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本音と本音

 気がつけば日は暮れていた。


「中々、帰してもらえませんでしたね」

「いつもあぁなんだ、レヌスのおっさんは」


 農作業が終わった後、マリは、ガクガクになった脚に鞭を打ちながらレヌスの家へと向かった。

 やたら騒がしい掘っ立て小屋を通り過ぎ、それが学校だと教えられて、驚愕したすぐ後に、見えてきたレヌスの家で、野菜とカリドが作った穀物とを交換して帰るだけだったのだが、レヌスは、口を開いたと思ったが最後、それから一切閉じる事はなく、辺りが夕焼けに染まっていた。

 しかし、レヌスが話した内容をほとんど思い出せず、マリは逆に驚いた。


「野菜はみずみずしくてさっぱりした見た目なのに……」

「ははは、まぁなー! でも分かってくれ、寂しいんだよ」


 物音一つ聞こえない室内から、暗い目をした無精髭の男が、不相応に小綺麗なチョーカーを首元で光らせて出てきた様を思い出す。

 まるで檻に閉じ込められ、これから迎える死をただ待つしかできない動物の様な表情だったとマリは感じた。

 そこから、目を輝かせてありえない速度で話し始めるまでの速さは尋常では無かった事もマリはついでに思い出した。


「あの方はお子さんは?」

「……いないよ、嫁さんを魔女狩りで失って一人さ。でも、お腹に子供がいたかもしれないとかって聞いた。可哀想にな」


 カリドの全身に力が入っているのが、目に見えて伝わってきた。


「まぁ、みんなそれぞれ色々あるさ、あの人も可哀想だが、先生なんてもっと可哀想だ。それなのに俺達の子供を見てくれて、勉強をまだ教えてくれてる。ほんと、頭が上がんないよ」


 先生というのは、ジーナや、ティリアがよく言っているヘルヴィスという人の事だと、頭の中で整合性を持たせるのに少し時間がかかった。


「その方は、もっと辛い思いを?」


 カリドは少し黙った。

 この聞き方は良くなかったか、みんな辛いと言われているのに、比べた様な聞き方をした事はきっと不快に思うだろう。

 いつも、発した後に、相手の反応を見てからでないと学べないのが、マリはとても嫌だった。

 しかし、カリドは神妙な面持ちをしながら、答えてくれた。


「妻と子供を魔女狩りで……」

「……そうですか」


 何もできないまま、大切な人達が何の罪もないのに罰せられる様を見るのは、恐らく想像を絶する辛さだろう。

 魔女である自分が想像するのは少し違うが、もし自分なら、恐らく、街一つは軽く壊してしまえるくらいに激昂するだろうと、マリはぼんやりと巡らせた。


「カリドさん、学校に少し寄ってもいいですか? もう、終わってるかもですけど、子供達の様子を見てみたいんです」

「あぁ、いいよ。じゃあ、俺は先に帰って夕飯の準備してるから、皆で一緒に帰ってきなよ」

「はい、そうさせていただきます」


 小脇に野菜を抱えたまま、陽気に手を振るカリドを見送ると、マリはまっすぐに学校へと向かった。

 学校は、間近で見るとよりぼろく見えた。

 今にも崩れてしまいそうな、極めて不安定な、けれどなぜか崩落もせずに立っているという、ある意味芸術的とさえ呼べるのではないかと思うくらいに、不安な見た目をしている。


