死刑囚前田正樹 第三話
「お兄ちゃんって、みさき先輩と別れようって思わないの?」
「何で別れないといけないの?」
「だって、お兄ちゃんとみさき先輩って一緒にいられないんでしょ?」
「今はそうだけど、それで別れたりはしないでしょ」
「でもさ、遠距離ってうまく行かないって言うし、お兄ちゃんの周りには女の人がいっぱいいるじゃない。その中にみさき先輩よりもいい人がいるかもしれないんだよ?」
「それは無いでしょ。みさき以上の人はどこにもいないと思うよ。そう言えば、唯はどうして僕がここにいるってわかったの?」
「そんなの簡単だよ。私とお兄ちゃんは兄妹なんだからどこにいたってわかるでしょ。お兄ちゃんも私のが近くに来ていることを知っていたんでしょ?」
「いや、全然知らないけど。唯の姿を見た時はびっくりしたよ」
「私もお兄ちゃんが死刑になるって聞いた時はびっくりしたよ。でもね、私はそんなお兄ちゃんを助けようと頑張るのです。私みたいにかわいい妹に助けられるのって、やっぱりうれしいのかな?」
「助けてくれるのは嬉しいけど、ちょっと見ない間に成長したよな」
「そうなんだよね。お兄ちゃんと一緒に暮らしていた時は普通に可愛い中学生って感じだったと思うんだけど、こっちの世界を行ったり来たりしていたら成長してたんだよね。ほら、今はみさき先輩よりもメリハリのある大人な体になってるんだよ。でも、お兄ちゃんって控えめな方が好きだもんね。みさき先輩いみたいな控えめなお胸が好きだもんね」
「いや、体もそうだけど、誰かと戦うことに抵抗が無くなっているんだなって思ったんだよね。前に見た時も嬉しそうに戦っていたし、今だって腕に返り血がついているよ。ほら」
僕が指摘すると唯は気恥ずかしそうに背中を向けてきた。どんな表情で恥ずかしがっているのか気になっていたけれど、僕は身動きが取れないのでその表情を拝むことは出来なかった。
「そう言えばさ、この町は魔法を使ってはいけないって決まりになっているみたいなんだけど、どうしてか知ってる?」
「正確には知らないけど、魔法がらみで何かあったんじゃないの?」
「そうみたいだよ。私もちゃんと調べたわけじゃないんでよくわかってないんだけど、何世代か前にたった一人の魔導士の手によって町の住人がみんな殺されちゃったんだって。それで魔法を使えないようにしたって話だよ」
「皆殺しにされたって、今この町に住んでる人達はその時の住人とは関係ないってことなのかな?」
「その辺はよくわからないんだけど、外に出てた人とかが戻って町の基盤を創り直したんじゃないかな。そう言う町ってこの世界じゃよくあるみたいだし、地図から消えた町も数百年後には普通に栄えてたりもするみたいだよ。消えた町も消えたままじゃなくて、新しく入ってくる人もいれば他から戻ってくる人もいるみたいだからさ。お兄ちゃんだって、元の家に戻れるって言われたら戻るよね?」
「元の家に戻りたいとは思うけど、今戻っても何も出来ないと思うんだよね。父さんも母さんもどこにいるのかわからないし、唯はどう思う?」
「私はお兄ちゃんがいればそれでいいかな。元の家に戻ってどうするんだって思うよりも、私はお兄ちゃんと一緒にいたいよ。それだけかな」
「そうだね。僕と唯とみさきの三人で暮らすのも悪くないかもしれないね」
「お兄ちゃん。みさき先輩はみさき先輩の家族がいるんだから、ちゃんとそこに線を引いておかないとダメだよ。恋人同士だって言ったってお兄ちゃんたちはまだ高校生なんだから、一緒に暮らすのとかはダメだからね。お兄ちゃんと一緒に暮らすのは唯だけだから」
「唯はみさきと一緒に暮らしたくないの?」
「そんなことは無いんだよ。みさき先輩は良い人だし、お兄ちゃんとお似合いだと思うよ。でもね、唯はお兄ちゃんと二人で暮らしたいの。お兄ちゃんがみさき先輩と一緒に暮らすのは唯がお兄ちゃんに満足してからにして欲しいな」
「それは満足しない人の言い方じゃないか」
僕が唯の冗談に笑っていると階段を下りる足音が聞こえてきた。見回りの看守にしては足音が軽く、動くたびに聞こえる甲冑の金属音も聞こえてこなかった。
こんな夜に誰がやってきたのだろうと思ってみてみると、仮面をつけた女性が二人立っていたのだ。仮面をつけているので顔はわからないのだが、服装と声でこの町の領主の妻であるモンテとその娘のティアだという事はすぐに分かった。いつもは昼間にしかやってこないのにどういう事だろうか?
