十代美少女前田唯
具合が悪くて寝込んでいたので気が付かなかったのだけれど、世界はほとんど崩壊してしまったらしい。その原因は、お兄ちゃんとみさき先輩らしいのだけれど、何をしたらそうなるのか不思議でたまらなかった。
そして、私は世界の崩壊に巻き込まれることも無く、一人で家に取り残されてしまった。ママもパパも、もちろんお兄ちゃんもいない家に一人でずっといるのは寂しくもあったけれど、気が付いた時には何日も経っていたんじゃないかなと思っている。
お兄ちゃんのベッドからお兄ちゃんの匂いがしなくなっていたし、食べるものもほとんどなくなってきたので、私は仕方なく外に出て何か食べる物が無いか探してみることにした。
不思議な事に、私の住んでいる辺りはいつもと変わらない風景が広がっていたのだけれど、学校に近付くにつれて建物が壊れていき、みさき先輩の家の近くに行ってみたところ、巨大なクレーターが出来ていて進むことが出来なくなっていた。
しばらく歩いていたけれど、誰とも出会わなかったしいつも見かける野良猫も姿を現してはくれなかった。
みさき先輩の家の方に行っても何もないのは見てわかったし、家の近くに何かないかと探してみることにしようかな。
家の近くは比較的無事な建物が多かったのだけれど、塀の隙間から覗いてみると正面の見える場所以外は壊れていることが多かった。
自分の家に近づけば近付くほど無事な家の割合が多くなっているのだけれど、きっとこれはお兄ちゃんが私を守ってくれたからに違いない。直接守ってもらいたいんだけど、お兄ちゃんは今どこで何をしているのか心配になっちゃうな。みさき先輩も無事だといいんだけど。
「もしもし、すいませんが、あなたは、この家の、住人の、方ですか?」
「違います」
誰もいないと思って鼻歌なんて歌っていた時に話しかけられてしまったから驚いて嘘ついちゃったよ。人がいるならいるって言ってくれないとびっくりしちゃうじゃないの。
「すいません、前田、正樹さんの、家族の、方ですよ、ね?」
「え、お兄ちゃんを知っているんですか?」
「はい、しっています。正樹さんは、私達に、あなたたち家族を、くれました」
「どういうこと?」
「お前たち、家族を、食っていい、そう、言っていた」
「お兄ちゃんがそんなこと言うはずない。嘘だ」
お兄ちゃんが私達をこんな得体のしれない変な奴に差し出すわけがない。なんでお兄ちゃんの名前を知っているのか気になるけど、なんだか変な感じだし言ってる内容もおかしいし、私は怖くなって家に逃げ帰ることにした。
でも、門を閉めるのを忘れちゃったよ。今から戻って閉めに行くのも怖いし、戸締りをしっかりしたところで窓ガラスを割られたらどうしようもないよね。こんな時どうしたらいいんだろう。助けてお兄ちゃん。
私の願いもむなしく、お兄ちゃんは答えてくれなかった。そもそも、お兄ちゃんがどこにいるのか知らないし、もしかしたら世界の崩壊に巻き込まれてしまったのかもしれないよね。
あんな変な奴に殺されるくらいなら自分でって思ったけど、あれから結構時間が経っているのに窓ガラスを割ろうとする様子もないし、二階から見ていると敷地内に入ってくることすらないじゃない。律儀な人なのかな?
