獣人 第三話
この世界では人間と魔獣と獣人がいるみたいなのだが、人間にとっては魔獣も獣人も変わらない敵との認識があるようだった。獣人と魔獣は似て非なるモノだが、人間から見てみたらどちらも人間を襲ってくる敵という認識で間違いない。そもそも、人間同士でも多少の争いがあって命のやり取りも行われたりしているのだが、魔獣と獣人のように近付くものを手あたり次第襲うという事は無いので、その辺で人間と獣の違いがあるのかもしれない。
獣人サイドは多少なりとも人間との関係を改善したいと思っているようなのだが、縄張り意識の高さと自分の理解出来ないものは排除するという性質があるためうまく人間と関わることが出来ないようだ。人間側も少数ではあるのだけれど、獣人と魔獣の違いを認識している者はいて、時々接触を図ってくるものがいるにはいるのだ。
しかし、獣人にとって友好的な人間と敵対心をむき出しにしてくる人間の区別をつけることは難しく、表面上は友好的な者を招き入れて仲間を殺されたり、友好的なものを敵だと思い込んで惨殺したりといったことが頻発していたようだ。
私が獣人と行動を共にするようになってからしばらくたったある日、一人の騎士が獣人によって連れられてきた。豪華な装飾が施されている剣を持っている騎士はボロボロになってもなお命乞いをすることも無く、目に見える獣人に対して話し合いによる解決を求めていたのだ。
獣人たちは話し合いで解決するという事をそもそもしないので困り果てていて、以前ならその場で殺していたと思うのだが、私がそう言った人が来た場合には話を聞いてあげるという約束を取り交わしておいたので、彼は抵抗できない程度にボロボロにされながらも私の前に連れてこられたというわけだ。
「頼む、私の話を聞いてくれ。私の話を理解できる者はいないのだろうか」
力なく項垂れながらもそう繰り返す彼を見ていると、どんなに強くても一人では獣人に勝てないのだろうと思った。少なくとも、普通の人では一対一の状況で獣人に勝つのは無理だろう。今回は他にも彼の仲間が何人かいたようなのだが、目の前にいる彼がその身を挺して他の物の逃げ道を作ったそうだ。自分の命を賭してでも仲間を助けるというのは見た目だけではない真の騎士と呼んでいい存在のように思えた。
「ねえ、あなたって聖騎士団の人?」
彼は私を見て驚いていた。獣人の中に人間がいることに驚いているのか、私の問い掛けの内容に驚いているのか判別が難しいが、とにかく彼は驚いていた。
「私の質問が理解出来ないのかな?」
「いや、そうではなくて。魔獣の中に人間がいるという事の驚いているのだ。いや、君は人間だよな?」
「そうよ。この世界の人間ではないけれど、私はれっきとした人間よ。ただ、あなたに聞きたいことがあるんだけど、いくつか質問してもいいかしら?」
「聞きたいことがあるなら何でも聞いてくれ。私が答えられることなら何でも答えよう」
「じゃあ、さっそく質問させてもらうけど、聖騎士団団長ってどんな人なの?」
「どんな人と言われてもな。一言で言い表すのは難しいが、先代の団長と違って今の団長はとても団員思いの素晴らしい方だ。あの方がいなければ私は皆のために犠牲になろうとは主わかったと思う、それくらいに彼の行動に私は感銘を受けているのだ」
「よくわからないけど、いい人って事よね。その人って、本当にいい人なのかな?」
「もちろんだ。彼と少しでも関わった者は彼の事が嫌いだったとしてもその人間性にひかれてしまうのだ。かつてこの国には災厄の魔女と呼ばれた魔導士がいたのだが、彼と結婚してその性格も変わり、今では二人の子供を育てる良き母となっているくらいだ」
「そうなんだ。じゃあ、その団長さんと話がしたいと言ったらあなたは何か出来るかしら?」
「話し合いの場を設けることは私の力では難しいかもしれない。だが、団長は私の話を聞いて何らかの形で君と話をすることになるとは思う。私がここに来たのも、魔獣の中に話が通じるものがいるのではないかという思いが我々の中にあったからだ」
「どうしてそう思ったの?」
