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ヒトが抱える問題

「何ですか、話って。私、明日もしっかり働かないといけないんですけど? こんな夜中に話す事なんてあるんですか?」

「己の目的忘れたか? もうすっかり農作業が板についてきたな、お母さん」

「明日は、近所のレヌスさんの家と作ったものを交換する予定なんです。レヌスさんの作る野菜はみずみずしさが伝わってくる様で、中々に良い出来なんですよ」

「もう、完全に農家だな」

「農家さんを馬鹿にするのは許しませんよ?」

「安心してくれ、馬鹿にしたのは農家ではない」


 薄い月明かりの下、アリスは、林の中で前日にカリドから聞いた話をすべく、マリを呼び出した。

 マリは、ひどく不機嫌な様子で、眠気も相まってアリスの事をいつも以上に死んだ目で見つめていた。

 それでもアリスは、自身の評価が覆る瞬間を得意気な顔をして、迎えようとしていた。

 伝えたくて仕方がないといった様子のアリスに、マリが渋々質問を投げかける。


「それで? 何を伝えたかったんです? 手短にお願いしますよ」

「ふふん、実はな、この村の正体が分かったんだ!」

「ほう、魔女狩り被害者遺族達が追放されて作った村という事以外に何か知ってるのですか?」

「そうそう、ここは魔女狩りの……って、え!? 何で!?」


 アリスは、言おうとしていた事がマリの口から事もなげに飛び出してきて、驚きが隠せない。

 開いた口が塞がらないアリスを見て、マリの表情は更に厳しくなる。


「まさか、そんな事で呼び出したんじゃないでしょうね?」

「……」


 中々、評価が覆らない事に憤りと焦りを感じつつ、ティリアの事が、頭をよぎる。


 何も無かった。


 ティリアは、あの雑木林から帰ってきた後、あたかも三人で一緒に帰ってきて、それまで何事もなく家の中で待っていたかの様に、自然体で何食わぬ顔をしてご飯を食べ、眠りについたのだ。

 マリはジーナしか見えていない為、当然、気がつくわけがないし、ジーナは帰ってきたティリアの異変を察知したのか、家に入ってきたティリアに対し、すぐさま傷について言及しようとした素振りを見せたが、すんでのところでやめた。

 頭が良すぎるジーナは、それ以降もそれに触れないのは、ある種当然の事だった。

 しかし、カリドも同様に何も言わなかったのだ。

 アリスも、いくら魔女とは言え、首や手に傷を作った我が子に対し、何も声を掛けずに放っておくなんて事が正常じゃない事くらい優に理解出来た。


 しかし、誰も何も言わなかった。

 アリスは、この事についてマリに言うべきか、ひどく思案した。


 マリは、何も言わないアリスに対しじっと睨みつけ、ため息をついた。


「良いんですよ、何もないなら無理に私を手伝おうとしなくて。というか、どうして手伝ってくれるんですか? あなた監視係ですよね?」

「別に……」


 アリスは、目を逸らしながら不機嫌そうに答えた。


「……なんですかそれ、ちょっと面白いですね」

「別に……」

「いや、二回目も言わなくていいので、答えて下さい」

「別に、あんたの知らない情報を伝えてやって一泡吹かせたかったとか、あわよくば尊敬されようだなんて思ってないし」

「そうだったんですね。まぁ、この先何があっても尊敬する事は無いと思いますが、どうぞこれからも邪魔をしなければいくらでも情報を持ってきて下さい……尊敬はしませんけど」

