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毒女鈴木愛華

 世界が終わりを迎えることよりも、私はみさきタンがいなっくなったことの方が衝撃だった。


 オリエンテーションが終わり校舎から出ようとしたときに物凄い衝撃を受けた。私は靴を履き替えている途中でしゃがんでいたので奇跡的に何ともなかったのだが、近くで友達と話をしていた生徒たちは方から上の部分が綺麗に無くなっていた。まるで、鋭利な刃物で切り落とされたような状態だったのだ。

 もちろん、私以外にも助かった生徒はいるのだけれど、冷静に状況を分析しようとしている自分が少し頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

 この状況下で私がすべきことは何だろうか。考えるまでもなく、みさきタンが無事か確認することだ。他の誰が犠牲になったっていい。みさきタンさえ無事ならそれでいいのだ。

 私は履き替えた外靴のまま廊下を走って階段を駆け上がり、みさきタンのクラスまでやってきたのだが、教室には誰もいなかった。一階で立っていた人間が全員死んでいたことを考えると、上の階にいたみさきタンも死んでしまったのだろうか。でも、この教室は窓ガラスも割れていないし、どこにも死体は転がっていなかったのだ。どうしてなのだろうと思ってよくよく考えてみると、私達三年生は放課後にも進路についてのオリエンテーションがあったのだった。それが無ければ私達はあの衝撃を外で直接受けていたのかもしれない。そう思うと、みさきタンは爆発の中心部にいたのではないかと考えてしまう。いやな事を考えるのはやめにしたいんだけど、どうしてもその事が頭から離れなかった。

 ふと、外を見てみたのだが、教室から見える外の景色は昨日と同じところを探す方が難しいくらい変化していて、私の家がある辺りも巨大なクレーターと化していた。何が起こったのかはわからないが、大きな爆発か何かが落ちてクレーターが出来てしまって、その衝撃で何人もの人が死んだのだろうという事は確かな事実だった。


 こんな時にどうすればいいのかわからなかったのだけれど、とりあえず職員室に行ってみるのが一番なのではないかと思って、私はそれ以外は何も考えないようにして職員室に向かった。その途中で、顔は見たことがあるけれど名前も知らない生徒や、なんとなく見たことがあるカバンを持っている顔のない死体がたくさん転がっていた。不思議な事に傷はあっても血が出ている様子は無かったで、私はギリギリのところで正気を保てていたのかもしれない。その中に、私の友達もいたような気がするけれど、きっとそれは見間違いかたまたま同じキーホルダーをカバンにつけていた生徒なんだろう。


 いつもなら生徒をほとんど見ることのない職員室ではあったけれど、今日に限っては生き残った生徒たちが詰めかけているせいで職員室の入口までたどり着くことが出来なかった。

 生き残っている生徒の中には残念ながら知っている顔はいなかったのだけれど、名前も知らない下級生に私は手を握られていた。その手は小刻みに震えていたのだけれど、きっとこの子は不安な気持ちでいっぱいなのだろう。私は初めて見たこの子を落ち着かせようとしたのだけれど、私も足が震えていて声が出なかった。声が出ないというよりはどうやって声を出していたのかがわからなかった。私以外にもそんな人は何人かいたみたいで、そのような呻き声がそこかしこから聞こえてきていた。


 制服や上履きを見ていて思ったのだが、職員室に詰め掛けているのは二年生と三年生だけで一年生はほとんどいないようだった。それに、みんな制服を着ているので体育会系の部活をやっている生徒はいないようにも思えた。職員室から見える部室棟の周りに多くの人が倒れているのが見えたのだけれど、それを一か所にまとめている金髪の少女が目に入った。

 金髪少女のアリスは昔から他人を思いやる心を持ち合わせているのだが、その外見も相まって天使にしか見えないと評判だった。ただ、そんなアリスも目の前に広がっている光景がショックだったようで、いつもなら何をやるにもハイテンション気味なアリスがガックリと両肩を落としているように見えるのは印象的だった。


「先輩。これって何が起こっているんですか?」

「私にはわからないけど、何か大変な事が起きているってのは間違いないんじゃないかな」

「そんな事はわかってるんですけど、スマホの電波もないしどうしたらいいんですか。私一人じゃ何も考えられないんですよ」

「私も何が起きているのかわからないし、何かわかったら先生が教えてくれると思うんだけど、職員室の前にいる人たちって大人しすぎない?」

「さっきまで何か言ってたと思うんですけど、そう言えば静かになってますね」


 私達は恐る恐る前に足を踏み出したのだけれど、そこにいる人たちはみんな立ったまま意識を失っているようだった。生きているのか死んでいるのかもわからないくらいの状態だったのだけれど、かすかに息が聞こえている女の子がいたので死んではいないのだろう。