「三日ほど前に私達の仲間が戦った魔獣の中に、こいつらを殺すかどうか聞かないとダメだな。と言っていた奴がいたそうだ。そいつらは結局我々の仲間を殺すことも攫うこともせず、森の奥へと消えていったそうなのだが、生き残った彼らのその言葉に興味を持った団長が調べるためにここへ来ようとしたのだが、団長自ら先陣を切って調査に乗り出すことを国王陛下が許すわけもなく、代わりに私の部隊が調査に来たというわけだ」
そうか、むやみに人を殺すなと言っておいたことが功を奏したのだ。その場に置いて来ても連れてきても今の状況は変わらなかったかもしれないけど、こうして私が直接話を聞けるのは今だからかもしれない。その時だったら面倒になって殺していたかもしれないからね。
「私からも質問をしていいだろうか?」
「どうぞ、質問って言われてもちゃんと答えられるかわからないんだけどね」
「素朴な疑問なのだが、どうして君は魔獣と一緒にいるのだ?」
「それは私もどうしてかわからないんだけど、気が付いたら森の中にいて、ここの獣人たちに襲われてたのよね。で、それを返り討ちにしたらここで暮らすようになったって事かな。本当ならあなたたちの住んでいるところに行きたかったんだけど、ちょっとそうもいかない理由があるのよね」
「私達は旅人を拒むようなことはしないぞ。君さえよければ我々のもとで庇護するのだが、どうだろうか?」
「そうね、それはありかもしれないけど、私にはそれが難しい理由があるのよ。あなたの団長のところにまー君がいるでしょ?」
「まー君?」
「私と同じで別の世界から来たカッコイイ男の子なんだけど」
「ああ、正樹殿だな。彼は本当に素晴らしい男だ。あれほどの魔力を持っている男子など今まで見た事ないのだが、それよりもあの魔力を持っていてなお他人を労わる優しさを持ち合わせている素晴らしい男だ。弱きものを守る真の騎士と言っても差し支えない男だな。彼がどうかしたのかな?」
「まー君は私の恋人なんだけど、会えない理由があるのよ」
「何と、あなたは正樹殿の恋人であったのか。正樹殿も恋人を探していると聞いたことがあるのだが、それなら会いに来られてはいかがだろうか?」
「会いたいのは会いたいのよ。でもね、私達にはちょっと会えない理由があるのよね。二人が出会うと、その世界が崩壊しちゃうって呪いがかけられているのよ」
「それは本当なのか?」
「少なくとも、前にいた世界は崩壊したし、その前の世界も崩壊してしまったわ」
「それは悲しい事だな。恋人に会えないのは辛いだろう。せめて、一目でも見に行ってみてはどうだろうか?」
「あなたは優しいのね。でも、そんな事をしたら直接会いたくなってしまうと思うのね。で、話は変わるんだけど、あなたたちって獣人と魔獣の違いって判るかしら?」
「獣人と魔獣の違い?」
「そう、ここにいるのは獣人で、いきなり襲い掛かってくるのは魔獣なんだって」
「いやいや、ここにいるのも急に襲い掛かってきたぞ。そんなので判断なんて無理だろう」
「そうよね。私もそう説明されたけど、出会った時にいきなり襲い掛かられたから理解できていないのよね。そこでなんだけど、あなたのところの団長さんを連れてきてもらう事って出来ないかしら?」
「それはおそらく可能だと思うな。話が通じるあなたのような方がいるとわかれば国王陛下も理解していただけると思うし、何より正樹殿の恋人であるという事がわかれば反対もされないだろう。ただ、それを裏付ける証拠になりそうなものを貸していただけないだろうか?」
「そうよね。ただ行って帰ってきたって信じてもらえないだろうし、洗脳されているかもって考えるのが普通よね。何か良いモノがあるといいんだけど、そうだ、まー君とお揃いで買ったキーホルダーがあるからこれを持って行って頂戴ね。返してくれないと殺すからね」
まー君がここの近くにいることが確認出来たのは良い事なんだけど、会ったところで世界が崩壊してしまうのは問題よね。どうにかしてそれを解決する方法を探さないとな。災厄の魔女ってその辺の知識があるかもしれないし、団長だけじゃなくて魔女も連れてきてもらえばよかったかな。
でも、魔法って苦手なのよね。




