正樹さんがどうにかしてくれたりしますか?」
「追い払うくらいならしてもいいけど、エドラだって人間を追い返すくらいの力はあるんじゃないかな?」
「力はあるんですけど、いまだに人間を殺すことに抵抗を感じてしまうんですよ。魔獣の体を手に入れても僕は人間だったって事実は変わらないし、同じ人間を殺すのってどうなんだろうって考えちゃうんですよね。正樹さんってそう言うことを考えたりしないんですか?」
「同じ人間って言ったって、僕にとってはそれだけだし、友達や知り合いじゃなくて襲ってくるような人は敵に変わりはないと思うよ。同族を守りたいって気持ちはわかるけど、自分に襲い掛かってくる相手に対しても守る必要があるとは思えないんだよね。それと、同じ目標を持っていたとしても、それを邪魔するような奴は今までも排除してきたからね。自分にとってマイナスの影響を与えてくるような相手は人間だろうが神だろうが悪魔だろうが気にしないで良いと思うよ。そんな相手に遠慮したり気を使ったりする必要なんてないんだし、無抵抗を貫いたって自分が損するだけだと思うんだけどね。でも、何でもかんでも襲うんじゃなくて話し合いで解決できそうだったらそれが一番だと思うよ」
「そうなんですよ。話し合いで解決出来るんならそれが一番いいと思うんですよ。でも、僕って今魔獣の姿をしているし、手に入れた人間の姿もあの人たちの知っている人だから話し合いなんて出来ないと思うんですよね。それに、あの人達って妖精の事を味方だと思っているっぽいんですよね。あいつらが人間のために何かをするなんてあるわけないのにそれがわからないなら一生分かり合えないと思うんですよ」
「妖精って人間のために何かしてくれたりするんじゃないの?」
「中にはそう言ったのもいるかもしれませんが、あの泉にいるのは人間の体を使って繁殖する事しか考えていないような連中ですよ。僕はそれを阻止するためにこの森にやってきていたんですが、それをわかっていない人間のせいで酷い目に遭ってきましたからね。ヘカテーがこの森にやってきたのだって、人間が妖精を育ててたのが原因なんですよ。妖精の中でも力のあるものをヘカテーは探していたみたいですからね。何匹かの妖精を眷属として連れて行っていたみたいなんですが、今のところヘカテーの力に耐えられるようなものはいなかったみたいです。もしも、ヘカテーの満足するような妖精が生まれていたらこの国はとっくの昔に消えてなくなっていたかもしれないんですよ。その前に、欲をかいた人間のエゴで妖精から見放されたのはある意味幸運な出来事だったんじゃないですかね。もっとも、当の人間たちはいまだに妖精との仲を以前のように戻したいと考えているようなのですが、それって自分たちの首を絞めることになると思っていないんですよ。ヘカテーがいなくなったとしても、妖精の中から力のあるものが誕生してしまうと人間は滅ぼされてしまいますからね。少なくとも、ほとんどの人間は殺されちゃうと思うんですよ。でも、それを伝えたところで人間は信じてくれないだろうし、僕の話を否定する妖精を信じると思うんですよね。僕みたいな魔獣だったり死んだ仲間の姿をしている男と、外面の良い妖精だったらどっちが信じられると思います?」
「それだったら妖精だろうね。ハッキリ言って、僕も初対面だったらエドラの話なんて聞いてないと思うよ。いくら殺しても別の体になって襲ってくるとか恐怖でしかないよ」
「正樹さんはそう言ってますけど、最初に出会った時も僕は全く勝てる気はしませんでしたよ。今でこそ死体のストックはたくさんあるんで何とかなるかなとも思いますが、あの時点で勝てるなんて一ミリも思ってなかったですね。さっさと帰ってくれないかなって思ってましたもん」
「お互いにそう言うもんなんだろうね。でもさ、人間が妖精に滅ぼされたとして、エドラには何かデメリットあるのかな?」
「単純に、僕が手に入れる死体が少なくなってしまうってだけですかね。僕は本体が無事だったらいくらでも乗り換えれるんですけど、探せばどこにだって死体は転がってますからね。最初に会った時みたいに欠損した死体だってある程度体がしっかりしていれば問題無いんですよ。でも、妖精が我が物顔で闊歩するようになったらそんな死体も見つけにくくなるかもしれないですね。あいつらは人間の肉と脳を使って仲間を増やすんですよ。優秀な人間の脳と肉体を使って妖精王の復活を企んでいると思うんですよね」