そんな事を考えながら見ていると、あそこにいられたら食べ物を探しに行くことも出来ないことに気が付いた。どこかに食べる物が無いかなと探してみたんだけど、食べられそうなものはほとんど食べてしまったし、見付けたのはパパかママのへそくりだけなんだよね。お金があってもお店がやってないなら使い道ないし、どうしたもんかな。
テレビをつけても何も映らないし、スマホを見ても圏外の表示が出ているんだよね。新聞だってずっと来てないからチラシもないし、暇を潰せるようなものはもう何もないの。あの人がいつまで外にいるのかわからないから外出も出来ないし、このままお兄ちゃんの部屋で餓死してしまうのかな。せめて、お兄ちゃんが一緒にいてくれたらいいのになって思っていたんだけど、気が付いたら寝ていたみたい。起きてもここにはもうお兄ちゃんの匂いは無いんだよね。
誰もいないリビングに降りてみると、真っ暗な部屋の中で電話が光っていた。私は一瞬驚いてしまったけど、それが留守電を知らせるランプだという事に気が付いて、お兄ちゃんなんじゃないかと思って再生ボタンを押してみることにした。
「こちら、新しくオープンした宅配弁当の黄金亭のモノなのですが、食べる物が必要でしたら出前なども行っておりますので、これから申し上げる番号までご連絡ください。興味が無ければこのまま消していただいて構いませんので……」
スマホは圏外なのに固定電話は使えるのかと思って驚い聞いていた。
とりあえず、私はお兄ちゃんのスマホに電話をかけてみたのだけれど、アナウンスも何もなく繋がることは無かった。
仕方が無かったので、私はお弁当屋さんに電話をしてみることにした。
「はい、黄金亭でございます。お弁当の注文でよろしいでしょうか?」
「あの、お弁当を頼みたいのですが、お値段ってどれくらいでしょうか?」
「あ、お客様は初めてのご注文でしょうか?」
「はい、そうなんですが」
「初めてのお客様には当店の事がよくわかるスペシャル弁当がおススメになっているのですが、スペシャル弁当でよろしいでしょうか?」
「えっと、それはおいくらでしょうか?」
「今日は六のつく日ですので五百円となっております。通常価格は九百円なのでほぼ半額に近いお値段となっておりますが、いかがでしょうか?」
「じゃあ、それをお願いします」
「お一つでよろしいですか?」
「一つからでも大丈夫ですか?」
「もちろんでございます。今はお一人の方も多くいらっしゃいますので、お気になさらずに」
「じゃあ、お願いします」
「はい、今から作りますのでお時間を少々いただきます。では、ご住所とお名前をお願いします」
電話の向こうの人がどんな感じなのかは想像がつかなかったけれど、外にいる人に比べたら全然いい人なんだろうなというのは何となく感じていた。それにしても、世界が崩壊しているというのにお弁当屋さんを開くなんて素晴らしい心意気だと思うな。
しばらく待っていると、チャイムが鳴ったので少し緊張しながら外を見ると、カメラの奥には先ほどの人がいて、手前にはお弁当屋さんらしき女の人が映っていた。奥の人は敷地の中に入ってこれないのかな?
「お待たせしました。スペシャル弁当一つで五百円です。ありがとうございました」
「あの、そこにいる人って誰かわかりますか?」
「すいません、最近こっちに出てきたんでわからないです。あ、良かったらチラシおいていくんでまたお願いしますね」
「あ、ありがとうございます」
私はお弁当とチラシを受け取ると急いで二階に上がってお兄ちゃんの部屋に閉じこもった。
お弁当はまだ温かく、揚げ物が多かったこと以外は不満のない美味しいものだった。久しぶりに温かいものを食べたような気がしていたけれど、温かいものを食べたという事だけでやたらと幸福感を覚えたのはどういうわけなのだろう。今なら何でもできるような気がしてきた。何もしないけどね。
私はチラシを見ようかなと思っていたけれど、満腹になったと同時にまた眠気が襲ってきた。誰に怒られるわけでもないし、私はそのまま深い眠りに落ちていった。
誰かがチャイムを鳴らしている音で起きたのだけれど、映し出された映像には昨日のお弁当屋さんが映っていた。一体どうしたんだろうと思って出てみると、私は外の光景に言葉を失ってしまった。
