冷たい少女と迷子の雪女 下
2人の少女は吹雪の中、外に出かけました。
クルミは必要最低限の道具をリュックに詰めて背負い、小さなソリを持っていきます。クルミは雪が大好きの雪っ子、雪の扱いはお手の物です。
しかし、この激しい吹雪には敵いません。
風が強すぎて身動きがとりづらく、視界も悪いのでどこに向かって進めばいいかわかりません。これではすぐ遭難してしまうでしょう。
『雪は私が操って道を作るね』
そこで発揮されるのが雪女チユキの力です。
向かってくる吹雪は横に逸らし、雪の上を歩けるように積もった雪を固めて足場にしています。まさに魔法使いのように雪を操っています。
「おおー。これなら前に進めますね!」
『でも、どこにお母さんがいるかわからないよ…』
「取りあえずチユキちゃんの家を目指しましょう。チユキちゃんはどこから来たか覚えていますか?」
『えっと…来る途中に数字が書いてある光る板を見たよ』
「そのお店は知っています。あっち方向です」
クルミ達はチユキの家を目指すことになりました。目印となる物は雪に埋もれて見えませんが、この街を知り尽くしているクルミがチユキの記憶を頼りに目的地に向かって行きます。
『クルミ、寒くない?』
「はい。このくらいへっちゃらです!」
2人は手を繋いで励まし合いながら前に進みます。本当は不安で仕方ないのでしょう、それでも2人なら怖いものなしです。
*
2人はこの街にある小さな山に辿り着きました。
チユキは山を見上げてハッとします。
『…この山だ、この山の中に私の家があるよ』
「この山にですか?」
その山は、クルミの自宅からそこまで離れていない位置にありました。登山用の道がありクルミも何度か登ったことがあります。雪が積もって道がわかりにくいですが、登れなくはありません。
チユキ達は、この山のどこに住んでいるのでしょう。妖怪は不思議です。
「では、行きましょうか」
『ちょっと待って!』
山に登ろうとするクルミをチユキが止めます。
『あの…もし私のお母さんを見つけたら、クルミは会わない方がいいよ』
「どうしてですか?」
『きっと怒られちゃう…お母さんは、人間は悪いものだから関わったらダメって言ってたから』
チユキは暗い顔でうつむきます。
『…私のお母さんは嘘つきだった、クルミのお母さんはすごく優しくて暖かかった。それなのに私はずっと怯えてて、お母さんは嘘つきで…。心も体も冷たいのは、雪女だった』
チユキは雪女としての考え方に悩んでいました。
その話を聞いたクルミは少し考えます。
「人はたくさんいます。私は私で、お母さんはお母さんです。他の人には、チユキちゃんのお母さんの言う通り悪い人はいると思います」
クルミはチユキの手を握り、笑顔を見せました。
「雪女さんもたくさんいると思います。それでチユキちゃんは良い雪女さんで、私の大切な友達ですよ!」
その言葉にチユキはすごく嬉しい気持ちになりました。チユキもクルミに素直な思いを伝えようとします。
『クルミ、私も…』
その時。
吹雪の音とは別の、何か地響きのような音が聞こえました。クルミとチユキは音がする山の上を見て驚きました。
「雪崩です!」
2人の真上から雪の波が迫ってきます。小さな山の小規模の雪崩ですが、少女2人を飲み込むには十分すぎる雪の量でした。
『こんなにたくさんの雪、今の私じゃコントロールできない!』
チユキはまだ未熟な雪女。
これだけの雪を操作する力は備わってはいません。
クルミはチユキを抱いて、持っていたソリの上に乗せます。そして勢いよくソリを押してチユキを雪崩から遠ざけました。
『クルミ!?』
チユキは雪崩に巻き込まれず済みました。
しかし、クルミの姿が見当たりません。チユキは大慌てでソリから降りてクルミを探します。
『ど、どうしよう…』
低体温のクルミは雪の冷たさは平気でしょう。ですが雪崩で一番危険なことは冷たいことではありません。体温が低くてもクルミやチユキが雪に埋もれたらとても危険なのです。
『クルミ!クルミ!』
チユキは必至で雪をどかしてクルミを探します。しかし広さと深さを考えると、見つかるのに何時間かかるかわかりません。一人前の雪女の力があれば簡単にクルミを見つけることが出来るでしょう。
