死刑囚前田正樹 第二話
魔法を使っただけで死刑になってしまうのはどうなのだろうと思っていたのだけれど、この町の領主は自分の妻と娘に頭が上がらないらしい。僕が裁判にかけられていた時の観衆の様子を見ても、この町では男が女に頭が上がらないようだった。この町は伝統的に男よりも女の方が強いところなのかもしれない。もし、そうだったとしたら、僕にとってこの町を無事に出ることなんて容易いだろう。
今の状況を整理してみると、僕は魔法を使った罪で死刑を宣告されている。
その死刑は即日執行されるはずだったのだが、この町の女性が即日執行に対して反対をし、大きな騒動となってしまったからだ。
結果として、僕は死刑執行されることは無くなったのだが、その代わりに牢屋越しに領主の妻か娘と面会をすることになっていた。二人の話では、他の女性も僕との面会を希望しているそうなのだが、一人一人に時間を割いているとこの二人の時間が無くなってしまうという理由でそれは却下されたそうだ。
多くの女性と話をする機会があればこの町から抜け出すのも簡単だとは思うのだが、この二人が僕に向ける執念のようなものはとても強いようで、領主も一人で僕に会いに来ることは無かったのだった。
何日も拘束されているとさすがに疲れてくるというか、どうやっても抜け出せないのではないかと考えていたのだ。
しかし、僕の思惑とは良い意味でも悪い意味でも別の方向に物事は進んでしまうもので、領主の妻であるモンテも娘のティアも僕を自由にするつもりはないみたいだった。
「あの、僕を拘束しているこれを取ってもらうことは出来ないですか?」
「ごめんなさいね。それを取ると主人に怒られてしまいますので。怒られたところで言い返せばいいだけの話なんですが、そうすると主人が不機嫌になってあなた様を殺してしまうかもしれないのですよ。私はあなた様が殺されてしまうところなんて見たくもないですし、想像もしたくありませんわ。ですから、そのお顔をずっと私に見せてくださいませ」
「顔を見るだけじゃなくて、僕を自由にしてくれませんかね?」
「本当にごめんなさいね。私もあなた様を自由にしてあげたいのはやまやまなんですが、それをしてしまうと私は自分が抑えられなくなってしまうと思うんですよ。だから、ずっとこのまま一緒に過ごしていきましょうね」
「そう言うわけにはいかないんですよ」
「あら、どうしてかしら?」
「僕には大切な彼女がいるんです。彼女のためにもこの町を出て迎えに行かないといけないんですよ」
「そんな事でしたら大丈夫ですよ。私にも主人がいますからね。そんな小さいことは気にしないでいいですからね」
「いやいや、結婚している人はそんな事を考えちゃ駄目ですよ」
「本当に大丈夫なんですよ。この町では魔法を使わなければ大抵の事は許されてしまいますからね。例えば、私と主人ではなく私とあなた様が結ばれてしまっても問題ないのですよ」
「こっちには問題あるんですけど」
「お父様もお母様もティアをまだ子供だと思っているみたいなのですが、ティアはもう大人なのですよ。ですから、あなた様を楽しませることだってできるのですからね。そのためにも、あなた様はここを抜け出してこの町から出ていくことをお勧めしますわ」
「もしかして、僕をここから出してくれるのかな?」
「ごめんなさい。ティアの力ではそれは出来ないんですが、お父様とお母さまを説得してティアと一緒にこの町を出て生涯共に過ごしましょうね」
「何回も言っているけど、僕には大切な彼女がいるからそれは出来ないよ」
「大丈夫ですよ。あなた様に彼女がいたってティアはティアですから。それに、この町に来たという事はティアを救いに来てくれたって事ですもんね。ティアはこの町が嫌いなんです。お父様もお母様も自分の事しか考えてないみたいなのですが、ティアは違います。ティアはあなた様の幸せを願っています。だから、ここから早く抜け出してティアと一緒に暮らしていきましょうよ」
「そうは言ってもね、僕は君と一緒に暮らすつもりはないよ。それに、ここから出ることも出来ないし、何とか抜け出すことは出来ないかな?」
「もう、そんなにティアのもとを離れたくないんですね。素直に言ってくださればよろしいのに。そんな拘束具なんて魔法でどうにでも出来ちゃうんじゃないんですの?」
「それが出来るならそうしているんだけどね。でも、これって魔法が一切使えなくなってるんだよ。どういう原理なのかわからないけれど、僕の魔法は全然使い物にならないんだ」
「そうなんですね。その拘束具がそこまで強力だとは思ってもいませんでしたわ。でしたら、ちょうどよい機会ですので、これから魔法を使う代わりにティアと一緒に暮らしていきましょうね」
この町の領主の妻であるモンテとその娘のティア。二人が一緒に僕に会いに来たのは最初だけで、それ以降は別々に会いに来ているのだった。
二人を説得して何とかここを出ていくことは出来ないかと思っていたのだけれど、何を言ってもここを抜け出す手段は見つからないままだった。魔法が使えれば簡単に抜け出すことは出来ると思うのだけれど、この拘束具がある限りそれは難しいと思う。
相変わらず膝から首までは拘束されたままなので横になってしまうと起き上がれなくなってしまいそうなのだが、不思議と疲労感や眠気は全くなかった。ここ数日の間も食事をとっていないし睡眠もとっていないのだが、体が不調をきたすことは無かった。それは拘束具の影響だそうなのだが、全く原理がわからない。
僕が捕らえられている牢屋は地下にあるので外の様子はわからないのだが、今夜はとても綺麗な満月が空に浮かんでいた。
今まで気が付かなかったけれど、空が見える場所があったんだなと思っていた。
「お兄ちゃんが死刑になるって聞いたんだけど、それって本当なのかな?」
僕は後ろから聞こえてきた声に驚いてしまい、思わず尻もちをついてしまったのだが、そのまま転んで起き上がれなくなってしまった。
「もう、そんな恰好でだらしないな。お兄ちゃんは私がいないとダメみたいだね」
倒れている僕の顔を覗き込んでいるのは、妹の唯だった。
前回も思っていたのだけれど、唯は僕が知っている唯と違って大人になっていたのだが、間違いなく僕の妹の唯だったのだ。