「大きな物音がすると思ってきてみれば、女が一人紛れ込んでいたみたいですね。あなたは何が目的でこの牢屋に忍び込んだのですか?」
「何って、お兄ちゃんを救いに来ただけなんだけど」
「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんという事は、あなたはその方の知り合いなのですか?」
「知り合いって、私はお兄ちゃんの実の妹なんですけど」
「実の妹って、あなたの方が年上に見えるんだけどどういうことなの?」
「そうなんだよね。私もお兄ちゃんもこっちに来てから何回かやり直しているんだけどさ、私はちゃんと成長しているのにお兄ちゃんはずっと変わらないんだよね。みさき先輩も何度会っても変わらないし、私だけおばさんになっちゃったらどうしようかなって恐怖だよ」
「こっちに来てからみさきに何度も会っているって、あの時の一度だけじゃないのか?」
「あれ、お兄ちゃんと一緒にみさき先輩にも何度も会っているけど、お兄ちゃんはその時のお兄ちゃんと違うお兄ちゃんなの?」
「違うお兄ちゃんって何なのかわからないけど、僕はこっちに来てからみさきに会ったのは一度だけだよ。それも、凄く短い時間だけだったと思う」
「そうなんだ。それって、見た目が変わらないことと何か関係あるのかもしれないね。私もそっちが良かったって思うけど、この女性らしい体つきになれたのは嬉しいからいいかも」
「お二人が兄妹だという事は何となく理解しました。ですが、ここに忍び込んで良いというわけではありませんね。妹さんという事で手荒な真似はしたくないので大人しくしていただけますか?」
「大人しくって、どういう事?」
「抵抗をしないで私達に従ってくださいってことです」
「どうして?」
「どうしてって、あなたはここに忍び込んだ犯罪者なんですよ。抵抗するならあなたも死刑にしますよ」
「死刑って、あなたたち程度の力じゃ私は殺せないよ。そんな事、言わなくてもわかるよね?」
「確かに、魔法も使えない私達ではあなた方に勝てる見込みはないでしょう。ですが、魔法を封じてしまえば関係ない話ですよね」
僕は唯にこの拘束具の話をしていないことを思い出した。この拘束具は体から魔力を無理やり搾り取ってしまうのだが、その際に体の自由も奪われてしまうのだ。魔法で出来ていると思われるこの拘束具を外すのには力ではなく魔法を使う必要があると思うのだが、その魔法を使うための魔力を強制的に吸収されている。何とも良く出来た代物である。
僕の願いはただ一つ。僕とは違って唯はこの拘束具の餌食にならないで欲しいという事だ。僕と違って唯が捕まってしまったら、本当に死刑になってしまうかもしれないのだ。
「残念ですが、そちら側に忍び込んだ時点で拘束具はあなたに装着されているのです。あとは、その拘束具を起動させるだけですからね」
「お母さま。その起動をティアにやらせてもらってもいいですか?」
「あら、ティアが自ら何かをしたいと言い出すなんて珍しいわね。いいわよ。あなたが起動してあげなさい」
「ありがとうございます。ティアはあの女の人に聞きたいことがあるのです。さっそく、拘束具を起動させてあげるのです」
僕の願いもむなしく、唯はその体を拘束具に包み込まれてしまった。僕は大きなブロックに囲まれているような状態なのに対して、唯は体のラインがわかるような形で包み込まれていた。まるで、ボディスーツを着ているような状態になっていたのだった。