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それは偶然の発見



「それだと、マートル嬢が私に好意を抱いているように聞こえるが?」


 シャノワールの言葉に、マートルは伏せていた顔をあげた。淡い水色の瞳と視線が絡み、息を呑む。


「残念だが、彼女を手に入れたいのは『私』であって、彼女が嫉妬で意地悪をするはずがない」


 非常に残念だと強調しながら、シャノワールは令嬢たちを見下ろした。

 呆気に取られる彼女たちだったが、すぐに我に返って「嘘ではない」と主張する。もし嘘だと認めてしまえば、皇族に対する虚偽で罰せられる可能性があるからだ。


「片方の言い分だけを聞くのは良くない。マートル嬢、何か言いたい事はあるか?」


 急に話を振られ、マートルは少しだけ口ごもる。どこまで正直に話せば良いのか、考えながら口を開いた。


「お互いに誤解があっただけです。私は確かに、彼女に『性格が悪い』とは申し上げました」


「その理由は?」


「私が馬鹿にされたと勘違いをしてしまい、ついカッとなってしまったのです」


 シャノワールの手を煩わせる程ではないと、マートルは言い張る。正直、あまり大事にはしたくない。


「ただ、言い過ぎた事は認めます。申し訳ありません」


 マートルは深々と頭を下げ、謝罪をした。令嬢たちは互いに顔を見合わせると、自分たちにも非があったと謝る。

 彼女たちも実際は悪いとは思っていないだろうが、これで場を丸く納める事ができそうだ。


「私としても母上の茶会で問題は起きてほしくない。互いに和解をしたようだし、今回は不問にしよう。……ただ、次はない」


 顔はマートルに向いているのに、視線は令嬢たちへと向けられていた。もしかしたら、シャノワールは何があったのか察しているのかもしれない。


「は、はい。失礼致します」


 令嬢たちは蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げて行った。残されたマートルは、気まずそうに視線を彷徨わせる。