「失礼します」


 恐る恐る、扉に手をかけると、少し触れただけで、木が軋む様な音がした。

 これは、入ったら壊れるのではないだろうか。

 瞬間的にそう思わせるほどに、年季を感じる音だった。

 すぐさま扉を閉めて、教室らしき部屋を外から探す事にした。

 一周回る事もなく、教室はすぐに見つかった。

 大きな一室。そこと、先生の休憩部屋のような小さな部屋しか部屋がない為、回るまでもなく判別がついた。

 中をそっと覗くと、ジーナ、ティリア、アリスの三人がいた。

 ジーナとアリスが、ティリアと向かい合う様に位置取っているのが見える。

 他の生徒は見当たらず、先生もいない。

 どうやら、下校後に三人で話をしているらしい。

 どうして三人だけで、下校もせずに話をしているのだろうか。

 すると、アリスが不意にこちらを見た。

 何故気付いたんだと一瞬ぎょっとしたが、マリは、そういえば、あの人は魔力を探知できる純血だったと思い出す。

 すると、アリスは、何かを抑える様に、上から下へ小さく手を振った。

 それを見たマリは、すぐさま身を潜めた。

 自身の嫌な予感が当たったとすぐに理解したからだった。

 こんな時の為に、昨日の夜にアリスには気をつけろと言っておいたが、恐らく、危惧していた場面が来てしまったのだろう。マリは、アリスに対して不安しかなかった。

 辺りに誰もいないことを確認し、そっと、建物から軋んだ音を出さない様に耳を澄ませる。


「話って何? ティリアちゃん。帰りながらじゃダメかな? お母さんも、カリドおじさんも心配するし」


 ジーナが口を開いた。不安が伝わってくるような口調だった。


「ちょっとくらいいいよ、大丈夫。ここで話そう」


 ティリアの声は、どこか、変な風に弾んでいた。まるで今から楽しいことがあるかのように。


「ジーナちゃんさぁ、最近調子いいよね」


 突拍子もなく、ティリアが言った。


「え? 何のこと?」


 ジーナは本当に分かっていない様だった。


「いやいや、そんな風にしたって無駄だよー。ジーナちゃん成績もいいし、みんなからも慕われてるよねー」


 ティリアは、常に含みのある言い方をしているが、意図は明確だった。


「うん、みんな優しいよ! 今日も、みんながいっぱい褒めてくれて嬉しかったよ」

「私から場所を奪っておいて?」

「……え?」

「……ティリアちゃん、それはちょっと言い過ぎ――」


 アリスが言い淀んだ。恐らくいつものように釘を刺されたのだろう。


「どういう事? 私、ティリアちゃんの場所とってないよ? ティリアちゃんはいつも私達と一緒にいるよね?」

「あー、まだそういう風な感じで来るの? ならもう、きちんと言葉にするけどさ、迷惑なんだよね」

「…‥迷惑……? 私、何かした?」


 ティリアのあまりの豹変ぶりに少し驚いたが、人間なんていつもこんなものだ。マリは慣れている。

 が、ジーナはその限りではないらしく、声色が明らかに動揺している。

 初めて向けられる他者からの敵意に、どうしていいか分からない様子だった。


「あなたが、昨日と今日やってた事、それは私がやる事なのよ! みんなが分からない問題を答えて、みんなをまとめて、チヤホヤされて! ティリアがいないとまとまらないなって言ってもらえて!」


 ダンダンと木が打たれる音がする。ティリアが床でも踏みつけているのだろう。


「そ、そんな! 私はティリアちゃんすごいと思ってるよ! みんな、私じゃなくて、ティリアちゃんをもっとすごいと思ってるよ!」

「それが当たり前だったのよっ!!」


 つんざくような声に、校舎が少しだけ震えた。


「けど、昨日と今日はそうじゃなかった。私なんていてもいなくても一緒だった! これじゃあダメなの! 私は、みんなに全部、慕われていないとダメなの! みんなの中心にいないとダメなの! じゃないと、私がいられなくなっちゃうの!」

「そんな事ないよ、ティリアちゃんはずっとみんなの人気者だし、いられなくなっちゃう事なんてないよ!」


 しばらく、校舎の中は、静寂に包まれた。

 しばらくすると、小さな声でポツポツとティリアが話し始めた。


「私は、チョーカーが着いてないから……みんなの本当の苦しみを理解できない。私だけ逃れているから……みんなと仲間外れだから……私は、この村の中では孤独だから! だから! みんなより優れて前に立たないと見てもらえないから! あなたがいたら…‥あなたが目立つじゃない! なんなのよ! チョーカーもついてない、魔女狩りだって経験した事もない、よそ者のあなたがなんで私の場所を奪うのよ! やめてよ!」


 ティリアの声が潤んで聞こえてくる。力強い、心からの叫びだった。

 どれだけの葛藤の中、日々を生きてきたのだろうか。皆魔女狩りの被害者遺族だという旗印の下に団結しているところが少なからずあっただろう。その中で、あの村を必死で紡いできた皆に、チョーカーがついていないことで、君はチョーカーがついてなくてよかったねと言わんばかりに、無意識のうちに、ティリアだけ仲間の外に置かれていたのではないだろうか。

 それは、ティリアにとって何にも変え難い苦痛なのではないだろうか。

 本当の仲間には決してなれない。

 どれだけ辛い思いを共有していても、チョーカーがついていないだけで、自分はまだやり直せてしまうのだ。

 カリドを捨て、村を捨てればやり直せてしまうのだ。

 そんな気持ちがなかったとしても、そう思えてしまうのが周りの見え方だろう。

 そして、それはティリアにとって幸運だったと取れるだろう。

 本人には、全くその気がなかったとしても。


「違うの、そんなつもりはないの」


 ジーナの声も潤んでいた。

 本当にそんな気持ちはなかったのだ。マリには分かる。

 ただ純粋に近い年齢の子との交流が楽しくて、みんなから褒められるのが嬉しくてしていただけなのだ。

 それが、誰かを傷つけている事だと知らずに。


「じゃあ、何? 全部何も知らずにやってたっていうの? 私の居場所、何もしらずに取ろうとしてたっていうの? ありえない! あなた達が家に来てから、お父さんもマリさんとずっと一緒にいるし! なんなのよ!」

