獣人 最終話
聖騎士団団長の死は私が原因ではないので問題ないと思うのだけど、一部の人間には私が聖騎士団団長をおびき出して殺させたのではないかという考えがあったようだ。
あの場所に唯ちゃんがいたのは大体知っていたんだけど、私よりも強くなっているとは思っていなかった。そのうえ、愛ちゃん先輩も一緒にいて私が何も出来ないまま聖騎士団団長を殺されるなんて思ってもいなかった。その点を思えば、私の慢心が聖騎士団団長を殺したと言っても仕方ないのかもしれない。そんな風に思われたとしても、私は何も思ったりはしないのだけどね。
そして、なぜか愛ちゃん先輩は私と一緒に獣人の町についてきたのだ。どうしてついてきたのだろう?
「あの、そちらの方はどちら様でしょうか?」
「私がもともと住んでいた世界の先輩です。私のお姉ちゃんの同級生です」
「もう、そんなつれない紹介は良くないよ。私はみさきタンとラブラブな関係なんだよ。ちゃんと紹介してくれなきゃダメだからね」
「はあ、そんな関係になってはいないと思うんですけど」
「今はあの糞虫に会えないんだし、会ったところで私の毒でどうにでもなっちゃうんだからね。あいつがどんなに強くなったって、私の毒は気付かないうちにその体を蝕んでいくんだよ。それはみさきタンも良くわかっているんじゃないかな?」
「ところで、聖騎士団団長殿はどちらにいらっしゃるのですか?」
私と一緒に出ていった聖騎士団団長の姿が無いので当然の質問だと思うのだが、私は何と答えるべきなのか口をつぐんでしまった。
そんな私の代わりに愛ちゃん先輩が口を開いた。横目に見てもその表情は嬉しいことがあったとしか思えないものだった。
「みさきタンと一緒にいた男だったら、私の毒で死んじゃったよ。人間に使ったのは最初だったんで加減がわからなかったんだけど、あんな程度で死んじゃうとは思わなかったんだよね。もう少し耐えられるのかなって思ってたんだけど、数秒で意識は無くなっていたんじゃないかな。でもね、あの人は最後まで倒れずに立ったままだったんだよ。そんな事をしても毒が体から抜けるわけでもないのに、意地だけで立ってたんだとしたら凄いよね。私は自分の毒で死ねないし、その苦しみはわからないんだけど、無味無臭の私の毒が体に回ってもそんなに苦しい思いはしないんじゃないかなって思ってるんだ。だって、あの男だってうめき声をあげずに立ったまま意識を失っていたんだもんね。あれ? そう言う意味じゃ加減がうまく行っていたのかもしれないな。苦しまずに死ねたってことは、死にたい人は楽に死ねるってことだもんね。あなた達も死にたくなったら私に言ってね。楽に死なせてあげるからさ」
「何を言っているんだ。団長殿がお前ごときに殺されるはずがないだろう。そうか、団長殿は何か用事が出来て戻ってきていないだけだな。そうとわかれば今から迎えに行くことにしよう。皆も団長殿を探しに行くぞ」
「そんな事をしたって無駄だと思うのだけどね。そうだ、みさきタンは今何かして欲しい事とか困っている事とかってないかな?」
「いやいや、愛ちゃん先輩がいること自体が迷惑だし困っているよ」
「そんなつれない事を言わないでよ。私だってみさきタンのために何かしたいって思っているんだよ。みさきタンは私のこと以外で困っていることってないのかな?」
「あったらどうだって言うのよ。愛ちゃん先輩に言ったってどうにもできないと思うし、言っても無駄だもん」
「そんな事ないよ。私だってこっちに来てから出来ること増えたんだし、きっと役に立つと思うんだけどな。例えばさ、ここにいる全員を殺すとかね」
「バカじゃないの。そんなことしたって意味ないでしょ。もっとまともなこと言えないのかな?」
「私はいたって大真面目なんだけどな。それにさ、ここってなんか獣臭いでしょ。私ってあんまり獣臭が好きじゃないのよね。動物とかは好きなんだけど、洗ってない獣の臭いって本当に無理なのよ。だからさ、獣はみんな殺しちゃってもいいかな?」
「ダメに決まってるでしょ。それこそ頭のおかしいやつだよ」