「マートル嬢、具合はどうだ?」


 沈黙を破ったのは、シャノワールだ。


「えっ?」


「具合が悪いと会場を抜けただろう?」


「……あぁ、もう大丈夫です」


 色んな事が起こり過ぎて、すっかり忘れていた。確かに先ほどまでは本当に具合が悪かったが、今は落ち着いている。

 マートルは、噴水の縁に置いたままのハンカチへと手を伸ばす。それを丁寧にたたみながら、口を開いた。


「わざわざ、様子を見に来てくださったのですか?」


「挨拶も済んだからな。……それより、見逃して良かったのか?」


 やはり、シャノワールは勘づいているようだ。


「……殿下は、私には非がないと思っているのですか?」


「マートル嬢は嫌な事ははっきり言うが、君は人が傷つく言葉や態度は出さない。余程、腹に据え兼ねた事態が起こったのだと思っただけだ」


「買いかぶりすぎです」


 そうは言いつつも、シャノワールが自分を理解して信用している事に嬉しさが込み上げる。


「そうかな。これでも、私は人を見る目はあるのだが。君は、優しい人間だ。だけど、甘さがある。君が手を下せないなら私が――」


「お互いに誤解があった。それがすべてですよ」


 マートルは、ニコリと貴族の仮面らしい笑みを浮かべた。シャノワールに汚れ役を引き受けて欲しいとは、まったく思わない。


「……そうか」


 シャノワールは、それ以上何も言わなかった。ただ、体からは赤いトゲトゲと青い雫が落ちる。

 悲しんでもいるし、少しだけ怒っているのだろう。それが何に対してなのか、マートルは大体の見当はついていた。


「……ありがとうございます、殿下」


「何がだ?」


「心配をしてくださった事とか、私の気持を尊重してくださった事とか……ですかね」


 マートルの言いたい事が分かったのか、シャノワールは何とも複雑そうな表情を浮かべる。「本当は見逃したくないがな」という呟きは、聞かなかった事にした。


「それより、本当に大丈夫なのか? 体調とか……その……」


「大丈夫です。体調も先ほどより良いですし、さっきの事は子猫同士のじゃれ合いみたいなものですから」


 マートルは自身の腰に手を当てると、自分は大丈夫だと胸を張る。実際、体調も精神的苦痛も今はない。

 シャノワールは安堵したように微笑むと、マートルの右手にそっと手を伸ばした。壊れ物を扱うような、優しい手つきである。


「そうか。君は、私が思うより強いのかもしれないな。だが、もし何かあったら相談をして欲しい。できれば、君の友人よりも真っ先に」


「友人よりも、ですか?」


「あぁ。君は強い女性かもしれないが、君を助ける人間は、いつだって私でありたい。……これは、私の我儘だがな」


 ぽろり、ぽろり、ピンク色のハートがシャノワールから落ちていく。あからさまな好意に、マートルの頬は熱くなった。


(……殿下は、私の事が好き過ぎでは?)


 言葉だけではなく、態度や想いの塊で分かってしまう。心臓が脈を打ち、顔は熱い。マートルは絆されないように、グッと下唇を噛んだ。


「……約束はできませんが、心には留めておきます」


「そうか、ありがとう」


 嬉しそうに笑うシャノワールの顔と、ヴィオラの顔が重なる。似ていないはずの二人なのに、どこか似ている気がした。


(好きになっては、いけない……)


 この気持ちは、芽生えさせてはいけない。

 マートルは困ったように眉を下げながら、シャノワールに微笑みだけを返した。




 *




 それを知ったのは、本当に偶然であった。


「……お母様、何か嫌な事でもあったの?」


 その日、朝食を摂っていたマートルは母親の異変に気付いた。母親からは、怒りを表す真っ赤なトゲトゲが落ちている。


「急にどうしたの。やぁね、何もないわよ」


 いつものようにニコニコしているが、怒っている事はマートルにはお見通しだ。しかし、それを知らない母親は不機嫌を外には出さない完璧な仮面を着けている。


「……ところでマートル。殿下とは最近どうなの?」


「どう、とは?」


 シャノワールの名前に、マートルは心臓が跳ねる。


「殿下はあなたの気持ちを尊重してくださっているけれど、本来はこちらが選べる立場ではないのよ」


「わ、分かっているわ。でも、私よりも殿下に相応しい方がいるし……」


 これは、本心だ。マートルよりも、ヴィオラの方が皇太子妃に相応しい。

 母親は溜め息をつくと、「そんな事ないわ」と言った。


「あなたは、もっと殿下に選ばれた事に自信を持ちなさい。いつまでも先伸ばしにするから、あの女がつけあがるの――おっと、何でもないわ」


 母親は、慌てて口をつぐむ。昨日は共に皇后主催のお茶会に参加をしていたが、シャノワールとの事で誰かに何か言われたのだろうか。


(私が原因なのね)


 マートルは普段は触れないのだが、テーブルに転がった想いの塊を拾いあげた。石のように固いそれは、当たったら痛そうだ。


『何が田舎娘には皇太子妃は荷が重いよ。自分の娘が候補から外されたからって、馬鹿にして。殿下がマートルに執心だって言ってやりたかったわ。……マートルも、殿下のどこが不満なのかしら』


 流れ込む母親の怒りに、マートルは申し訳なくなった。親が嫌味を言われるのは、やはり気分が良いものではない。

 いつもなら想いの塊をその辺に捨てるが、マートルはそれを握り締めた。ゴツゴツしたトゲの感触が伝わり、それが手の中で粉々になる。


(えっ……割れた)


 初めての感覚に、マートルは目を見張った。――今、何かが起こった気がする。


「マートル。後でお買い物に行きましょう」


 そして不思議な事に、まるで憑き物が落ちたように母親からは怒りが消えていた。

 心当たりなら、ある。マートルが、想いの塊を物理的に壊したからだ。


(壊すと、その時の感情が消えるんだ……)


 マートルは自分の手を見て、そして軽く握り締めた。そして、ある考えが浮かぶ。


(もし、恋心も消せるとしたら……)


 ごくり、マートルは自分の考えに喉を鳴らした。ヴィオラとシャノワールの顔が、頭に浮かんでは消えていく。

 手が震えるのは期待からか、それとも――。





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