死刑囚前田正樹 第一話
見えない壁に囲まれているのか、僕は自由に体を動かすことが出来なかった。多少は顔も動くのだけれど、それ以外は一切動くことも無く、耳すらも動かすことは出来なかった。もともと僕は耳を動かすことは出来なかったのだけれど、この状況ならもしかしてと思って試した結果だ。
本当に情けない話ではあるのだけれど、僕はたまたま立ち寄った町の宿屋で寝ていた時に完全に拘束されてしまったのだ。魔法禁止のエリアで何度も魔法を使っていたことはあったのだけれど、この町では魔法の使用に対して対策がしっかりとたてられていたようで、魔法を使った者に対して神話に出てきてもおかしくないレベルの拘束具を使用してきたのだ。そんな神話があるのかはわからないが、神に匹敵すると思っている僕の魔法を完全に無力化することが出来るのだからそうに違いない。
僕が寝ていたベッドは魔力を吸収するだけではなく、僕が自然と精製している魔力も停止するといった素晴らしいもので、この拘束具があれば神や悪魔をどうにかすることも出来るのではないかと思えるくらいだった。もっとも、僕はこれに触れてしまった時点で何も出来なくなってしまったので、この装置を活用することなんて無理な話だったのだけどね。
さて、捕まった僕がこれからどうなるのかは裁判の結果次第とのことだが、僕の見張りをしている若者二人がこれまで行われてきた魔導士裁判の結果を嬉々として教えてくれたのだ。
一番最近にあった魔導士裁判なのだが、魔法を使った魔導士はこのエリア一帯が魔法禁止エリアだという事は承知していたそうだ。当時は自主的に魔法を使わない前提で魔法を禁止にしていたそうなのだが、町に迷い込んできた魔獣を討伐するためにやむを得ず魔法を使ったそうなのだ。結果的に負傷者は出た者の人間側に死者は出ず、魔獣も無事に討伐することが出来たのだが、魔法禁止エリア内で魔法を使ったことで裁判にかけられることになってしまった。
多くのモノの命を救い、被害も最小限と言っていいほどに抑えることが出来たのも魔法を使ったことが要因と認定されたのだが、魔導士に与えられた判決は死刑ののち国外追放と言うものだった。
その他にも、窃盗被害に困っていた商店の主が雇った傭兵が魔法を使って撃退したために死刑になっていたり、崖から落ちそうになって魔法を使い死刑になっていたり、意味も無く魔法で水を出して死刑になっていたりと、魔法を使った者は問答無用で死刑になっていたそうだ。
魔法禁止エリアが制定されてから裁判にかけられて死刑以外の判決を受けた者は、ただの一人もいないとのことだ。
僕が使った魔法は手を使わずに荷物を運ぶというものなのだが、こんな理由で死刑になってしまうのだったら、先に町ごと吹き飛ばしてしまえばよかったなと後悔していた。そんな事をしても意味が無いのはわかっているのだけれど、やらないで公開するよりはやって後悔した方がいいと誰かも言ってたし、それはそうなんだろうなと後悔していた。
裁判がどこで行われるのか、いつ行われるのか、何も知らされないまま夜を明かし、少し眠くなってきたところで乱暴に叩き起こされた。
膝から首までは拘束されているのだが、ギリギリ足を動かすことが出来るので自力で移動することは出来る。歩くことは出来るのだけれど、階段を下りたり手を使う動作は全く不可能だったので、僕は階段の前で立ち止まっていたのだが、僕を叩き起こした無礼な奴に蹴り飛ばされて階段を転げ落ちてしまった。
「お前は階段を下りることも出来ないのか。普段から魔法に頼っているからそうなるのかもな。だがな、ここからは処刑台以外は階段も無いから安心しろよ。どんな判決が下るかわからないけれど、処刑台に上がることが無いといいな」
連れてこられた場所は町の中心部にある広場なのだが、ここで裁判を行うのだろうか?