「優秀な人間が必要だとしても、そんな優秀な人間が簡単に妖精につかまるとは思えないんだけど」
「それがですね。優秀な人間と言うのは、汚れていない綺麗な体と余計な知識を得ていない綺麗な脳が必要になるそうです。生まれたての赤ちゃんが理想みたいなんですけど、赤ちゃんは自分の意思で妖精のもとへ行くことは出来ないんですよ。そこで、出来るだけ小さい子供が自分の意思で妖精のもとへとやってくることを望んでいるんです。少しでも恐怖を感じていると脳は委縮してしまいますから、それは妖精王の復活には悪影響をもたらしてしまうそうですよ。どれだけの子供が犠牲になれば妖精王が復活するのかわかりませんが、僕はその妖精王の復活を阻止したいと思っているんです。でも、死人使いである僕は人間を説得することが出来ないのです。そこで、正樹さんが妖精王の復活を阻止するためにも人間たちを説得して来てもらえないでしょうか?」
「説得するのは別にいいんだけど、妖精王の復活って事は、妖精王は過去に死んでるってことなんだよね?」
「はい、そうなんです。今ではおとぎ話と思われている話なのですが、王子と王女が力を合わせて悪い妖精を退治した話と言うのがあるんですよ。人間に災いを振りまいていた妖精王を倒したことで、良い妖精と人間は力を合わせて暮らしていくという話なんですが、良い妖精と言うのも人間に取り入るために協力しているだけであって、根本的には人間を馬鹿にしていると思うんです。人間を暮らすことによって妖精王の復活に必要な子供を集めるのだと思うのですが、それほど大胆に行うことは無かったので気付かれなかったのではないかと思うんですよね。今もそれは続いていて、妖精王の復活もそろそろなのではないかと僕は考えているのですが、そうなる前に何としても復活を阻止しないと今度こそ人間は滅びてしまうと思うんです」
「そうなのか。でも、復活を阻止したところでいつかは復活すると思うし、それは問題の先送りでしかないと思うんだよね。じゃあ、いっそのこと妖精王を復活させて完全に始末してしまえばいいんじゃないかな。きっと僕ならそれが出来ると思うんだけどね」
「正樹さんの力なら妖精王を完全に消滅させるなり封印することが出来ると思いますけど、そのためには罪のない子供を見殺しにするって言うんですか?」
「その言い方はちょっとよくないと思うよ。罪のない子供を見殺しにするんじゃなくて、これからの人間のために犠牲になってもらうだけさ」
「それはさすがに人としてどうかと思いますよ。子供が可哀そうだと思わないんですか?」
「全く思わないね。それなら僕も言わせてもらうけど、死んだ後に体を自由に使われるのって、死んだ人に対する冒涜だとは思わないのかな?」
「死んだ後の事は別じゃないですかね。気にする必要もないと思いますけど」
「それと同じことだよ。自分で考える力を持っていない子供を犠牲にするからこそ意味のあることなんだよ。その罪は助かった人間たちで被ればいいんじゃないかな」
「そんなのは詭弁ですよ。僕は子供を見殺しにするなんて耐えられません」
「別にさ、エドラが耐える必要なんてないんだよ。それが嫌だったら今のうちに妖精を根絶やしにしてしまうのがいいんじゃないかな。そんな事をしても他の妖精か悪魔が来るだけだと思うし、そうなったらもっと事態は深刻になるかもしれないよ」
「確かに、それはそうかもしれないですけど、子供を犠牲にするのはやっぱり違うと思います。それに、妖精王を完全に始末するってどうやるつもりなんですか?」
「簡単な事だよ。出来るだけ綺麗な状態で妖精王を殺して、君が妖精王になればいいだけの話さ。君が妖精王になって人間を殺すなって妖精に命令すればいいだけだと思うんだけどね。それは出来そうかな?」
「どうなんでしょうね。妖精王の力を使えばそれも可能かもしれませんけど、そんな事って出来ると思いますか?」
「さあね。僕は妖精王に会ったことも見たことも無いからわからないよ。でもさ、やってみないと何も始まらないと思うんだよね」