聖騎士の息子 第五話
魔導士たちの力を振り絞った魔法は今まで見たことも無いようなエネルギー量だった。しかし、いくら魔力を高めたところで今の僕には何の意味も無いのだった。あの魔力量で攻撃されたとしたら、地形が変化することの物理的な要因で死んでしまうことはあるかもしれないが、魔法自体では僕に何の影響も与えることは出来ないのだ。
これほど大きな魔力量ならもしかするのではないだろうかと期待されているのかもしれないが、その期待に応えてもらうことは出来ずに全ては無駄に終わってしまった。
強力な魔法を受けたからと言って僕は強くなるわけでもないのだけれど、限界まで魔力を絞り出した彼女たちは少しくらいは強くなっているのかもしれないな。
四時間近く続いた魔法攻撃が残したものと言えば、僕と観衆が感じているだろう軽い疲労感と魔導士たちが感じているだろうどうしようもない疲労感だろう。そんな状況でもセレさんは僕に名前で呼んでもらえることが嬉しかったようで、他の魔導士たちからは羨望のまなざしで見られていたのだった。
「それにしても、これだけの魔法を国のためじゃなく個人的な理由で使うのってどうなんですかね?」
「それなら問題ないですよ。女王陛下のお許しも得ていますので。そもそも、この作戦の立案者の一人に女王陛下がいらっしゃいますからね。あんまり大きい声では言えませんけど、女王陛下も正樹様をお慕いいたしているみたいですよ。国王陛下には秘密ですけどね」
僕はその事にちゃんとした返事は返せなかったけれど、倒れている人たちも観客席で見ている観衆たちもみんな嬉しそうな顔をしていて何もしていないのに僕は良い事をしたのではないかと思えていたのだった。
これだけ大規模な魔法を使ってやったことが僕の心を少し覗き見たことだというのはいかがなものかと思えたのだが、セレさんが覗いた事を魔導士間で共有することによって僕には大切に思っている彼女がいるという事実が急速に国中に広がっていった。女性の噂話は光と同じくらい早いのではないかと思うくらいだったのだが、実際に魔法を通してある程度の情報は共通されているという事なので光と同じくらい早いというのも過言ではないのかもしれなかった。
僕はノエラと一緒に家に帰ることになったのだけれど、先ほどの行動の代償としてこの国には今現在残されている魔力量では明日の朝まで結界を維持できるかわからないらしい。そんなわけで、ノエラは食事をとり終えると本来は必要のない夜間警備に参加することになってしまったとのことだ。
この国に対して悪意あるものが入国出来ないようになっている結界が突破されることはたびたびあったらしいのだけれど、各都市を守っている結界自体が機能を果たすことが出来なくなってしまうのは今まで一度も無かったらしい。それが一か所だけではなく国全域に広がってしまうというのはどうしようもないのではないかと思えてしまった。
「その結界を発生させるメカニズムってどういうやつなの?」
「私は魔法を使えないので詳しくは知らないのだが、その昔どこからかやってきた魔法使いが魔族から人間を守るために用意した結界を作動させる装置があるらしいのだ。その装置の使い方は妻から聞いたところによると、カギとなる石に魔力を注ぐことによって魔法回路で繋がれている各地に散らばる石に魔力を分け与えてその石同士がさらにつながることによって強固な結界を生み出しているそうだ。昔は国土もそれほど大きくなく、魔導士が三人もいれば一週間は結界を維持できたそうなのだ。だが、今は国土も広がり繋がっている石の数もとてつもない数になっているとのことだ。つまり、以前とは比べ物にならないくらいの魔力を必要とする結界になっているとのことだ。ある程度は魔力を蓄えておいてくれるそうのだが、三日前から先ほどの魔法に全てを注いでしまっていたので、間もなく結界もその形と強度を維持できなくなってしまう可能性が非常に高くなっているのだよ」
「それってさ、どんな魔力でも大丈夫なの?」
「どんなというと?」
「この国の魔導士じゃなくて僕の魔力とかでもさ」
「それは大丈夫だと思うのだが、そんなことが出来るのか?」
「魔力を注ぐって言うのがよくわからないけど、やり方さえ教えてもらえれば何とかなると思うよ。何もしないよりは何か出来ることをやった方がいいと思うんだけどね」
「それはかたじけない。だが、この国の不祥事に付き合っていただくのも悪い気がしているのだが」
「それは気にしなくてもいいよ。半分くらいの原因は僕かもしれないしね。もしかしたら、僕だけの責任かもしれないけどさ」
僕は自嘲気味にそう言って笑ったのだけれど、ノエラはピクリとも笑ってはくれなかった。笑うどころか、僕を見て何か納得している様子だった。
「そうだな。試せるものは何でも試した方がいいな。申し訳ないが、食事の前に魔晶石のある地下墳墓へ行くことにしてもかまわないか?」
「僕は構わないけど、コウコとシギはほっといていいのかな?」
「二人なら大丈夫なはずさ。妻は家に帰ることが出来ない程披露しているみたいなので期待できないが、私の両親が二人の子供の面倒を見てくれていることになっているからな。私の母が正樹殿と妻の戦いを直接見たいと言ってこちらに来ているのだよ。母も正樹殿のファンになったと観客席で言っていたのは正直に言って、複雑な心境だよ」
そう言いながらも含み笑いを見せるノエラを見て、僕は何とも複雑な気分で地下への階段をただひたすら下っていた。結構深い位置にあるのかと思っていたのだけれど、入り口から踊り場を二回通っただけで着いたのでそんなに深い位置にあるわけではないようだった。