すでに傍聴者と言うよりも観客が多く集まっていた。酒を飲みながらヤジを飛ばしてくるものもいれば、なぜか僕に向かって石を投げてくるものもいた。中世の魔女裁判もこんな感じだったのかなと思っていたのだけれど、周囲の人たちが僕の事で喧嘩を始めてしまった。
ある男は僕に対して憎悪をむき出しにして何かを言っているし、他にも似たような人がたくさんいた。他には、魔法に対してはそこまで反感を持っていないようではあるのだけれど、一種のアトラクションやショーを楽しむ感覚で見に来ているような人もいた。
だが、会場に集まった女性は年齢を問わずに全員僕の味方をしてくれているようだった。僕に向かって物を投げている人を複数人で囲んで殴る蹴るの暴行を始めていたり、どこからか持ってきた花やお菓子なんかを僕に手渡そうとして警備兵に止められていたりした。ここでも僕の能力がいかんなく発揮されてしまっていたのだけれど、これは悪い印象を与えてしまうんではないかと思っていた。いい印象を与えたところで死刑になるのだろうから関係ないと言えば関係ないのだが。
何時から裁判が始まるのか知らされていないので何とも言えないが、ここについた時にはほとんど直射日光が当たっていたのだが、今では建物の影に隠れるくらいには時間が経過していた。日も沈みかけているのだけれど、裁判が始まる様子は全く見受けられなかった。
僕のすぐ隣にいる人も、僕を蹴り飛ばした人も、僕に石を投げてきた人たちもみんないなくなってしまったのだけれど、それはここにいる女性たちが僕に危害を与えそうな人をみんな排除した結果だったのだ。
もしかしたら、裁判官も排除してしまったんではないかと脳裏をよぎったのだが、さすがにそこまではしていないだろうと思いたい。
完全に太陽が沈み、街頭代わりの松明に火が灯されるとずっと空席だった場所に人が集まり始めていた。最後にやってきた男性は他の人に比べて貫禄があるのだが、中欧の空いている席にどっしりと座ると僕を睨みつけながら裁判の開始を告げた。
その言葉を聞いた観衆も固唾を飲んで事の成り行きを見守るのだった。
「名前も知らぬ冒険者よ。貴様はこの町全体が魔法を使うことを禁じていることを知っていたな。そのうえで、自分が楽をするために魔法を使ったことは間違いないな?」
「さあ、どうだったか覚えていませんね」
「そうか、素直に認めればよいものを。では、宿屋の主人の証言を聞こう。こちらへ連れてまいれ」
「はい。確かにこの男が荷物を宙に浮かべて運んでいるのを見ました。この者の荷物も魔法で封じられているようでして、中に危険物があるかどうかを調べることも出来ません」
「そうか。では、貴様に問う。貴様の持ってきたものはなんだ。申してみよ」
「えっと、食べ物とか飲み物とかだったと思います」
「それを証明するために荷物を開けることは出来るな?」
「いや、魔法を封じられている状況では無理でしょ。それに、開けるのに魔法を使ったら罪を重ねたとか言って罪を重くするつもりでしょ」
「そんな事はせぬのだが、まあ良い。では、名もなき冒険者よ。貴様に死刑を言い渡す。処刑はこの裁判が終わり次第直ちに行うものとする」
一部の男性陣からは拍手が起こっていたのだが、多くの女性たちは何故か涙を流して嗚咽を漏らしていた。お互いに名前も知らない相手のためにこんなにも悲しい気持ちになってくれるなんて、凄い能力をもらってしまったんだなと改めて感じられた出来事だった。
「待ってください。そう焦らずに死刑になさらなくても良いかと思いますよ」
「何を申すか。これはワシが決めたことだぞ。それに逆らうというのか?」
「はい。私をはじめとする、この町の女性一同はこのお方に対する死刑に反対をいたします」
「なぜだ?」
「このお方が、とっても素敵だからです」
「そんな理由が認められるか。裁判はこれにて閉廷いたす。今すぐこの者の死刑を執行せよ」
その後も一部の男性と女性たちのやり取りは続き、僕の死刑はいったん保留となってしまった。
その決め手となったのは、裁判長であり、この町の領主でもあるボンルドの妻であるモンテと娘のティアの強い反対があったためだ。
僕の死刑は確定したようなのだが、執行日は未定となってしまった。
何故か僕は死刑囚でありながら領主の屋敷の客間に泊ることになったのだった。
そして、身の回りの世話を主にしてくれるのは女中ではなく領主の妻であるモンテとその娘のティアだった。