「ええ、ちゃんと腐敗しないようにするからさ。私は動物は好きだけど、臭いが苦手なだけなんだよ。だから、ここの人達って動物みたいな見た目だから臭いさえなければ好きになれるかもしれないんだよね。いや、人みたいな動物って考えてみたら気持ち悪いかも。ごめん、やっぱりみんな殺しちゃうね。その方がきっとこの世界のためにもなると思うよ」
「そんな事はないって、それよりもさ、愛ちゃん先輩って自分が殺されるとは思ったりしないの?」
「どうしてそんな事を考える必要があるの?」
「ここにいる聖騎士団の人達もそうだけど、獣人の人達も愛ちゃん先輩の言動を見て戦うことにするみたいなんだけど。それでも愛ちゃん先輩は自分が殺されることを考えたりしてないのかな?」
「え、私がここの人達に殺されると思うわけないじゃない。だって、ここの人達って戦うことくらいしか能がないみたいだし、そんな人達に私が負けることは無いと思うんだよね。万が一ってことがあったとしても、唯ちゃんが何とかしてくれるしね。あ、みさきタンの他の女の事を頼ってごめんね。でもさ、私の毒はいくらでも変えられるんだから、どうにかしようとしても無駄だと思うんだよね。だって、今だってみんなが動けないように神経を麻痺させているからね。もちろん、みさきタンは別だよ。無差別に殺したいわけじゃないんだよ。今はちょっと邪魔はしないでもらいたいだけなんだよね。どうしてもって言うなら、邪魔してもいいんだけど、そんな事って出来るのかな?」
「出来るかもしれないよ」
私は毒に耐性なんてないし、愛ちゃん先輩がその気になれば簡単に殺されちゃうとは思っているんだけど、獣人の中にも聖騎士の中にも毒に耐性がある人はいるのだ。そう信じていたのだけれど、誰一人として動ける人はいなかった。こういう時って誰かが毒に耐性を持っていてどうにかしてくれるもんなんじゃないのかなって思ったんだけど、なかなかそんな風にうまく行くことってないのね。
どうすることも出来ないのかなと考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「嘘、なんでまー君がここにきているの?」
「みさき助けに来たよ。一緒にいたら世界が崩壊するってのは知っているけど、困っているみさきをそのまま放っておくことなんて出来ないよ。僕の魔法で今から助けるからね」
「世界が終わったとしても私はまー君に会えて嬉しいよ」
「ちょっとちょっと、なんで糞虫がここにいるのよ。唯ちゃんはどうしたっていうのよ」
「え、唯ならここにいるけど。君たちの事を全部教えてくれたよ」
「そんな事をするわけないじゃない。唯ちゃんはみさきタンからあんたを引き離して二人だけで幸せになるから、愛ちゃん先輩はみさき先輩と幸せになれって言ってくれたのよ。どうしてここに連れてきてるのよ」
「だって、だって、お兄ちゃんがかっこよすぎるんだもん。そんなお兄ちゃんに隠し事なんて出来ないよ。それにさ、唯はお兄ちゃんの事が好きだからお兄ちゃんが困ることをしたくないんだもん」
「何を寝ぼけたことを言っているのよ。そんなんじゃ私とみさきタンの幸せはどうなるのよ。って、よく見たら糞虫じゃなくていい男に見えてきたわ。でも、私にはみさきタンがいるし。でも、いい男よね。ねえ、私もそばに置いてもらってもいいかな?」
「お兄ちゃんは唯のものだからダメだよ。愛ちゃん先輩はみさき先輩と幸せになってもらいたいな」
「もう、みさきタンの事は好きだけど、同じくらいあんたの事が好きになってしまったかも。あんたって、本当にいい男になったわね。ずっと糞虫だったと思っていたけど、こんなにいい男だったって知っていたら、私はもうどうしたらいいのよ」
まー君が助けに来てくれたのは嬉しいんだけど、助けに来てくれただけで何もしていないような気がするのよね。それに、唯ちゃんがいつもよりもまー君にべったりくっついているのも気になるし、獣人の雌たちもまー君に見とれているのが気に入らないわ。
それにしても、私の彼氏って本当に、いい男よね。