「おはようございます。朝食分の弁当をお持ちしました。注文が無かったのでそのままスペシャル弁当を持ってきたのですが、朝用の軽いスペシャル弁当になっています」
「え、頼んでないと思うんですけど」
「あれ、キャンセルの電話が無かったので持ってきたのですが、必要無かったですか?」
「いえいえ、朝ごはん食べたいなって思っていたところなので、九百円でしたっけ?」
「お代なら昨日いただいてますよ。スペシャル弁当は一食九百円ですけど、六のつく日だったので一日三食一か月分で五百円です」
「え、六のつく日以外に頼む人いるんですか?」
「今のところいませんね。皆さん六のつく日に頼まれてますよ」
「お得ですけど、商売として大丈夫なんですか?」
「私はアルバイトなんで詳しいことはわかりませんが、オーナーが生き残った人のために何かをしたいって言ってるんですよね。じゃあ、またお昼にお持ちしますね。何時ころがいいですか?」
「じゃあ、正午過ぎでお願いします」
「夜は昨日と同じくらいでいいですか?」
「いや、それより早くても大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。じゃあ、また来ますね」
お弁当屋さんのお姉さんはなんでこんなに人がいるのだろうと思えるくらいの人混みをかき分けながら消えていった。
私の家の前に何人いるのだろうと思えるくらいの人が集まっているのだけれど、誰一人として音を出していないのが不気味さをより強調していた。
怖くなった私は玄関のカギを全部かけてお兄ちゃんの部屋に戻った。朝のスペシャル弁当はサンドイッチとフルーツだったのだけど、とても美味しくて元気が出てきた。
そして、私は一か月毎日スペシャル弁当を食べて過ごすことが出来た。
今日で終わりかと思うと名残惜しかったのだが、六のつく日まで毎日スペシャル弁当を頼むのも悪くないかなと思っていた。家に残っていたへそくりは使い道が無いので丸々残っているし、それくらいしても怒られないとは思うからね。
お弁当屋さんが最後のお弁当を持ってきてくれたのだけれど、いつものお姉さんなのにいつもとは違う服装で戸惑ってしまった。
「あれ、いつもと違う服装なんですね」
「そうなんですよ。今日で私もこの仕事終わりなんです」
「そうだったんですね。お疲れ様でした」
「それで何ですけど、良かったらお弁当をもって遊びに行きませんか?」
「遊びにですか?」
「はい、私の知り合いがやっている道場があるんですけど、そこでちょっと体を動かしませんか?」
「私は構わないですけど、遠いんですか?」
「地図上で見るとすごく近いですけど、ちょっと時間かかるかもしれないですね。そうだった、道場は飲食禁止なんでお弁当を先に食べてもらってもいいですか?」
「それはいいですけど、中に入りますか?」
「いえいえ、私はそこら辺にいる人たちを片付けておきますのでゆっくり食べてきてくださいね」
お姉さんがどうやって外にいる人たちを片付けるのか興味はあったけれど、私はお弁当を食べることに集中することにした。
一か月間三食食べていたスペシャル弁当であったけれど、二日続けて同じおかずが出ることも無く、一か月間美味しく食事をいただくことが出来た。とても満足した食生活だったなと改めて感じていた。
食べ終わって外に出ると、あれだけたくさんいた人達が一人もいない状況になっていた。いったい何をしたのだろうと思ったけれど、そこは口に出さない方がいいような気がして何も言えなかった。
私はそのままお姉さんに手を握られると、お姉さんは背中に生えている羽を器用に動かして空へと向かっていった。
空を飛ぶ間隔はこんな感じなんだなと思っていたけれど、私は途中から何も感じることは無くなり、気が付いた時には何かの道場にたどり着いていた。
「おまたせしました。こちらがお弁当屋のオーナー所有の道場でございます。最近体がなまっているようですので、少し体験してみたらいかがでしょうか?」
「せっかくなんで軽くお願いします」