「お母さんは、何も悪くないよ! お母さんは体動かすの苦手だけど、お仕事いつも頑張ってるよ!」


 ジーナ! と、叫んで飛び出してハグしてしまいそうになるのをグッと堪える。


「ま、まぁ、まぁ、二人ともその辺で…‥ここはオイラの顔を立てて穏便に……」

「アリスは黙ってて!」

「アリスちゃんは静かにしてて!」

「……はい」


 マリは、この世の誰がアリスの顔を立てて穏便にしてくれるのだろうかと、真剣に考えたが、全くと言っていいほど思いつかなかった。


「マリさんいつもフラフラよね! だらしない! 何もできないじゃない! ポンコツよ! ポンコツ!」


「……お母さんは何も出来なくなんかない」


 ジーナの、声色が明らかに変わった。


「何よ! 何ができるって言うのよ! いつも眠そうな顔して、私のお父さんから晩御飯奪って! 無能な上にご飯まで取るなんて、最低よ!」

「お母さんは、無能なんかじゃないもん! 私にいろんな事教えてくれるもん! 優しいし、髪だって整えてくれるし、いっぱい褒めてくれるもん!」


 マリは、喜びのあまり、膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、物音を立てないように必死で聞き耳を立てた。


「そんなの、お父さんだってしてくれるわよ! マリさんは、お父さんより下ね!」

「そんな事ないもん! カリドおじさんもすごいけど、お母さんもすごいもん! それに――」


 マリは、ジーナが言葉を切った瞬間に気がついた。

 これはまずい、と。


「お母さんは……お空だって飛べるんだもん!」

「ちょっ……! ジーナちゃん!?」


 マリは、アリスに注意しておいてくれと頼んだ己自身を呪った。


「お母さんはお空も飛べるし、服だってすぐ用意できるんだよ! お母さんはすごいんだから!」

「ティリアちゃん、今のは嘘! ジーナちゃんの小粋なジョークなんだよ! 全く面白いなぁ、ジーナちゃんはー! ガハハ! ガハハ……」


 全く、あの魔女は何をしているのか。

 マリは頭を抱えた。


「あぁ……うん。アリス、大丈夫よ。分かってる」


 明らかに、ティリアは引いてしまっている。

 もう、話し合いは終わりだろう。


「本当だもん! お母さんはすごいんだもん! お空を飛んで、私をここまで連れてきてくれたんだもん!」

「……もう、分かったわ。私、先に帰ってるわね」


 ジーナが、見たこともないくらいに取り乱しているのが、壁越しに伝わってくる。

 マリは、複雑な心境だった。

 自身の中で、ジーナからの愛情に対する喜びが湧き上がっているを感じたが、それと同時に、他者の為にあそこまで怒れるジーナが、やはり人間なんだというのを強く感じてしまったが故の空虚さが、ないまぜになっていた。

 木が軋む音がする。

 ティリアが学校から出てくるのだろう。

 慌てて、見つからない様に学校の影に隠れる。

 ティリアは、虚ろな目をしたまま、足早に去って行った。


「ふむ……」


 ジーナが、マリの事を魔女だと言ってしまった。

 これはつまり、嘘でも本当でも、マリが、コロシアムに送られる理由を与えてしまったという事だった。

 そして、ティリアは恐らく密告するだろう。

 魔女狩りが消えない要因のうちの一つ、カリドから聞いた時は、マリも納得してしまった。


 魔女がいると報告した者には、褒賞を与える。


 魔女狩りの被害者遺族、つまり、首にチョーカーが付いている者達は信用が無い為、恐らく何を言っても通らないだろう。

 けれど、ティリアだけは別だ。

 ティリアの一声で、ヘナンド村、とまではいかずとも、少なくとも自身とカリドの生活は間違いなく変えられる。

 ましてや、自分の立場を危ぶもうとしている者の母親ときた。

 密告しない理由がない。

 そうでなくとも、聞いたことの重みに耐えられず、カリドには相談してしまうだろう。

 そうなったら終わりだ。


「まぁ、仕方がないでしょう。作戦変更です」


 まずは、ティリアが、カリドに相談できない様に、手を打つしかない。


「さぁ、やりますかね」


 そう呟いた後、校舎の中から、ジーナの泣き声が聞こえた。

 泣き声を聞いて、初めてジーナの心境を心配した。

 こんな時、普通の人間だったら、まず真っ先にジーナの心配をするのだろう。

 やはり、マリは己に与えられた状況しか考えられない自分が嫌いだった。


「ジーナ、お母さんに任せてください」


 マリは、学校に背を向け、カリドの家へと向かった。

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