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嫌なことって重なるよね



 噴水のそばまでやって来たマートルは、その縁にハンカチを敷いて腰を降ろした。青々とした空を見上げながら、小さく溜息をつく。


(何だか、疲れたわ)


 肉体的というより、精神的に。マートルはシャノワールに群がっていた令嬢たちを思い出しながら、目を伏せる。

 綺麗に着飾った彼女たちには目もくれず、シャノワールはマートルの元に来た。分かりやすい愛情を示し、愛おしそうにこちらを見ていた事を思い出す。


「……あの人、私の事が、本当に好きなんだわ」


 ぶわり。口にした途端、マートルの頬が熱を帯びる。満更でもない感覚に、マートルは己を叱咤した。


(違う、違う、違う。誰だって、あんなに格好良い人から好かれたら照れるわよ)


 あれが演技なら、舞台男優も驚きだ。だが、心が見えるマートルには、それが偽りではないと理解している。

 絆されてたまるかと強がってはいるものの、あんな風に惜しみなく与えられる愛情を突っぱねる術をマートルは知らない。

 それでも胸が高鳴る度に、脳裏にヴィオラの笑顔が過ぎるので何とか絆されずに済んでいる。――いや、正確には言い聞かせているだけなのかもしれない。


「……本当に具合が悪くなってきた」


 思えば、マートルは人生でこんなに悩んだ事はなかった。指輪が外れなくなった時よりも、何だか追い込まれている。

 指輪は個人の問題、恋愛は今後の人間関係を左右してしまうからだろうか。シャノワールとヴィオラ、どちらを選んでも角が立つ。


「本当、どうしよう……」


 重々しい口調で呟いたその時、怒気を含んだ声がマートルを呼んだ。


「ちょっと、よろしいかしら?」


 声の主は、シャノワールが来た時に最初に声をあげていた令嬢だった。

 確か侯爵家の令嬢であり、くるんっと巻かれた金髪に青い目の可憐な少女だ。しかし、今はその可愛らしい顔は不機嫌に歪んでいる。令嬢の体からも、不快を表す――灰色の紙くずのような形――想いの塊が落ちていた。


(今日は、ツイてないわ)


 恐らく、シャノワールがマートルの元に来たせいだろう。

 侯爵令嬢の後ろには、取り巻きらしき二人もいた。多勢に無勢。マートルは立ち上がると、嵐が過ぎるのを待とうと腹を括る。


「あなた、シャノワール殿下に馴れ馴れしいのではなくて?」


「申し訳ありません。私のせいで不快にさせてしまったようですね」


 素直に謝ってはみたが、マートルは自分が悪いとは一切思っていない。適当にあしらうのも反感を買いそうだったので、一番楽な方を選んだだけだ。


「そ、そうよ。ヴィオラ様ならまだしも、田舎者が調子に乗ってるんじゃないわよ」


「殿下じゃなくて、田舎で豚でも追いかけていれば良いのよ」


「そーよ、そーよ。羽虫と喋っていれば良いわ」


 幼稚な悪口に、マートルは苦笑いを浮かべそうになった。


「あなた方は、ヴィオラ様を応援していらっしゃるのですか? それとも、個人的に私に腹を立てていらっしゃるので?」


 前者なら、自分もヴィオラを応援していると話し合いの余地ができる。もし後者だった場合は、ただの八つ当たりなので早々とお帰り願いたいところだ。


「何を生意気に。私はただ、田舎者が殿下に近付くから警告をしてあげてるのよ」


「はぁ、そうですか……」


「田舎者が珍しいから、殿下が声をかけただけ。調子に乗らない事ね」


 口ぶりからして、彼女たちはヴィオラには勝てないと思っているようだ。

 確かにヴィオラは可愛らしい性格だが、黙っていれば女王のような美しさと気品を兼ね備えているように見える。

 完璧な淑女。何も知らない者から見たら、ヴィオラはそうなのだろう。逆に言えば、ただの令嬢にしか見えないマートルなら勝てると思っている訳だが。


「はい、えっと……気を付けます」


 これくらいの小言ならば、気が済めば立ち去るだろう。マートルはあたかも「申し訳ない」と言いたげな表情を作って、やり過ごそうとした。だが、それが良くなかったらしい。


「大体――」


 相手の話は、とにかく長かった。出会って数時間も満たない相手に、よくそこまで恨みつらみを吐けるものだとマートルは感心さえ覚える。


(いつまで聞いていれば良いのかしら。私、悪くはないのに……)


 流石のマートルも、段々と苛立ち始めた。元々、泣き寝入りするタイプではないのである。


「……いい加減にしてもらえませんかね」


 思ったより低い声が、マートルの口から出た。びくりと、相手の肩が震える。


「さっきから黙って聞いていれば、グチグチと。あなた偉そうにしてますけど、私は辺境伯爵の娘ですが、階級的には侯爵と同等ですよ。後ろの二人に至っては、家格は下だと思いますが?」


 家格が同等なら、喧嘩を買う事だって容易いとマートルは匂わせた。


「なっ、はぁ?」


 先ほどまでしおらしかった相手からの反論に、令嬢たちは気後れしてしまう。田舎者だと馬鹿にしていたので、言い返してくるとは考えていなかったようだ。


「それと、殿下が靡かないからと八つ当たりはやめてください。選ばれないのは、単純に好みではないからでは?」


「なっ、なんですって!?」


「こんな風に数人で一人を囲んで、性格の悪さが出てますよ」


 ――言ってしまった。マートルは、怒りで顔を真っ赤にさせる令嬢を見て我に返る。

 あまりに長い小言に、ついつい反論してしまった。次に来る罵声を覚悟していると、真っ赤なトゲトゲが令嬢から落ちていく。相当、お怒りのようだ。


「あの――」


「何をしている」


 マートルの言葉をかき消し、凛とした声が辺りに静かに響く。

 それがシャノワールの声だと気付くよりも早く、令嬢がシャノワールの元へと駆け寄った。実に行動力がある。


「シャノワール殿下。マートル様が、私に意地悪を言うのです。私の事を性悪だって……」


 ポロポロと、令嬢の瞳から涙が零れ落ちていく。傍から見れば、マートルが可憐な令嬢を泣かせているようにしか見えなかった。


「そうなのです、殿下。マートル様は、殿下に近付くなと」


「家格が下の私たちには、歯向かったら容赦しないと脅して……」


 取り巻きたちも、口々にマートルが意地悪なのだとシャノワールへ訴える。その姿は、被害者だ。

 しかし、彼女たちからは悪意――黒くてヘドロみたいな塊――が、べシャリ、べシャリと地面に落ちていた。内容的にも見た目的にも触りたくないが、ここまで敵視されると清々しい気持ちすらある。


(でも、証明できないし……)


 彼女たちに悪意があるなど、マートル以外には分からない。

 分が悪い事は明白で、マートルはシャノワールの言葉を待った。もし、彼が彼女たちの話を信じたなら、それも仕方がない。


(それに、良い機会だわ)


 シャノワールがマートルに失望すれば、恋心も消えるはずだ。そうすれば、ヴィオラと上手くいくかもしれない。

 ズキズキと痛む胸は気付かないふりをして、マートルはシャノワールの言葉を待った。


「……それは、信じられないな」


 どくんっ、心臓が跳ねる。





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