「二回も言わなくていいよ!」


 静まり返った林に、悲しいアリスの叫びだけがこだまする。

 こだまを最後まで聞く前に、マリが、遮る様に真剣な顔でアリスに問いかけた。


「それよりも、ジーナや、学校の中で何かありませんでしたか? どんな些細な事でも構いません」

「……」


 こういう時だけ、やけに鋭い。アリスは、心の中で小さく舌打ちをした。


「オイラから見た学校は、特に変わった様子はなかったぞ。ジーナちゃんも優秀だ」


 嘘はついていない。学校に、変わった様子は無かったし、ジーナが他の人に賞賛されていた事は、優秀と呼べるに相応しい事実に違いない。

 アリスは、己の機転の利いた返しに惚れ惚れしていた。

 これは、後々も思い出して自己肯定感を上げたり、ニヤニヤしたりするのにつかえるだろうと思えるくらいに、良い切り返しだったと、内心自賛していた。


「そうですか……」


 マリの声が少しだけ明るくなった。

 心なしか、表情も月下の灯りでも分かる程度には緩んでいる様に見えた。

 アリスは、どこまでも親バカなマリに、一つ小さなため息をつく。


「ま、まぁ、ジーナが優秀なのは当たり前ですけどね」

「あぁ、当たり前の様に思わせてくれるくらい優秀だ。あの子はすごいな、こんなのに育てられてあんな良い子に育つなんて、よほど頭が良いんだろう」

「そうですね、私は感覚派の天才なので、中々教える側は上手じゃない自覚はあります」

「なんなのこの人、前向きすぎて怖いんだけど。娘の事となると途端に知能が低くなるのなんで?」


 マリは、何を言っているのかさっぱりと言った顔をしている。


「あ、そう言えば、朝、ジーナちゃんとティリアちゃんはとっても仲良くなってたな! これは、良い兆候なんじゃないか? これからはずっと一緒に登下校しようねって、オイラ抜きで約束してたな」

「涙、拭いてください」

「べ、別にこんな事じゃ、オイラは悲しくもなんともないもんね! むしろ二人が仲良くなって喜ばしいよ!」

「そうですか、あなたは強いですね」

「あぁ、そうだ! なんたってオイラはすごく強いからな! ガハハ!」

「でも、帰りは少し違いましたよね?」


 アリスの心臓がぴくりと跳ねた。


「ティリアさんの首と手の傷……あれ、どうしたんですか? 誰も触れないのは何故でしょう? まぁ、私は人の怪我に興味は無いので触れませんでしたが」


 こういう所もやけに鋭い。アリスは心の中でため息をついた。


「……気づいてたのか?」

「私の事、何だと思ってるんです?」


 マリは、そんな事良いからはやく説明しろと言わんばかりに睨む様にアリスに一瞥する。


「迎えに行った時、自分でつけていた。片手で首を掴みながら、もう片方の手を壁にずっと打ち付けていた」


 思い出せと言われれば、その時の音すら脳裏に浮かんでくるくらい異常で奇妙な光景だった。

 マリは、アリスの言葉を聞いて、その真意を測りかねているのか、返事もせずにただ黙々と何かを考えている様だった。


「カリドはオイラに、ティリアちゃんは自分も知らない何かを抱えていると言ってた。きっとあれがティリアちゃんの抱えているものなんだと思う」

「……分かりました。では、戻りましょう」


 そう言うと、難しそうな顔をしながら、マリはカリドの家の方に向かって歩いて行った。

 マリは、体や顔にバシバシと枝やら葉やらが当たっているにも関わらず、お構いなしにただただ歩き続けている。

 アリスは、その後ろをそれらを避けながら必死になって着いて行く。


「あ、そうだ」


 突然、マリが振り向いた。


「明日の学校、気をつけて下さいね。あなたに任せるのも癪な話ですが、ジーナをきちんと守ってあげて下さいね」


 そう言うと、マリはその後一度も振り返ることなく家に戻って行った。


 アリスは、何故わざわざマリが気をつけてと言ったのか、真意は計りかねていた。

 いつも通りに警戒を怠らず、平和的に学校に通い、生徒達と魔女だとバレない程度に会話をして人に紛れ込んでいれば問題はないはずだ。


 そう、たかをくくっていた。


 マリは、気がつけばもう見えなくなっていた。

 淡い月明かりの下、草木をかき分け再び見慣れた家へと戻る。

 中に入ると、マリは既にジーナの側で寝息を立てていた。

 ジーナも、マリの存在を何となく感じ取ったのか、柔和な表情を浮かべている。

 カリドとティリアも付かず離れずの距離感で寝息をすやすやと立てていた。


 アリスはその姿を見ていると、なんだか気が抜けた様な気がして、すぐ様その穏やかな列に自身も並びたいと強く思った。

 ひとまず、明日の事は明日考える事にして、寝藁にゴソゴソと体を包み込ませた。


 明日、この事が三人にとっての運命を大きく変える方になるとは、まだ知る由もなく、アリスは温かな暗闇にそっと身を任せた。






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