獣人 第二話
「その聖騎士団団長って何者なの?」
「俺らもよく知らないんですけど、人間が信じている神に仕えている騎士団とか言ってました。俺らは神から見放された存在なんで詳しくないんですけど、あいつらと戦うときは俺たちも死を覚悟して挑むくらいには強いです。でも、みさきさんほどではないですよ」
「そうなんだ。で、その人ってまー君を傷つけたりすると思う?」
「どうなんでしょうね。実際は一番強いってわけでもないと思うんですけど、とにかく信頼が厚いって感じだと思いますよ。彼の言うことにみんな従ってるし、俺らが真っ先に彼を狙っても絶対に邪魔されますからね。それくらい大事な人なんじゃないですか」
「それならまー君も大事にされてるかもしれないんだね。ところで、神に見放された存在ってどういうこと?」
「俺らの先代なんですけど、昔はみんな仲良く暮らしてたらしいんです。その事は言い伝えで聞いているだけなんで本当かわからないんですけど、俺らの中から血に飢えて戦う事しか考えられない奴らが出てきたみたいです。そいつらが俺らを生み出した神にまで戦いを挑んだらしいんですけど、当然返り討ちにあったんですよね。で、その時に神の側についていたのが人間の聖騎士団って話なんですけど、俺はこれは作り話なんじゃないかなって思っているんですよね。だって、神がいるとしたら俺たちはもっと大切にされててもおかしくないじゃないですか。人間の侵略からこの土地を代々守っているんですし、あいつらと違って大地を汚したりしていないんですよ」
「それが神となんか関係あるの?」
「そう言われてしまったら関係ないかもしれないですけど、俺らは魔獣と戦ったりもしているんですよ。元々俺たちと魔獣は親戚みたいなもんなんですけど、人間からしてみれば違いだってそんなにないかもしれないですよね。でもね、俺たちだって黙って殺されるのはごめんですから、この辺りの魔獣を全て駆除して獣人の国を作りたいと思っているんですよ」
「国を作ってどうするの?」
「それなんですよ。国を作ろうって目標はずっと昔からあるんですけど、作ったところで何をすればいいんだろうって話なんです。人間の国の偉い人から話でも聞ければいいんですけど、あいつらって俺たちが獣人だって理由だけで悪者だって決めつけて話も聞いてくれないんです。そんなのって酷いと思いませんか?」
「いや、お前の仲間は私を襲ってきただろ。そんなことしてたら悪者扱いされたって仕方ないと思うぞ」
「でも、勝手に人の土地に入ってくるのは良くないと思うんですよ。他人の土地を荒らしていたら襲われたって文句言えないと思うんですけど」
「私はお前らの土地を争うとしたんじゃないくて、まー君の事を知っているかどうか聞いただけなんだけど、質問をしただけで殺されそうになるなんて普通じゃないと思うよ」
「そう言われたらそうかもしれないですけど、俺らって力が全てなんでとりあえず見た事ないやつがいたら腕試しして見たくなるんですよ。みさきさんの強さはみんなで共有しているんで安心してください」
「共有ってなんだ?」
「俺らって人間に比べて文明は発達しているとは言い難いんですよね。そんな中で生まれたのか与えられたのか知らないですけど、俺らの中で要注意と認定した人とか魔獣の情報が何故か共有されているんですよ。生存確率を高めるためじゃないかって言ってた人がいたんですけど、どうなんでしょうね」
「その言ってた人ってどこにいるの?」
「ああ、その人なら俺らを殺して脳を調べようとしたんで、先に殺してやりましたよ」
「そうだと思ったけど、期待通りの行動をしてくれるんだな。そんなんじゃ自分たちの国なんて作れないと思うよ」
「あいつもそう言ってたと思うんですけど、どうしてそう思うんですか?」
「私がそう思った理由だけど、お前らは人間に対して殺すという選択肢を選ぶのが早すぎる。お前らの問題だから全員殺すなとは言わないけど、そいつはお前らの知らないことを色々と知っていたんだろ。だったら、それを全部聞きだしてから殺したって良かったんじゃないかな?」
「でも、あいつに聞いても何も教えてくれなかったですよ」
