冷たい少女と迷子の雪女 上
私の名前はクルミ。
どこにでもいるふつうの11歳の女の子です。
…少し嘘をつきました。
私にはふつうではないことがあります。
私の体は氷のように冷たいのです。
冷たい私なので、夏は大変です。
外に出れば暑さですぐに倒れてしまいます。日を浴び続けたら、日焼けではなく大火傷になってしまいます。
でも、冬は大好きです。
太陽も空気もポカポカして気持ちいいです。積もった雪はひんやりしていて触り心地はフワフワのモフモフです。柔らかい布団が街を覆いつくしているようです。
こんな体質なので、いろいろ大変に思うことはあります。でもたくさんの人達が優しくしてくれて、私はとても幸せです。
そんな私は、ある日。
白い雪の中で小さな出会いをしました。
その時のお話をしたいと思います。
あ、このお話はヒミツですよ。
誰にも話してはいけません。
*
とても寒い冬の物語です。
外は真っ白な雪が激しい風に乗って、世界を白く染めています。クルミは窓を眺めながら、見たことのない吹雪に心をそわそわさせていました。
(どのくらいの雪が積もるのでしょう…!)
それは寒さをものともしない遊び盛りのクルミにとっては嬉しい出来事でした。本当は今すぐにでも外に飛び出して、遊びまわりたいのでしょう。
「お願いだから外に出ないでね~。風が強くて危ないから」
しかし、家の外に出ることはクルミのお母さんが許しません。
クルミのお母さんはコタツに入りながら寒そうにしています。コタツなんてよく入っていられるなと、クルミはいつも思っています。もし低体温のクルミがコタツに入ったら、大火傷は免れません。
「はーい。わかっていますよ」
因みにクルミのお母さんは体温は普通です。なのでお母さんはクルミの体質を心配しています。
昔の出来事です。
クルミは雪が気持ち良くて、雪に埋もれながらお昼寝をしたことがあります。その姿を見たお母さんは大慌。傍から見れば、雪に埋もれて眠っている人を目撃したら、迷わず救急車を呼ばれても不思議ではないでしょう。
(あれは私が悪かったと、今になって思います…)
その時、初めてクルミの体質がお母さんに認知されました。クルミはもうお母さんに心配をかけたくなかったのです。
「ただの雪だったらよかったのですが、風が強いので私1人だと飛ばされてしまいますよ」
クルミは窓から外を窺います。
今まで見たことがない程の激しい吹雪です。小柄のクルミが外に出たら何処かに飛ばされてしまうでしょう。大人でも外に出ることを躊躇う光景です。
『……………!』
「…?」
気のせいでしょうか、クルミは窓の外から微かに子供の声が聞こえたのです。しかし注意深く耳を澄ませても、今は激しい吹雪の風の音しか聞こえません。
(気のせいでしょうか?)
こんな吹雪の中に人が出歩く筈がない。そう思ったクルミでしたが、だからこそ外に人がいたら大変だと思い直しました。
クルミは胸がザワザワしました。
「…行ってみましょう」
クルミはこっそり防寒着を着て、家を抜け出しました。
お母さんにバレないように裏口からこっそりと。
*
外の気温はクルミの想像以上に寒いです。
雪がひんやりして気持ちいいと表現するクルミですら肌寒く感じる程でした。強い風にのって雪が肌に打ち付け、目を開けることすらままならない状態です。
もし聞き間違いではなく、誰かが外で迷子になっていたら大変です。
「どこにいるのでしょう…」
視界が効かずあまり遠くに出歩けないクルミは、聴覚だけが頼りです。室内から声が聞こえたのなら、外に出ればもっと良く聞こえる筈です。
クルミは耳を澄ませました。
………
……
…
『お母さーん!』
こんどはハッキリと吹雪の中から女の子の声が聞こえました。クルミは吹雪をかき分け、大慌てで声の元に向かって走り出します。
声からして小さな女の子のようです。そうとなれば、この吹雪は普通の小さな女の子が耐えられる寒さではありません。命に係わる非常事態です。
「見えました!」
クルミは声の主まで辿り着きました。
そこには、驚くほどに白い少女がいました。
見た目の年齢はクルミよりも年下に見えます。その髪と肌は驚くほど白く、こんな猛吹雪の中なのに真っ白な和服を着ていました。あれでは普通の人なら凍えてしまいます。
その少女は、泣きそうな顔で辺りを見回しています。
「大丈夫ですか!?」
『!』
クルミは迷わず声をかけました。
少女はクルミの声に気が付くと、すごく驚いていました。どこか怯えた様子です。すると少女は、クルミに背を向け走り去ろうとしました。
「ま、待ってください!」
クルミは慌てて少女に手を伸ばします。
クルミは握手が苦手です。
普通の人の体温はクルミには熱すぎて、相手からはクルミの手は氷のように冷たく感じるからです。握手が原因で友達から気味が悪いと言われ、嫌われたことがあるのです。
しかし、今ここで少女を見失うわけにはいきません。クルミは勇気を出して少女の手を掴みました。
「!」
『!?』
クルミは驚きました。
少女の手は、少し暖かかったのです。
いくら冷えきった人の手先でも、クルミに触れれば冷たいと感じる程にクルミは冷たいです。逆にクルミにとっても相手の手は少し熱い筈なのです。しかし迷子の少女の手の体温はクルミと同じくらい、いわゆる人肌程度に暖かかったのです。
クルミは初めての体験に少し動揺しましたが、すぐに我に返ります。
「あ、えっと…外は危ないですよ?」
『…』
少女は逃げないでいてくれます。
でも何も話してはくれません。
(もしかして外国の子なのでしょうか?でもさっき日本語で叫んでたような…)
クルミは悩みます。
「…私の名前はクルミです、あなたの名前は?」
取りあえずクルミは自己紹介をしてみました。
言葉が通じるのなら答えてくれる筈です。
『………チユキ』
少女はそう名乗ってくれました。
「チユキちゃん!こんな吹雪の中、1人で出歩いたら危ないですよ!」
『でも…お母さんとはぐれてて…』
チユキは不安そうにうつむきます。
どうやら迷子になってしまったようです。
「そうなのですか…でも外は危ないので私の家に来てください」
クルミはチユキの手を引きます。
その感触は、やはり少しだけ暖かいです。
『で、でも…私は』
チユキは悩んでいました。
そして、何かを決心したようにこう言いました。
『私、雪女なの』