さっそく扉を開けて中に入ると、三人のおじいちゃんが息苦しそうな表情でうっすらと緑色に光る石に触れていた。アレが魔晶石と呼ばれる石なのだろう。きっと、あのおじいちゃんたちは魔力を注いでいるのだな。
「おお、聖騎士団団長殿。お待ちしておりました。老いぼれ共のか弱き魔力ではとてもではないがこの国全ての結界を維持するだけの魔力を賄うことは出来ませぬ。隣におられるのが正樹殿ですな、この国の生きる伝説と謳われるセレ殿から聞いていた以上の力を感じますな。さ、その魔力の一部でもいいのでこの魔晶石にお与えくだされ。魔導士たちに魔力が戻るまでの間だけでも賄うことが出来ればいいのですが、贅沢は言いませんのでお願いいたします」
「そうしたいのはやまやまなのですが、魔力を注ぐって言うのがどうやればいいかわからないんですよ。自由自在に魔法を使っているわけでもないですし、どうやって魔法を使えばいいんですかね?」
「おかしなことを申すお方じゃ。それほどの魔力を持っておるのに自在に魔法を使えないとは摩訶不思議な事であるな。だが、安心してくだされ。この魔晶石に限っては触れるだけで必要な魔力を勝手に吸収してくださるのだ。聖騎士団団長殿のように一般人並みの魔力しか持たないものが触れてしまうと精神までもっていかれる恐れがあるので、聖騎士団団長殿は決してこの魔法陣の中に入るではないぞ。もしも、聖騎士団団長殿が触れてしまっても我々は助けることは出来ないのだからな」
「それは妻にも同じことを言われました。地下に案内して部屋に入ったら、入口から一歩だけ部屋に入りなさい。それ以上は前に進んではダメですよ。と、言われましたからな」
「さすがはセレ殿。全てわかっておられるのだな。さ、正樹殿はこちらへ参られよ」
少しだけ怖い気はしているのだけれど、命まで取られることは無いだろうと思って近づいてみた。
魔法陣に近付くまでは少し肌寒い感じがしていたのだけれど、魔法陣の中に一歩足を踏み入れると、そこはまるで温度管理がしっかりされているかのように快適な空間だった。
勇気をもって魔晶石に手を伸ばすと、触れた瞬間から目もくらむようなまばゆい輝きを放ちだし、僕は思わず手を離して目を覆ってしまった。目を閉じていても感じる強烈な光を浴びているのだが、眩しいと思う以外に不快な感じは一切しなかった。熱くも無く寒くも無く痛みも感じない。それどころか、魔晶石の近くにいると母親の腕の中で守られているような安心感を思い出していた。
「何という事だ。ほんの一瞬触れただけでもこのような現象が起こるとは。もしも、もう一度触れてしまったらどうなるというのだ」
「さあ、それはどうなるか楽しみだ」
「まさか、魔晶石の限界が訪れることは無いと思うが、試してみる価値はありそうだ」
「どうだ、ここでもう一度触れてみぬか?」
「再び触れれば良い事が起ころうぞ」
「正樹殿の勇気をここに示してくだされ」
僕は三人の言葉に鼓舞されたわけではないが、もう一度触れてみたいという欲求に駆られていた。変な意味ではなく、この石に触れると謎の安心感を得ることが出来るのだ。そして、僕は抱きしめるように全身を使って優しく石を包み込んだ。
抱きしめている最中に石は緑色からだんだんと紫色になり、その後は時間をかけて赤から金へと変色していった。そして、まばゆい光が落ち着くと、石の中に揺らめく無数の光が見えていた。細かい色を入れると難色なのかはわからないが、目立つ色だけでも虹と同じような色がゆらゆらと揺らめいていた。
「この形状は見たことが無いぞ。しかし、何とも言えぬ安心感に包まれておる。これならしばらくは結界を保てるのではないだろうか」
「そうだな。このまま何日間はもちそうな予感がするな」
「私もそう思うぞ。きっと、これは魔導士たちが本調子になるまで平気だろう。そうに違いない」
僕もノエラも訳が分からないまま地下墳墓を出ると、空を覆っている結界が先ほどよりもしっかりとしているように見えていた。鳥も虫も結界の内外を自由に飛び回っていたのだが、その近くの結界に張り付いているケモミミの少女は恨めしそうにこちらを睨んでいた。
「珍しいものが見れましたな。あれは獣人族の偵察部隊でしょうな。あんなに目立つ場所にいるのは本当に珍しい事ですよ」
「あの少女も魔獣と一緒に襲ってきたりするんですか?」
「いや、獣人族は人間と一緒で魔獣が天敵なのですよ。人より優れた力を持っているのですが、その力を十分に発揮するだけの知能を持っていないので人間よりも魔獣の被害に遭うことが多いみたいですな。それに、あの子は見た目こそ人間の少女のように見えますが、外を出歩く獣人は全て雄なのですよ。獣人の雌は外に一切出ることは無く、一族の存亡をかけた戦い以外は村を守ることだけが仕事のようですからね。私も仕事柄獣人と接する機会は多いのですが、一人一人と付き合うのならみんな気のいいやつですよ。ただ、集団になると少し面倒な面が出てくるのですがね」
「あの子が雌じゃないなら気にしなくてもよさそうですね」
「正樹殿は獣人のような見た目の女子が好みなのですか?」
「どうですかね。でも、あの子が女子だったら僕に襲い掛かってくるんじゃないかなって思っただけなんですよ。ノエラさんの奥さんみたいにね」
僕のこの言葉でもノエラは笑ってはくれなかった。笑う代わりに、とても申し訳なさそうな表情を見せてきたが少しだけ悲しくなってしまった。