「そりゃそうだろ。そいつだってそんなに簡単に殺されるなんて思ってなかったと思うよ。殺されるってわかっていたら、もっと別の事をやって助かろうとしていたはずさ。そのために情報を小出しにしていたんだと思うしな。それがだ、何の駆け引きも無く気に入らないからって理由で殺されてみろ。そいつだってどうして殺されたんだかわからないままじゃないかな。お前らだって、そいつの知識を手に入れることが出来なくなったんだからな」
「じゃあ、みさきさんが俺らにそのやり方を教えてくださいよ」
「やだよ。そんなの面倒じゃん」
「俺らだって面倒ですよ。どうしたらいいと思います?」
「お前らは考える前に戦おうとしていると思うんだけど、お前らが言ってた神にまで戦いを挑んだ奴の話って、特別な個体じゃなくてお前らの本能なんじゃないか?」
「あれ、そう言われてみたらそうかもしれないです。ずっと違和感があったんですけど、俺もそいつの立場だったら神に戦いを挑んでたかもしれないです」
「でもさ、神なんてどうせろくでもない自己中な奴なんだからそれくらいがちょうどいいと思うよ。私も自称神のせいでまー君に会えてないしね。どれくらい強くなれば神に勝てるのかわからないけど、とにかく限界まで強くなろうと思うよ。その時は、あんた達を貶めた神と一緒か知らんけど、一言言ってやるよ。でも、忘れてたらごめんね」
「忘れるのなんて仕方ないです。俺らだって色々忘れることありますからね。それに、そう言ってくれただけでも嬉しいです」
「ところでさ、国を作るって言ってたけど、君たち獣人って何人くらいいるの?」
「みさきさんが殺した人数を引いてみたら、百は切ってるかもしれないです」
「小さい国になりそうだな。魔獣ってのも同じくらいいるの?」
「いや、あいつらって人型に進化しない代わりに繁殖力が高いんですよ。どれくらいいるのかわからないけど、人間たちより数は多いかもしれないです」
「この国の人間ってどれくらいいるかわかる?」
「俺らが殺した人間とは違う人間が言ってたんですけど、三万人くらいって言ってましたよ。三万人ってどれくらいですかね?」
「簡単に言うと、お前らを一つの単位としてそれが三百個あるくらいかな」
「へえ、そんなにたくさんいたんじゃ俺らは勝ち目ないじゃないですか」
「でもさ、人間は全員が戦うわけじゃないからね。女は基本的に外に出て戦わないと思うよ」
「いやいや、何言っているんですか。人間たちの女は魔法をガンガン使ってきますよ。昔は騎士団が主力だったけど、今では女性で構成されている魔導士旅団が主力ですからね。あいつらは一個一個のチームは仲が悪いのに、それを感じさせないくらい一人一人の能力がヤバいんですよ。みさきさんでも戦ったら厳しいかもしれませんよ」
「人間同士で戦う理由なんてないだろ」
「そんなこと言ったら、俺たちだって獣人と人間で戦う理由も無いんですけどね。でも、お互いに理解しあうこと何って無理でしょうね」
「うん、無理だと思うよ。でもさ、時間をかければ何とかなるんじゃないかな」
「そんなもんなですかね」
「世の中意外と単純だったりするからね。自分から歩み寄ってみるのも大事だと思うよ。お前だって他の奴と違って私に襲い掛かったりしてこなかったじゃないか」
「まあ、目の前で一万人近い仲間が何も出来ずに殺されるところを見てしまったら、いくら俺達でも勝てない相手がいるってことくらい理解しますからね。あれ、みさきさんが殺し奴らがもっと早く気付いていたら、もっと俺たちの戦力って整ってたんじゃないですかね?」
「そりゃそうだろ。私はお前たちのお陰で結構強くなれたからどうでもいい話だけどな」
このまま獣人という種族を絶滅させてみるのもいいかなと思っていたんだけど、まー君を呼び出すのに使えそうな予感がしていた。聖騎士団団長とまー君が一緒にいるとしたら、こいつらを暴れさせて聖騎士団団長がここに来るように仕向ければいいのではないだろうか。その時に、聖騎士団団長にまー君を呼び出してもらえれば全てうまく行くんじゃないかな。
魔獣は言葉も通じなさそうだし、こいつらは頭も悪そうなんで使い方次第ではまー君と一緒に行動できるかもしれないしね。
それにしても、会ってからどれくらいで世界は壊れてしまうんだろうな?