『………待ってて、クルミ』
チユキは走りました、大人の雪女であるお母さんの元に。
*
山を登る途中、チユキはお母さんを見つけることが出来ました。お母さんもチユキを探している最中だったようです。
『チユキ!?』
『お母さん!』
『ああ…良かった』
お母さんはチユキを抱きしめます。
とても心配していたのでしょう。
しかし、チユキは再会を喜んでいる場合ではありません。
『お母さん!人が雪に埋もれちゃったの、助けて!』
『…人間?まさか姿を見られたの!?』
『それは…』
チユキは答えづらそうにします。
人間と関わることは絶対にダメだと、チユキはお母さんから何度も何度も聞かされているからです。
『………そのまま、埋まってもらった方がいいわね』
お母さんは冷たく言い放ちます。
この言葉にチユキは怒りました。
『ダメ!私の友達なの!』
『…!』
お母さんは驚きました。
内気で気弱なチユキが、初めて怒って親に反抗したのです。そしてチユキの人を思いやる姿を見て、懐かしい気持ちが蘇ります。
(…私の心も、冷たくなったものね)
チユキのお母さんは、もう何年も人と繋いでいない自分の手を見て覚悟を決めました。
『人…いえ、お友達はどこ?チユキ』
*
大人の雪女となれば、雪と体は一心同体です。
クルミがどこに埋もれているのか、雪に触れればすぐにわかります。吹雪を吹かせていたのはチユキを隠す為だけではなく、どこにいるのか探し出す意味もあったのです。
雪の中からクルミの体が発見されました。
『クルミ!』
チユキは横になっているクルミの肩を揺らします。
しかし、クルミは目を覚ましません。
『やはり遅かったようね…もう体温が』
お母さんはクルミに触れます。
その体温はもう、雪のように冷たかったのです。
「………ぷはー!」
しかし、それはクルミの平熱でした。
クルミは目を覚まして息を吐きます。
『クルミー!』
チユキはクルミを抱きしめます。
「ふぅー…息が苦しかったです」
『クルミのバカ…1人にしないでよ』
「ご、ごめんなさい…」
クルミは申し訳なさそうに、泣きそうになっているチユキを抱き返します。
その様子を、チユキのお母さんは信じられないといった面持ちで見ていました。
『この子…雪鬼?いえ、違う。ただの人間がどうして…?』
チユキのお母さんもクルミの不思議な体質に疑問をもちました。
クルミはチユキのお母さんに気が付き、お礼を言います。
「チユキちゃんのお母さんですね?助けていただきありがとうございます!」
『…いえ、こちらこそ。チユキを助けてくれてありがとう』
チユキのお母さんは優しい笑顔でクルミにお礼を言います。こうしてチユキはお母さんと再会できて、一件落着です。
『人々には吹雪で迷惑をかけてしまったね、すぐにおさめましょう』
チユキのお母さんが指をくるくる回すと、激しい吹雪がだんだん静かになっていきます。これでいつもの天気に戻るでしょう。
『それではチユキ、帰りましょうか。…友達に最後の挨拶を』
『………うん』
チユキはとても悲しそうにクルミと向き合います。
『クルミ、ありがとう』
「いえいえ、今度は普通に遊びに来てください!私のお母さんも待っていますので」
『…』
クルミは当然のようにまた会えると思っています。しかし、チユキの悲しそうな表情を見てクルミは察してしまいました。
「もう、会えないんですか?」
『私達みたいな妖怪は人間と関わったらいけないの。だから、もう会えない』
「…そうなんですね」
妖怪と人は交わってはいけません。それが友達でも、このルールは破ってはいけないのです。
「でも、きっと会えますよ!」
『え?』
「今日だって会えたんです!きっと、いつか会えます!」
『…うん、うん!』
クルミとチユキは手を合わせます。
初めて手を繋ぐことができた友達、チユキ。
初めて会った心の温かい人間の友達、クルミ。
2人はこの出会いを一生忘れないでしょう。
『ありがとう、クルミ。また会おうね』
「はい!また」
こうして2人は再会を約束して、小さな冬の物語は幕を閉じました。