 なるべく誰にも触れないように気を付けて職員室の中を覗いたのだけれど、そこには先生たちの姿は無く、代わりに見たことのない女性が立っていた。

 顔立ちは綺麗なのだけれど、どこかきつい印象を受けるその女性は私と目が合うと、口元は笑っているのに目は全く笑っていない表情を浮かべて近付いてきた。


「あなたはやっぱり生き残ったのね。でも、あなたと同じ条件をクリアした人たちがちょっと残りすぎたのはダメね。もう少し特殊な状況で生き残ってもらえたら嬉しかったんだけどな。まあいいわ。あなたがちゃんと生き残ってくれたおかげで私も駒が手に入ったわけだしね。何の事って顔をしているけど、あなたが知らないことなんだからどうでもいい話よ」

「誰なのかわからないですけど、何を言いたいんですか?」

「私の言っていることなんて気にしなくていいのよ。どうせあなたは選ばれなかった側の人間なんだからね。そのおかげで私があなたを選ぶことが出来たんだけどさ。それと、あなたと一緒に生き残った人達なんだけど、邪魔だからそのまま死んでもらう事にしようかな。でも、安心していいわよ。私は斬り裂いたり燃やしたりなんて野蛮な事はしないからね。と言っても、私の毒の方が苦しいかもしれないんだけどね」

「……毒?」


 この人が言っていることは本当に理解出来なかったのだけれど、良くない事をしている人だという事は理解できた。そんな人が毒を撒くというのは普通の人が毒を撒くよりも危険なのではないかと思えたのだ。私の手を握っていた女性とは他の生徒たちと同じように立ったまま意識を失っているようなのだが、繋いでいる手を通じて心臓の鼓動が早くなっていっているのを感じていた。

 これが毒の影響だというのか。私も身構えてはいたのだけれど、鼓動が早くなったり息苦しくなるというのは感じなかった。その代わり、少しずつ視界がぼやけてきていた。だんだんと色がわからなくなっていき、目を開けているのか閉じているのかもわからなくなってしまった。


 何も見えずに声だけが聞こえる状況は恐怖でしかなかったのだが、目の前にいる女がみさきタンだったらまた別の印象を受けていたかもしれない。それくらいに、愛とは尊いものなのである。


「私の声が聞こえているかはわからないけど、聞こえているなら良い事を教えてあげるわよ。あなたの大好きな佐藤みさきなんだけどね、彼氏である前田正樹と一緒に他の世界で新しい命を手に入れたのよ。そのためにこの世界でとある事をしていたんだけど、そのせいで世界は終わりを迎えることになったのね。あら、その様子だと私の声は届いているようね。もう一ついい事を教えてあげるわ。佐藤みさきと前田正樹が一緒に過ごしてある程度の時間が経つと、その世界は壊れて別の世界に転生することになるんだってさ。つまり、あなたは前田正樹から佐藤みさきを守って隠さないといけないってわけ。でもね、私はそんな事をしてほしくない訳よ。どうしてかって気になっているみたいだけど、世界が壊れれば壊れるほど神も悪魔もその力を弱めていくのよ。私達みたいにどちらでもない存在が最終的に勝ち残るには、強者が弱ってその隙をつくのが一番なのよ。そこでね、佐藤みさきに取り入るために仲のいいあんたの体をいただこうかなって思っていたわけなんだけど、その体を譲ってもらえるよね?」


 私の答えはもちろんNoなのだが、言葉にすることが出来なかった。みさきタンとあの糞虫がこの世界を破壊した原因になったのとかはどうでもいい。みさきタンと糞虫が新しく転生した先の世界を壊すこともどうでもいい。問題は、あの二人が同じ世界の同じ時期に同じ場所に転生するというのは許せない。それだけは許してはいけないと思う。

 それに、私の体をいただくってどういう事なんだろう。漫画みたいに体を乗っ取るのだとしても、普通に考えればそんな事は無理だろう。でも、今の状況はそれもあり得るんじゃないかと思えていた。そうなると、私は少しだけ怖くなってしまった。


「じゃあ、覚悟は出来ていないみたいだけど、その体をいただくわね。あなたの魂がどこに行くのかなんて知らないけど、天国ってとこに行けるといいわね。神の支配する天国なんて、ここよりも地獄でしかないけど、せいぜい楽しんで頂戴ね」

「そんな事はさせないよ」


 正直に言ってしまえばもう駄目だとは思っていた。アリスの声が聞こえて助けに来てくれたのはわかったのだけれど、あんなにか弱くて可愛いアリスが助けに来てくれたとしてあの女に勝てるとは思えなかった。アリスに逃げてと伝えたいのに、その言葉ずらも出なかったのだった。


「お前は見たことがあるような気がするのだけど、どこかで会ったことあったっけ?」

「さあね。あなたが一方的に知っているだけじゃないかな。私はあなたがその体の中で様々な毒を作り出していることも知らないし、その毒を好きなように調合して好きな濃度で噴出させることが出来るなんて知らないよ。ただ、知っていることはあなたは私に勝てないってことくらいかな」