私はそのまま靴を脱いで裸足になって道場に入っていったのだけれど、明らかに喧嘩が好きそうな人たちが殺意のこもった目で私を睨みつけていた。それも、一人や二人ではなく何十人といる人たち全員が、である。
軽く体験してみようという話だったと思うのだけれど、なぜか私は百人組手を行っていた。性格に数えていないのでわからないのだけれど、体感ではもう千人近く相手をしているような気持になっていた。それくらい体を動かすのが楽しくてテンションも高かったのかもしれない。
何人と戦っても終わりが見えないことほどつらいものは無く、辞書の単語を一文字ずつノートに書いている気分になってしまっていた。
それと、不思議な話なのだが、殴られてもいたくないし、殴ってくる動きがありえないくらいゆっくりに見えているし、それに対してカウンターを入れるというのは何の苦にもならない作業になっていた。
「皆の者、よくやった。もう終わっていいぞ」
どこからともなく現れた老人は杖をしっかりと握っていた。老人のセリフが私にも向けられているのだという事は何となく感じていたのだけれど、それでどうにかなるモノでもないだろうと思っていた。
だが、相手サイドはそれ以降に攻撃をしてくることは無くなっていた。
「慣れない環境で大変だっただろう。私は世界の崩壊を止めたいと願うものだ。今のままでは難しい話になると思うのだが、どうか君の力を貸していただけないだろうか?」
「力を貸すのは構いませんが、何をしたらいいですか?」
「あの方たちを相手にした時のように、我々の敵と戦ってほしいのです。それさえしてくれたのなら、毎日スペシャル弁当を作って進呈しますよ。ここにいる間だけですけどね」
私に与えられた仕事は二つ、敵対する勢力の力を削ぐことと、お兄ちゃんを見付けてここに連れてくることだった。
お兄ちゃんを見付けてくるという事は、お兄ちゃんは死んでないってことだよね。それは良かったな。
「わかりました。私はやります」
「そうですか、そう言ってくれると信じていましたよ。唯さん、お兄さんのいる場所に行って説得してきてくださいね」
「はい。それでですね、私が戦っていた人って強い方ですか?」
「崩壊前の世界だとしても、彼らがいれば素手で世界を征服することが出来ると言われてましたね」
「それは凄い。でも、私の方が強かったのって納得できないんですけど」
「それにも理由があってだな、君はスペシャル弁当を毎日食べ続けたことによって、とても強くなったのだよ」
「どういうことですか?」
「スペシャル弁当というのはだね、食べた人の身体能力やその他の能力を著しく成長させてしまうのだよ。君の中で何かが燃えているような気はしないかな?」
「言われてみれば、そんな感じはしますね」
「そうだろうね。私の作り出したスペシャル弁当を食べることによって身体能力その他の能力を異常は程に高めてしまうのだよ。毎食能力が上がっているという事ですね。一食食べるごとに全ての能力が倍になるのです。倍ですよ、倍」
よくわかっていないけれど、私の感覚ではとても強くなっている実感がわいていた。本気を出したらどうなるんだろうかなと考えてみたけれど、その答えが浮かぶことは無かった。そんなもんだろうよ。
「君は正樹君を助けてくればいいし、それだけでいいからね。それと、正樹君を探す能力も上げようね。彼らのいる場所に無事行けるように精神を集中するので、それが終わるまでは気にせずに向かってくるものを倒し続けるといいよ」
「倒し続けるといいってことは、何かメリットがあるんですか?」
「あるともあるとも、倒した人数が多ければ多いほど向こうの世界で滞在する時間が長くなっていると思いますね」
「それなら、倒しても損はないわね」
全く理解していないのだけれど、理解をしているふりをしていればいいかなと思ってみた。あまり考えさせ過ぎなければいい話ではあるのだ。
私はその後、どれくらい経ったかわからないくらい戦った。
「今の君ならお兄ちゃんを説得することが出来ると思うよ。でもね、無理強いするのは良くないからね」
こうして、私はお兄ちゃんを探しに色々な世界を巡ることになったのだ。
目の前にいる人たちが誰かんてどうでもいい。私にはお兄ちゃんさえいれば、それでいいのだから。