死刑囚前田正樹 第四話
体のラインを強調するような形で拘束されている唯が僕の目の前にいた。動きやすい恰好が好きだとはいえ、この格好は少し恥ずかしいのではないかと思っていたのだけれど、唯自身はそんな事を気にしている様子は無かった。
むしろ、体のラインを強調している姿を僕に見せつけているようにも見えた。
「妹さんに聞きたいんですけど、ティアの質問に素直に答えてくださいね。素直に答えてくれたら悪いようにはしませんからね」
「そんな事を言われたら素直に答えたくなくなるかもね。質問によると思うんだけどね」
「私もお母様もずっと聞きたかったことなのですが、このお方のお名前は何とおっしゃるのですか?」
「お兄ちゃんの名前?」
「はい、お兄さんの名前です。私もお母様もそのお方の名前を存じ上げないので、教えてはいただけないでしょうか?」
「お兄ちゃんの名前を知りたいって事?」
「そうです。教えてはいただけないでしょうか?」
「私は構わないけど、お兄ちゃんは教えてもいいの?」
僕は唯の質問に対して首を縦に振った。今は体が横になっているので縦に振るべきか横に振るべきか迷っていたが、唯には僕の意図はちゃんと伝わったようだった。
「お兄ちゃんの名前は正樹だけど、それがどうかしたの?」
「まあ、正樹様とおっしゃるのですね。ティアちゃん、今日はデザートに良いモノ食べましょ」
「そうですねお母さま。これでティアたちもゆっくり休めますね」
「あの、名前なら最初に聞けばよかったじゃないですか。どうしてそうしなかったんですか?」
「何を言っているんですかあなたは。最初に名乗らない相手に名前を聞くなんてマナー違反ですわよ。そんな基本的な事も知らないなんて、正樹様の妹とはいえ失礼ですよ」
「いや、そんなマナー聞いた事なんですけど」
「初対面の人には自ら名乗るのがマナーですよ。ですが、そんな些細なマナー違反も気にならないくらい正樹様は魅力的な殿方ですからね」
「ティアも正樹様が名乗ってくれなかったのは変だなって思ってたけど、それでもそのお姿を拝見出来ただけでも嬉しいよ。この時代に生まれてよかったなって思ってるもん」
「いやいや、そんなマナーがあるならあなたたちも私に名前を教えてくれて無いじゃないですか」
「あなたは何を言っているのかしら。名乗らなくてもいいように仮面をつけているでしょ。そんな事も知らないなんて常識が無いのかしら。少しはこの世界の事を教えて差し上げましょうか?」
「そうですわね。お母さまのおっしゃる通り、正樹様の妹にこの世界の常識を教えて差し上げましょうね。正樹様の妹ですからね」
「いや、その前に名乗ってくださいよ。私の名前は唯です。お兄ちゃんの妹の唯です」
「これはこれはご丁寧に。それでは仮面を外しまして、私はこの町の領主の妻であるモンテです。こちらは私の娘のティアです。これからよろしくお願いします」
「正樹様の妹は唯さんなんですね。よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いします」
「ところで、ティアちゃん。あなた、先ほどから正樹様の名前を呼び過ぎじゃないかしら?」
「そんな事ないと思いますけど。お母さまは正樹様の事を見過ぎだと思いますけど」
「そんなことは無いと思うわよ。それに唯さんにはまだまだ聞きたいことがあるんだけど、こちらに来てもらってもいいかしら?」
「今度は何ですか?」
「ちょっとね、正樹様について色々と聞きたいことがあるだけなのよ」
「お兄ちゃんの事を聞きたいってことですか?」
「そうなのよ。私もティアも正樹様の事をもっと知りたいのよ。いえ、私達だけじゃなくてこの町の女性はみんなそう思っているわ」
「ティアも正樹様の事をもっと知りたいです。正樹様の妹にしか知らない秘密とか教えて欲しいです」
「お兄ちゃんの事を教えるのは良いんだけど、聞いても後悔しないかな?」
「私が正樹様の事で後悔することなんてありえません」
「ティアも正樹様の事で後悔しないもん。ティアは正樹様の事なら何でも受け入れるもん」
「あのね、あなたたちがどう思おうと勝手だけど、お兄ちゃんには彼女がいるんだよ。でも、今は二人で一緒にいられないから別々に過ごしているんだけどね」
「正樹様に彼女がいるのはどうでもいいんです。今はティアの事を見てくれる時間があればそれでいいんです。でも、そんな話を聞いてしまったら、正樹様の事を独占してる女が憎くなってしまいますね」
「ティアちゃん。最初に約束したでしょ。正樹様は一人のモノじゃなくてみんなで共有しましょうって。唯さんもそう思いませんか?」
「うーん、私は妹だからお兄ちゃんと結婚することは出来ないんだけど、ずっと一緒にいることは出来るんだよね。だから、私はお兄ちゃんの傍にいられるだけでいいんだよね。ずっと一緒にいられるからね」
「確かに。唯さんは正樹様と一緒に過ごすことが出来るんですよね。でも、正樹様とティアが結婚したら、私も一緒に住むことが出来るってことですよね?」
「ちょっとごめん。それは無いかな。お兄ちゃんがこの世界の人と結婚するとかありえないからね。この世界の人と結婚するってことは、ここにずっと残るってことになるじゃない」
「私達はそうなってくださっても構わないんですけどね。ティアもそうでしょ?」
「ティアが正樹様と結婚だなんて、そんな事になったらティアはもう部屋から出られなくなっちゃうよ。どうしよう、どうしよう。ティアはそんなこと考えた事なかったけど、もう結婚してもおかしくないくらいの年だし、正樹様が相手ならそれもいいよね。ってか、最高じゃない」
「ティア、落ち着きなさい。残念だけどあなたと正樹様は結婚することは無いと思うわ」
「ちょっとお母さま。それは失礼だと思いますよ。ティアにだって可能性はあると思いますからね」
「わかったわ。では、これから違う部屋で女子同士で美味しいデザートでも食べながら今後の話し合いをしましょうね。唯さんも一緒にいかがかしら?」
「そうですね。せっかくなんでお呼ばれしちゃいますね」
僕は三人がいなくなった後も横になって月を眺めていた。
この牢屋の中には誰も入れないからって起こしてくれてもいいんじゃないかなと思っていた。何度か椅子を使って起き上がろうとしたのだけれど、ひざから下と首から上以外は全く自由に動けないのでどうすることも出来ないのだった。
ぽっかり空いた穴を眺めながら、しばらくは雨が降らないといいなと願うばかりだった。