「何を言っているのかわかっていないみたいだけど、私の事を知っていたとしたって対処法がわからなければ意味がない事なんだよ。お前はもう、私の毒によって死ぬことが決まっているんだよ」

「はあ、バカは死んでも治らないって諺があるんだけど、それって本当だったんだね。昔の人が言う事なんて迷信なんだろうって思っていたけど、次からはちゃんと勉強することにしようかな。それと、君の毒は私には効かないよ」

「どういうことだ。お前に与えた毒はクジラですら一瞬で絶命するほどのモノだぞ。なぜそれが効いていないのだ?」

「天使も悪魔も魔物も生まれ持った才能が人間よりも優れているので成長することは無いって聞いていたんだけど、成長って頭の中身の事も言っているみたいだね。人は転生するときにある程度の記憶は残っているんだけど、君たちはそれすらも学習できないんだね。君は私達が過去に三度殺しているんだけど、それすらも覚えていないってのは頭の出来以前の話になっちゃうね。君の毒を生成する能力は凄いと思うけど、その毒が全て一つの細胞から作られているんだから、対策を立てるのは簡単なんだよ。君は自分でもそれに気付いていなかったみたいだけど、次は無いから安心して死んでいいからね」

「なぜだ。なぜおまえにはわたしのどくがきかないのだ?」

「なぜって言われてもね。君の毒が君に効かないのと同じような理由だと思うよ。じゃあ、次はもう生まれ変わらなくてもいいからね」


 何が起こっていたのかはわからないけれど、アリスがあの女をどうにかしてくれたという事だけはわかった。でも、どうしてアリスにそんなことが出来たのかはわからない。何かをしていたようではあるのだけれど、私はだんだんと意識も薄くなってきていた。考えることも面倒になってきた。


「愛華には悪いんだけど、この毒の力を受け継いでほしいんだ。その力を使って正樹とみさきを助けて欲しい。私はこの世界から離れることは出来ないけど、君たちが世界を崩壊させた奴らを倒して戻ってきてくれることを期待しているよ。それまでは私がお姉ちゃんと一緒にこの世界を守っているから安心してね。これだけは覚えておいて欲しいんだけど、正樹とみさき以外は信用してはいけないからね」

「ありすもいっしょがいい」


 私は薄れゆく意識の中で思ったことを口に出していた。声になっていたかはわからないけれど、私を抱きしめるアリスの腕のぬくもりを感じてはいたのだった。




 目が覚めた私は体に不調を感じていなかった。先ほどまでの倦怠感も無く、心なしかウエスト回りも細くなって胸もいい感じの大きさになっていた。

 辺りを見回してみると、見たことも無いような植物が生い茂る原生林のようなところで、どこに行けばいいのかもわからない。どっちがいいんだろうと思ってあたりを見回していると、人ではないが人に見える獣と目が合った。お互いに目を逸らすことは無かったのだが、その獣は私に向かって襲い掛かろうとしてきた。私は恐怖でとっさに手で顔を覆ったのだが、一向に獣が襲ってくる様子は無かった。

 どうしたのだろうと思って手をどけてみてみると、私の足元で痙攣している獣の姿が見えた。

 見たことも無い土地に飛ばされた私に与えられた能力ってやつなのかな。なんて思いながらも記憶をたどってみると、アリスが私に毒の力をあげるみたいなことを言っていたような気がする。きっと、そう言う事なんだろう。


「今のままじゃダメね。もっと思い通りに毒を使えるようにならないとみさきタンを守れないわ。よし、そうと決まればたくさん実験して自分の力を確認するぞ!!」


 私はみさきタンに出会えるまでにいくつの世界を救い、いくつの国を滅ぼしたのかはわからない。世界を救っていたり国を滅ぼしてみたりしてわかったことなのだが、いくら世界を救ったとしても、まだまだ救われたい世界が無数に存在しているのだ。世界中に毒を撒いて一歩も動かないまますべての生物を死滅させたこともあったし、魔物だけに効く毒を作ってみたこともあった。

 どの世界のどの魔物や人間に対しても効果のあるものは効果があるし効果が無いものは効果が無いという事がわかったのは大きな収穫となった。


 私は世界を救うたびに違う世界に飛ばされてしまっていたし、世界を救うことが出来ずに滅ぼしてしまっても違う世界に飛ばされていた。

 救っても救わなくても飛ばされるのなら、最初から全員殺して次の世界に行ってしまった方が早いと思う。私はみさきタンのいる世界に行かなければならないのだから。


 もう何度移動したのかは覚えていないけれど、自分の中にある毒の使い方を完全に理解した時、この世界にはみさきタンがいるような気がしてならなかった。甘い匂いの中に少しだけ蒸れたような匂い。これはきっとみさきタンの臭いに違いない。私はそう確信したので、この世界は一気に滅ぼすことはせずに、地道に探すことにしたのだった。

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